第30話 ヒメノンへの疑惑

「う! レ、レムちゃん見て! またニュースであたしの話してる」

「良カッタデスネ」

「全然良くないよー」


 リビングのソファで、琴葉は抱いていたスライムのぬいぐるみに顔を埋める。この前破壊した事務所からプレゼントされたものであった。


 なんでも、今回の雑談配信とまどかとのコラボダンジョン配信を行えば、修理費など軽く賄えるほどの利益が望めるのだという。


 レムスは母親の料理を手伝いながら、それとなく彼女の話し相手をしていた。琴葉の母は、苦笑いを浮かべながら食卓に料理を並べていく。


「それにしても凄いことになっちゃったわねえ。琴葉はもう有名人なの?」

「んー。有名には、なったのかも」


 耳まで赤くなりつつ、彼女はこくこくと頷きながら答える。


「それは良かったじゃないの。知名度っていうのは大事よ。テレビに出たことがあるってだけで、面接でアピールできちゃう場合もあるから」

「そうなの? じゃあ良かったのかな」


 わりと単純な彼女は、母親からのフォローで気持ちを立て直していた。実は先ほどまでは琴葉も料理を手伝っていたが、テレビで自分が映ったところで動けなくなった。


「絶対そうよ。でも気をつけてね。悪いことしてる、って勘繰ってくる人も、中にはいるの」

「え? 疑われちゃうの?」

「中にはいるよ。人っていうのは誰かの悪い噂が好きだったりするの。だからゴシップが世に溢れてるってこと。需要があるの」

「姫サマニハ、疑ウ所ナドアリマセン」


 お盆にお茶を乗せてやってきたレムスが主をフォローする。すると母は少しだけしわができた顔を緩めた。


「うん、そうね! そういえば話は変わるんだけど、最近あの話、テレビでやらなくなったよね」

「あの話? なんだっけ。あ! 分かったかも! 確か——」


 ◇


「ヒメノンが魔人デーモンかもしれない?」


 珠理亜が電話で話した相手は、対面での説明を求めて事務所に呼び出していた。派手な金髪と細長いメガネ、タイトなパンツスーツという組み合わせの彼女は、満面の笑みで向い入れるなり、意外な単語を口にしたのだ。


 しかし、ここは珠理亜が所属している事務所ではない。元々彼女がいる事務所兼ギルドは別のところである。そして、この派手な女と知り合ったのも最近だった。


「そー! そうなんですよぉ。ついこの前までニュースでやってた、アレです! まあまあ、そちらに座ってくださいな。今はお客さんが一人いるだけですけどね」

「おせーぞ! 作戦会議は五分前に集合しろや。ダンジョン攻略と一緒だ」


 開口一番文句を言ってきたのは、迷惑配信者を通り越した災厄のような狂人だ。


「はあ? なんで丈一郎がここにいるワケ?」

「俺もこいつに呼ばれたんだ。縁があってよ」

「なんでもいいけどさ、ウチに指図しないでよ。大した腕もない癖に」

「あ? お前この俺に喧嘩売ってんのか。イキってんのか」

「別にここでやり合ってもいいけど? どうする? 見掛け倒しのお兄さん」

「け! てめえなぁ!」

「ちょっと! 待ってくださいよー。ストップですストップ!」


 女マネージャーは慌てて二人の間に入った。


「せっかく二人にとって美味しい話を持ってきたのに、ここで喧嘩するなら他の人に売りますよぉ。いいんですかー?」

「チッ……分かった」

「だからウチは暇だから来たんだってば。で、ヒメノンが魔人かもって、どういうこと?」


 丈一郎とは反対側にあたる机の椅子に、珠理亜は退屈そうに腰を下ろした。しかし、退屈そうなのは態度だけであることを、このマネージャーは見抜いている。


「ふふ! 実はですねえ……という前に、まだもう一人やってきてないのでお待ちを」


 少しして、電話の相手がスマホを持ちながら事務所に駆け込んできた。


「すまない! ちょっと電車に乗るのが遅れてしまって。なんていうかその、仕事の残業が増えてしまってなかなか来れず、いや、そもそもの説明をすると」

「遅い。言い訳とかいいから、正座」

「は、はい」


 慌てふためいた様子でやってきた鉄男は、恍惚とした表情を浮かべながら即座に正座をした。


「いやいや、鉄男さん! 正座はいいです。ちゃんと席座って。じゃあ本題に入りますよー」


 薄暗い事務所に集まった三人は、それぞれ異色の顔ぶれであった。珠理亜と鉄男は普段は別のパーティに属しているが、一緒に活動をしたこともあり、お互いがどういう人間であるかを理解している。


 対する丈一郎は二人のことをよく知らない。誰ともパーティを組めない男は、誰のこともあまり理解していなかった。


「いいですかぁ。ヒメノンについては今更説明は必要ないですよね? まず私が初めてヒメノンを知ったのは、偶然Utubeを眺めていた時でした。この弱小事務所に、なんとかして有望な新人を引き入れたい! そんな思いから日々ネットの海に浸りまくっていた私。


