第35話 配信&RTAスタート!

「こんにちは! ヒメノンチャンネルです」

「こんまどー! 円丈チャンネルでーす」


:おはよーーー

:始まったあああああ

:キター

:超アツいコラボ始まった!

:ヤバイコラボ

:今日は危険な予感

:ってか珠理亜と丈一郎とバトルするって熱いな!

:そろそろ限定報酬もゲットできんじゃね?

:姫さまが麗しい

:うおおおおおおお

¥10,000:まずはお受け取り下さい

:相手のほう、あと一人誰だっけ?

:おはー

:スタイル抜群な姫

:おはようございます

:楽しみだわー

¥50,000:頑張ってー!

:うおおおおおおおお

:姫さま、頑張ってー

:きたきたきたきた

:キター!


 挨拶の時点で視聴者の熱気が違う。琴葉は今までにない密度でチャット欄が溢れることを覚悟していたが、それでも予想以上である。


「わああ! あ、ありがとうございます! え、えーと。ハイチャは後でお礼配信させてください!」

「いやぁー始まっちゃったねえ。姫っち、さっきまでガチガチだったけど、今は大丈夫なの?」

「は、はい。なんとか大丈夫です。でも、色々あってびっくりでした」

「そう! 色々あったのよーマジで。珠理亜は今日キッチリ分からせるって決めたわ!」


:え?

:お、もうバトってたん?

:やべえww

:何があったか超知りたいw

:話題に事欠かねえなほんと

:血の気多過ぎるからな探索者って

:え? なになに?

:姫が姉さんに巻き込まれたと予想

:喧嘩してたの?


 ちょっとしたやり取りでさえ、視聴者達はすぐに拾って話題になる。琴葉はレムスが映す画面を見ながら、この変化に緊張を隠せない。


「そうなのよー。まあそのことは、ちょっとオフの雑談とかで話そっか。ねー姫っち」

「は、はい! ところでまどかさん、今日のダンジョンなんですがー」

「おお、そうそう。今日はみんなもよく知ってるRTAの名所、池袋ダンジョンで勝負しちゃうぞ!」


:やっぱりかーーー!

:そう来ると思ってましたわ

:予想的中

:マジで池袋だったんか

:まあ定番だよね

:見に行きたかったけど、そもそもあの付近は一般人入れんのよな

:背景見る限り、姉さんと姫は正面入り口っぽい

:メスガキーズは裏口か

:これは楽しみ!

:やっぱここでケリつける感じかぁ

:頑張れー


(ええええ!? もう同接二十五万なの?)


 琴葉はチラリと確認した同接数に、またも緊張を高めてしまう。やはり注目度が違うことと、コラボということもあり、スタートから同接数が跳ね上がっている。


(だ、だめ! 今はちゃんと集中しないと、集中、集中!)


