第31話 RTAと投げ銭
「え!? ダンジョンRTA勝負を挑まれたんですか?」
ここは琴葉が通う高校からほど近い、席数が少ない落ち着いたカフェ。大事な話があると連絡を受け、ひとまず会って話をすることになった。
テーブルの対面に座っていたまどかは、パフェを食べながら笑っている。
「そう。ダンジョンRTA勝負。しかもコラボ配信に合わせて土日を希望してるみたい。あたしもアガッてきたわ!」
「ええー……でもあたし、RTA勝負とかやったことなくて……」
慌てたようにまどかの二倍以上あるパフェを食べながら、琴葉は不安を打ち明ける。
ちなみにダンジョンRTA勝負とは、同一のダンジョン内で同時刻から探索をスタートし、どちらが指定した場所まで早く到達できるかを競う勝負のこと。
この結果は配信しているならランキングのポイントにも反映され、大物に勝利するほど評価が上がるようになっている。
「あの、挑戦してきた三人って、どんな感じの人達ですか?」
「簡単にいえば、問題児の集まりって感じよ。大人のあたしが相手するのはちょっとなーっていう。はぁー! 人気者は辛いわ。こうしてまたモテちゃうのよねー」
自分のことをさらりと棚にあげ、まどかはそう三人を評価した。
「しかも、ご丁寧に勝負の場所まで指定してきたってワケ。池袋ダンジョンよ。ま、ド定番だけどさ」
「池袋ダンジョンって、聞いたことあります!」
「ねー、RTAじゃ大体あそこ使ってるから。連中は話題作りに必死だし、ついでに池袋の限定報酬もゲットできるって考えてるワケ」
RTAバトルにおいて、よく使われているのが池袋ダンジョンであった。さらに池袋ダンジョンのRTAゴール地点には、特殊なゲージのような物が設置されている。
そのゲージはダンジョン出現時から存在しており、探索者達が戦うほどに溜まっているようだった。ほとんど満杯になりつつあるゲージの下には、何か大きな報酬が隠されているという噂があり、それが限定報酬と呼ばれていた。
「ごめんねー姫っち。あたしの首を狙ってる連中が山ほどいるんだわ。っていうか、今回は姫っちのことも狙ってるかもね」
「え? あたしもですか」
「だって今超流行ってるよぉ。……ってか、ほら」
「へ? ……きゃっ!?」
窓から見える景色が、ほぼ人で埋まっている。沢山の人々が自分達を興味深げに眺めているようだ。少しの間、見つめては去って、また新しい人が来ての繰り返しになっている。
「びっくりしたー!」
「ねー! でもさぁ、普通は凸ってくる奴とかいるんだけど、ね。今日はさすがにいないかー、そうだよねー」
「なんか怖いです」
「姫っちは多分大丈夫じゃない……ほら。隣に頼れそうな子いるじゃん」
「え?」
ふと、琴葉は隣に座っている女子へ顔を向けた。ここまでただ黙って窓に絶対零度の視線を投げつけていた玲奈は、途端に柔らかい笑みを浮かべる。あまりのギャップにまどかですら背筋が凍ってしまうのだった。
実は本来二人で話す想定だったが、友人が来ても問題ないと思ったまどかは、あっさり同席を許可していた。
さらにはリュック型に変形しているレムスもいる。まどかの隣の椅子で、ただの荷物を装っていた。
「ま、まー大丈夫! これで勝っちゃえばただでさえ高いコラボの同接が爆上がり! やるっきゃないでしょ! お姉さんに任せときな」
「は、はい……」
「そのお相手は三人いるのですよね? 琴ちゃんと二人だけでは厳しいのではないでしょうか」
「ん? こっちも三人じゃん! 姫っちにはちゃんと相棒がいるでしょ」
そう言いながら、まどかは隣にあるリュックに軽くタッチしてみた。
「オ任セヲ。全員成敗シマス」
「れ、レムちゃん! 間違っても殺しちゃダメだよ! 怪我させるのもダメ」
「まー競争だからねえ、直接やるわけじゃないから。でも気をつけてよ、妨害行為は普通にしてくると思ったほうがいいから」
「え!? そうなんですか」
「そう! 特に丈一郎ってやつ。あいつ見境ないしダンジョンだと狂っちゃうからさ。あと、珠理亜も危ないかも」
タブレットに写された三人の画像を見つめて、玲奈は戸惑っていた。見るからに大柄な男性、背が高く気性が激しそうな若い男性、それから見た目は普通だが、まどかいわく危険な女性。
琴葉が三人に何かされるのではないかと、気が気ではない。
「怖いですね。特にこの男の人、相当体が大きそうですが」
「あー鉄男ね。こいつ普通に二メートルあるよ」
「琴ちゃん、こんな男の人達と競うなんて、危ないわ」
どうやら玲奈は反対派のようだ。しかし、まどかは首を横に振る。
「大丈夫! こいつはタンク役で確かに強いけど、めっぽうドMなんだわ。まあ紳士でもあるし」
「い、いけないわ。琴ちゃんに変な男の人が」
「え? どうしたの?」
頭を抱え始める玲奈を、心配されている本人は不思議そうな顔で眺めている。
「まあ余裕っしょ! あたしの見立てじゃー姫っち一人でもぶっちぎれると思うのよね。RTAのコツはしっかり教えるから、大船に乗ったつもりでいてよ」