 で、Utubeってめちゃめちゃ視聴回数が低いライブが、たまに上がってきたりしますよね? それで見つけたのがヒメノンチャンネルです。何かビビッときましてね、彼女のアーカイブを視聴してみたんですよ。現存しているものは全部。するとね、おかしなことばかりが見つかったんです」


 マネージャーがすらすらと説明する中、三人はそれぞれ思考を巡らせていた。


「おかしなことが見つかったっていうか、おかしなことばっかじゃん。ヒメノンって」

「珠理亜さんもお気づきかとは思いますが、一応最後まで言わせてくださいね。私が気になったのは三点です。まず一つ!」


 ピッと人差し指を立てる彼女に、鉄男は熱い視線を注ぐ。彼女がどれだけのSっ気を秘めているか、そのほうが知りたかった。


「これは皆さんも感じられている通り、彼女は見た目に反して力があり過ぎます。まだ十五歳の女子が、あんなパワーを得られるでしょうか」

「んなもんあり得るに決まってるだろ。ダンジョン潜りまくってんだろアイツ」


 よく知らない丈一郎が、すぐに口を挟んだ。


「確かに、ダンジョンは潜れば潜るだけちょっとずつ強くなれるものですよね。人が持つ能力の常識を根本から覆しちゃったのがダンジョンですから。でも、それを差し引いてもあの力は異常です。では二つ目! あの尋常ではない食欲です!」


 ピク、と珠理亜の小さな耳が動いた。


「あの人、ダンジョン攻略の時でも、軽く十人前くらいお菓子とかご飯とか食べまくってます。なのに全然太ってません! 思春期で代謝が良いとはいえ、明らかに異常じゃないですか?」

「おかしい、絶対おかしい!」

「なんだよ珠理亜、やけに素直に同意すんじゃねえか」

「あんなに食ってるのに太らないなんておかしいでしょ。マジありえない!」

「あはは! でしょー、私達からすれば夢みたいなんですよ、あの人。では……三番目! モンスターを仲間にしていることです!」


 ああ、と鉄男は大きな体を唸らせる。


「モンスターを仲間にしたって、そういえば聞いたことがないよね。私としても、とある女性型モンスターを主に……じゃなくて仲間にしようと思ったことがあったけど、できなかったんだ」

「うわ、きっしょ! 女モンスターにまで虐められたいわけ? マジドン引きしたんだけど」

「う……」


 軽く貶された程度だったが、彼はここに来たことが正しかったと思わざるを得ないほど、鋭い快感を得てしまった。


「ヒメノン怪しくないですかー? めっちゃ怪しいですよねえ。デーモンヒメノンガチ人外! ってことで確定じゃないですかー?」

「でもよぉ。魔人って要するにUFOみたいな扱いだろ。実際に確認されたわけじゃねえ、普通にただ人間同士で殺しがあったかもしれねえ。ダンジョンの外に出た人型モンスターが、消滅しかけた時に人間を襲ったかもしれねえ。流石にどっかの世界から人間がやってきたなんて、無理があるだろ」


 うんうんと、鉄男は恍惚とした表情でうなづく。


「そういえばヒメノンって魔法タイプらしいですよ。UMA魔人は洗脳の魔法が使えるってもっぱらの噂じゃないですか。それでみんな洗脳しちゃってるのかも!」

「んなもん使えるわけねーっての。洗脳なんてもんが……」


 この時、丈一郎は工事現場で絡んできた連中を思い出した。そういえば自分に因縁をつけてきた連中が、最初奇妙な目の色をしたような……。あれが洗脳魔法だったという可能性はないのだろうか。


 しかし、さすがに何かの見間違いだろうと考え、すぐに心の中で懸念を打ち消した。


「詳しくは知らないけど、普通に学校に通っているんだよね? そうなると、さすがに魔人を疑うのは厳しいよ。私は魔人は諸説出ているけれども、まだ空想の域だと考えている」

「そんな突拍子もない話とかじゃなくてさ、ゴシップとかないわけ? 実は学校でいじめしてるとか、彼氏がいるとか、裏で大物探索者ディスってるとかさ!」

「あ、あはは。珠理亜さんは、ヒメノンに個人的な恨みでもあるんですか?」

「別にないけど。こんなつまんない話ばっかなら、ウチはもう帰るよ」

「待ってくれ! まだ彼女の話は終わっていない」

「黙れ変態」

「あ……気持ちいい」

「で、どうなの?」


 明らかに苛立ちが抑えられなくなってきた珠理亜に対して、マネージャーは余裕の微笑を浮かべる。そして、ホコリを被ったテレビの電源ボタンを押した。


「まあまあ、本番はこれからですよ。この映像、よく見てもらってもいいですー? すっごいものが映ってるんです」


 三人はそのまま、彼女に言われた通りにテレビを見つめた。マネージャーの瞳が確信を持って怪しく光る。数分ほどが経過した後、それぞれの考えが一変することになった。

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