第34話 決戦当日
有名配信者だらけのRTAバトル。
リアルでもネットでも話題沸騰の対決は、とうとうその日を迎えた。
土曜日のお昼、琴葉は普段とは違いダンジョン用スーツに着替えていた。
メカアニメにありそうなパイロットスーツを思わせる長袖の服は、黒地に所々に青いラインが入っている。その上にダンジョン用の軽量防具を身に纏っていた。
鏡で正面や背中をチェックしているが、何かが違うような気がして、どうにも落ち着かない。
「姫サマ、オハヨウゴザイマス」
「おはよっ。ねえ、今日の服なんだけど、これでいいと思う?」
「ハイ」
「ほんと? なんか違う気がしちゃうんだよね」
「姫サマノ服ノ中デハ、一番探索ニ適シテイマス」
「ん、んー。そういうことじゃないんだけど。まいっか」
普段なら土日用の探索服に気をかけることはない。しかし、今日は有名配信者とのコラボであり、かつ他配信者とも競うことになる日だ。恐らく同接数はかつてないものとなり、自分の姿が今までにないほど見られるに違いない。
ダサいとかキモいとか思われたらどうしよう、と周囲の目が気になってしまう彼女だったが、もう時間は迫っていた。
「あ、もうこんな時間! 行ってきまーす」
「行ッテキマス」
一人と一体は、駆け足で家を飛び出した。かつてない戦いが待つダンジョンへと。
◇
今回の戦いの舞台である池袋は、土曜日になると当然のように人で溢れかえっている。思いのほか街中に出現しているそのダンジョンは、実のところ出現してから一年が経過しようとしていた。
琴葉はビル街に普通に出現している洞窟を見て、違和感を拭い去れずにいた。しかし、先ほど合流したまどかは特に気にしている様子はない。
「よぉーし! 気合入ってきたぁああ! 姫っち、今日は頑張ろうね」
「は、はい! よろしくお願いします」
「オッケー! 最初から飛ばしていく、作戦はそれだけよ」
ダンジョンRTAは、舞台によっては独特な戦術を練らなくてはならないが、ここは大抵の場合ゴリ押しで通用するらしい。
「でも、怖い人達みたいで、正直ちょっと不安です」
「大丈夫大丈夫。あたし達は大人の対応してればいいんだから。直接殺しあうわけじゃないんだし」
「そ、そうですよね! あ、皆さん来たみたいです!」
苦笑する琴葉の瞳に、予定より少し遅れてやってきた三人組が映った。嵐山珠理亜は気だるい顔で二人の眼前まで足を進めると、冷たい瞳で睨みをきかせる。
「へえ、ちゃんと逃げないで来たんだね。偉いじゃん。でも今日で二人はオワコン確定」
ピキ……とまどかの額に血管が浮かんだ。
「ふぅん。アンタこそ、よくもまーあたし達に挑戦できたもんだわ。負けたらまたランキングから落ちるんじゃないの? ご苦労なことねー毎回毎回」
「初心者とロートルに負けるわけないでしょ。ってか、今七位くらいだっけ? そろそろ十位以内キープしてんのキツいんじゃないの? 落ち目のおばさんは」
「おば……あーあーそうですかそうですか! 今日はちゃんと守ってもらえるといいね。陰気な戦い方しかできないまな板ちゃん」
「な!? 誰がまな板だって? このババア!」
「どう見てもまな板だろクソガキ!」
「ちょ、ちょっと二人とも、やめてください!」
「ごめんね姫っち。でもねえ、先に一線を超えてきたのはコイツだわ!」
分かりやすい挑発に戸惑う琴葉とは対照的に、まどかはすぐに応戦してしまい、このまま直接殴り合いが始まりそうな雰囲気である。
「珠理亜! とっととおっ始めようぜ! 俺はもう腕が鳴ってらぁ」
すると、もはや待ちきれないという様子で丈一郎が割って入った。これ幸いと思った琴葉だったが、珠理亜は臨戦体勢のままだ。