「は、はい。頑張ります!」
「んん……琴ちゃん……大丈夫かしら」
「あ、それと! 今日配信でアイツら宣伝するみたい。なんで、こっちも対抗しちゃおうよ! あたしと姫っちも短い時間でいいから、それぞれのチャンネルで宣伝配信しよ!」
「宣伝ですかー」
「そう! じゃあその打ち合わせもしとくかー」
はりきる大先輩に、後輩は戸惑いながらも同意することにした。今までまったく配信のやり方を習ってこなかった彼女は、有名配信者からあらゆるコツを教わり始めている。
◇
その日の夜。まずSNSで急遽告知がある旨を伝えた後、琴葉は自室で深呼吸を繰り返していた。
「本日ノ深呼吸ハ、合計デ十八回目ニナリマス」
「スゥー……え? もう! 数えなくていいよ。じゃあ、始めるね」
彼女は猛烈に緊張していた。先輩有名配信者は慣れると助言してくれたが、本当にそうなのだろうかと思ってしまう。静かにパソコンに指を伸ばし、配信するためのバナーをクリックした。
(今日は軽く配信するだけだし、特に何もないと思うんだけど、なんか緊張しちゃう)
そわそわしつつも、画面が自分達を映して数秒が経過した。その時、特にコメント欄が弾むわけではなかったので、琴葉は逆に安心する。
「こんばんはー! ヒメノンチャンネルです! えーと、今日は以前お知らせしてました——」
だが、直後に嵐が来た。
:こんちゃー
:こんばんわ
:ばんわー!
:お! 学校帰りだ
:姫さま、お納めください
:始まったああああああああ
:こんばんはー!
:あ! 収益通ってるーーー
¥10,000:収益化おめ
¥200:やったじゃん
:収益化おめでとーってことで
:姫さま、ささやかですがどうぞ
:収益化きちゃー
¥50,000:姫さま、お受け取りください
¥2,000:俺からも!
¥30,000:いつもありがと( ´ ▽ ` )どうぞー
¥5,000:お納めくださいまし
:おめでとうございます
:初収益化配信だったんか
:きちゃー
:やったね
:最初から投げ銭ラッシュ始まっとるw
¥50,000:姫さま、おめでとうございます!
「きゃああ!? 投げ銭!?」
「ハイ。昨日運営ヨリ、申請通過ノ連絡ガアリマシタ」
「あああああ! あ、ありあり、ありがとうございます! 突然のことですっごくビックリしちゃってるんですけど、あの」
「姫、コチラヲ」
「ありがと!」
レムスが差し出してきたお茶を、琴葉はがぶ飲みした。慌てふためく様子に視聴者は盛り上がり、雑談配信は開始早々同接十万に達している。
「収益化通ってたんだ……」
その後、あまりのショックに数秒ほど固まってしまう。レムスはそうしているうちに、新しいお茶を湯飲みに注ぐ。
:姫、気づいてなかったんかいww
:いきなりの投げ銭にフリーズしてる笑
まどか:¥50,000:これは典型的な投げ銭初心者の反応だわww
:姫おめでとー
¥500:良かったね
:姉さん!!
:姉さんも投げてんのかよwww
:画面フリーズしてると思ったら、レムちゃんだけ動いてるww
:姫さま、お気をたしかに
¥20,000:おめでとー♪( ´▽`)
「えええ!? ま、まどかさん! どうして?」
「姫サマ、ソロソロ告知ヲ」
「あ、そうだね! えーっと皆さん、今日もあたしの配信に来てくれてありがとうございます。それで、この前お伝えしていたコラボ配信なんですけど、追加の内容があって」
ハイパーチャットが雪崩れ込むなか、琴葉は必死になってまどかと打ち合わせしていた宣伝内容を語り続ける。
探索者三名とダンジョンRTAバトルをすることになったこと、その三名はいずれも相当凄い人達であること、RTAバトルは初めてだが、頑張るので応援してほしいという内容だった。
:うおおおおおおお!
:ええー!? あの三人とバトルすんの?
:ちょ、やば
:珠理亜、やっぱり姫に絡んできたか
¥20,000:マジ心配だけど、頑張って
:珠理をやっちゃってください!
:RTA初めかぁー。あれは普通の探索と勝手が違うんだよなぁ
¥50,000:大丈夫! 姫ならいける
:丈一郎がメンツに入ってるのが意外なんだけど、なんでだ?
¥1000:やべえええええ! これはアツい!
¥15,000:姫さま、応援ハイチャ送らせていただきます!
¥50,000:頑張ってー!
¥20,000:いける! 姫ならきっといける
:鉄男の奴、とうとう女子高生からも責められたくなったか
:姉さんがいるから大丈夫だよ
¥10,000:やったー! 超楽しみ
¥50,000:待ちきれねええええええ
「あ、あああああ! ちょ、ちょっと待って! チャットが」
「良カッタデスネ。現在ノ総額ハ」
「きゃー! 言わないで! 心臓止まりそう!」
安定のビビりっぷりを発揮しつつ、なんだかんだで今回の雑談も成功に終わるのだった。
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