 琴葉は弱気な自分に飲まれまいと必死だった。


「姫サマ、イカガデスカ」

「あ! ありがとー」


 そんな時、食べ物が緊張をほぐしてくれた。レムスが渡してきたあんパンを嬉しそうに頬張る琴葉だったが、その様子を見てまどかは苦笑いしてしまう。


「なんだなんだー姫っち。ご飯食べてこなかったの?」

「いえ。普通に食べてきたんですけど、すぐお腹空いちゃうんです」

「え? マジ? よくそれで太んないよねー」

「あはは! ダンジョンってめちゃくちゃ動き回るので、多分大丈夫っぽいです」

「羨ましい……」

「え?」

「ううんなんでもない! よーし! そろそろ開始時間。出発準備しよっか」

「はーい」

「入リ口ハコチラデス」


 RTAバトルをする際には、決められた場所からスタートしなくてはならない。スタート時刻まで二分を切り、チャット欄は応援と緊張のコメントが増えていった。


 琴葉はスタート地点の洞窟入り口に立ち、ゆっくりと深呼吸。今までになくスピードを問われる戦いが始まろうとしていた。


 ◇


「いやー、バッチバチでしたねえ。でも良かったんですか? あそこで隠し撮りしたら、再生回数爆上がりでしたよ?」


 珠理亜達をまきこんだ張本人である、窓際配信事務所のマネージャーはダンジョン裏口にいた。てっきり三人は、この金髪マネージャーは現場には来ないと思っていたのだが。


「あれ? なんで来てんの」


 珠理亜が怪訝な顔で尋ねると、彼女はニヤニヤと笑う。


「それはまあ、今回お誘いした責任もありますから。こうしてバックアップよろしく参上したわけですよ」

「ふーん。ってか、別に隠し撮りなんて……しなくていいっしょ。許可取るとか面倒くさいし」


 勝手に撮影していることがバレたら後で面倒なことになる。事前に打ち合わせして許可を取っているなら可能ではあったが、まどかや新人が同意するとは思えない。


 何より珠理亜は、自分が彼女達にお願いする立場になることが嫌で堪らなかった。


「隠し撮りって……背徳感あるね。見えないところで罵倒される姿が映るのも……」

「おいおっさん。何鼻息荒くしてんだ? とにかくかっ飛ばせばいいだけだろ。てめえら、気合い入れろよ」

「アンタが仕切らないで!」

「あー! やべえ疼いてきた! よっしゃ行くぞオラ!」

「ちょっと聞いてんの!?」


 丈一郎は既に臨戦態勢なのか、珠理亜が何を言っても気にしていない。探索の時間が近づくにつれ凶暴になる男は、探索が始まったら意思疎通さえ取れないのではないか。言うことを聞かないパーティメンバーに、珠理亜は苛立ちを深めていた。


「まあまあまあ。元気でよろしいじゃないですか。頑張ってくださいねえ。それから鉄男さん、ずっと空気になってますけど、最年長なんですからしっかりして下さい」

「マジしっかりしてよ、キモいんだから」

「はう! わ、分かっているよ。ずっと放置プレイを享受していた幸せで、探索のことが頭から抜けていたようだ。でも安心してほしい。始まったら今まで以上に虐げられるよう頑張るつもりだ!」

「目的違ってませんかー? 大丈夫ですかー?」

「何言ってんのかさっぱりだけど、ちゃんとウチの盾になってね」


 鉄男は鉄男で、自分の欲求を満たすことしか考えていないようだ。しかし珠理亜にしてみれば彼は、防壁になればそれだけで充分である。


(あのおばさんに勝ってのし上がる。池袋の限定報酬もゲットして、ガキの正体も暴いてやる。そしていつかはこう君と同じ場所に——)


「フハハハ! 殺してやる、殺してやるぞぉー! お前ら遅れんじゃねえぞ。俺について来いや!」

「うっさい馬鹿」

「いやー……なんていうか、いろいろ不安なんですけど。まあ頑張ってくださいね」


 マネージャーはその場を離れると、小さく嘆息した。自分達も向こうも、不安要素の大きい戦いである。


 少々時間がかかってしまったが、珠理亜と鉄男はドローンを起動し配信をスタートさせ、まどか達とほぼ同時刻にスタート地点に立った。


 ちなみに丈一郎はランキングなど度外視しており、探索そのものにしか興味がない。今回も当然のように撮影機材など用意していなかった。


 ◇


 RTAスタートまで三十秒を切っている。

 琴葉はスタート位置に着くと、軽く深呼吸をした。


(今日はチーム戦みたいな感じだし、頑張らないと、頑張らないと)


 大先輩に迷惑をかけることは許されないとばかりに、やはり緊張している。その様子は視聴者にも伝わってきた。


:今日はお気楽ムードじゃないな姫

:真面目な横顔

:姫さま、頑張れー

:アニメみたいな黒いスーツが堪りません

:応援してるで

:姫さまなら大丈夫です

:横顔もかわいい

:姉さんは?

:どうしよう、俺も緊張してきた

:初めてのバトルって超緊張しそう

:姉さんがいれば大丈夫だ。っていうか姉さんどこ?


「あ、ありがとうございます! 頑張ります。……あれ? まどかさん?」

「んー、何?」

「え? え? その姿勢って」

「もち、これでロケットスタートを切るわけよ」


 その配信大先輩は、開始直前になりクラウチングスタートの姿勢を取る。まさかのガチっぷりに驚く琴葉と、ただ見つめるレムス。しかし、一理あるとばかりに相棒のマシーンは頷く。


「デハ、スタート十秒前デス。九、八、七……」


 レムスは普段の配信でもこうしてカウントダウンをしてくれる。いつもはワクワクしてくる瞬間だが、今の琴葉はそうではなかった。


「………スタートデス」

「うおりゃぁああああああああ!」

「ひゃ!?」


 始まるや否や、まどかは全速力で駆け出した。警戒心など皆無とばかりに、薄暗いモンスターの巣窟を疾走する。


「姫っち! ちゃんとついてきてね!」


 ちらっと後ろを振り向いたまどかは、すぐ後ろにレムスしかいないことに気づく。


「あ、もしかして取り残され、」

「はーい」

「うおわ!?」


 しかし、琴葉はすぐ隣を駆けていた。いつの間に隣にいたのか。まどかは戸惑いつつも、迷路のような通路を駆け抜けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る