「やっぱムカつく! 絶対勝つから覚悟してなよ。じゃあおばさんと一発屋は、さっさと裏口行って」
「い、一発屋……」
琴葉は地味にショックを受けているが、まどかは気にする様子もない。池袋ダンジョンには正面入り口と裏口が存在し、RTAバトルをする際は別々に入ることがルールとなっていた。
池袋ダンジョンでは挑戦を受ける側、または格上が正面入り口という風潮が界隈ではある為、まどかは譲るわけにはいかない。
「はあ? なんであたし達が裏口から挑まなきゃなんないわけ? そっちが裏口でしょーが挑戦者なんだから」
「上から目線で偉そうに。つまんない配信なんて、裏口からやったほうがいいに決まってんじゃん」
「やめないかー! 二人とも」
痺れを切らした風を装い、鉄男が間に入る。まるで二人に叩いてこいと言わんばかりの乱入だ。しかし二人はまるで彼の存在などいないかのように口論を続けた。
「ああ……放置プレイとは……最高」
「めんどくセー奴らだな。ってかおい! おいおいおい! お前」
「へ? あ、あたしですか?」
丈一郎は急に琴葉に目をギラつかせながら接近してくる。しかし、その間にレムスが割り込む。
「何カ御用デスカ」
「お? おー! やっぱお前、強そうじゃねえかよ。クク! 楽しみだなぁ! こうやって競うの久しぶりだからよぉ。ちっとは歯応えあるところ見せてくれよ」
「は、はい。頑張ります」
「ああ? なんだ! もっと威勢いいセリフでいいんだぜ。ぶっ殺すとかよ」
「え、えええ」
危険なオーラが丸出しになっている丈一郎が、うろうろしながら接近しようとする度、レムスが前を阻むように移動してくる。
「へへへ! このロボットも強えんだろ? 日本刀なんて腰に下げてやがる! 楽しみにしてんぜ。おい珠理亜、裏口だ裏口」
「うっさい! ちょ、ちょっと!? 離して! 鉄男! 鉄男ー!」
野蛮な狂人と呼ばれる男は、無理矢理に珠理亜を引き剥がして裏口に向けて歩き出した。
「レディに野蛮な真似はやめろ! ……ああ……また放置……」
丈一郎もまた、鉄男には一切反応を見せずその姿を消していく。あわや乱闘となりかけていたので、琴葉はホッとした。
「あーウザかったわアイツ。よし姫っち。配信スタートしちゃおっか」
「はい。それと、あんまり喧嘩しないで下さいね」
「ごめんごめん! ってかおばさん呼ばわりは酷くない?」
「配信スタートシマス」
「……レムちゃん、あたしのことババア呼ばわりしたアイツ、」
「十秒前デス」
「スルーか! ちょっとレムちゃん!? スルーしてんの!?」
「五秒前デス」
「あ、あはは。レムちゃんには、よく分からないと思うんです」
ベテラン配信者と組む安心感よりも、不安が勝ってしまう始まりであった。レムスのカメラが正常に配信をスタートさせると、まどかもカメラを起動させる。彼女は今回ドローンではなく、最新型の配信機能付きゴーグルを使っていた。
それぞれ別視点で楽しめる仕組みなので、コラボはどちらのチャンネルからも配信することが決まっていた。また、RTAバトルは後々ダンジョン組合が調査するため、証拠となる配信は多く残しておく必要がある。
珠理亜達も配信をスタートしていた。琴葉は、一癖も二癖もあるライバルと初めての競争を開始することになった。
しかし、RTAバトル初心者の胸には、同時に新たな懸念も生まれていた。珠理亜はたしかにまどかと激しい言い争いをしていた。
だが、珠理亜はまどかと口論しつつも、時折もっと恐ろしい殺気を、自分に向けていたような気がしたのである。
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