第17話 ボスの弾幕攻撃

:げ!? また進化するの?

:蟹の時ヤバかったんだけど、こいつもか

:一定数共食いすると進化するみたいな法則があるのかな

:っていうか、またしても超レア映像が観れてる気がするんだが

:これも配信史上初なのでは?

:姫、お覚悟を

:姫は初めて見た感じなの?

:姫、ぽかーんとしてんな

:お覚悟を

:緊張感ないなww

:刺々しい感じに変身してるんだけど!?


 視聴者達が戸惑うなか、琴葉とレムスはじっとボスモンスターの変身が終わるまで待っていた。


「ねえレムちゃん、お腹空いた」

「ハイ、デハコチラヲ」

「わー! ありがと」


 どこから取り出したのか、レムスの手にはクッキーの袋が。琴葉は嬉しそうにニコニコしながら、バリバリとクッキーを食べ始める。


「あ、え、えーと。このカマキリちゃんなんですけど、すっごい感じに変身します。とってもカッコイイです」


:知ってましたか

:余裕すぎて草

:姫の語彙力がw

:でも同接とまどかには緊張しっぱなし

:姫、油断はいけませんぞ

:変身前ですらビビるほど化け物だったんですが

:さらなるマオウになるわけか

:いやいやいや、もう倒しておいたほうがいいって

:姫なら大丈夫な気がしてきた

:謎の信頼感を発揮してクッキーを食べる姫

:姫さま、お覚悟を

:あ、終わったんじゃね!?

:すげーーーーー

:ビジュアルカッコいいな

:絶対強いわコイツ

:ってか、普通にパーティ組んでる連中でも勝てなくね?


 ニセハナマオウカマキリは静かに立ち上がると、いっそう鋭くなった赤い複眼を煌めかせ、自身を脅かす存在を睨みつける。


 全身は約二倍のサイズに巨大化。触覚やあらゆる箇所がより鋭利な形になり、カマは大きく長く、真っ赤に変色している。


 そして体全体を包むように、黒々とした煙のようなものが噴出していた。


「あ、レムちゃん! あれ」

「全方位火球ガキマス」


 マオウカマキリは長くなった翼を羽ばたかせて浮かび上がった。より異様になった全身が赤く点滅していく。約五秒後、身体中からおびただしい数のファイアボールが乱射された。


 視聴者達は、巨大かつ無数のファイアボールが暴れ回る姿に戦慄し、チャットを打つ手すら止まってしまう。


 フロア内を焼き尽くそうとするような火球は、当然ながら琴葉達に降りかかっていく。轟音とフロア内を埋めるような密度の攻撃を、クッキーの残りを食べながら少女はかわしていった。


 しかも、火球の僅かにある隙間を縫うように避けるという、側から見れば危なっかしい動きである。


:ひえええええええ!?

:ちょお!? ヤバいやん!

:シューティングゲームのボスみたいだ

:姫ええええええ

:え!? これ全部避けてんの?

:絶対普通のパーティなら大ピンチになってるぞ

:レムちゃんもなんともなさそう

:姫も相棒もチート過ぎん?

:でもどうやって倒すんだ?


 進化したボスモンスターは、敵が攻撃をかわし続けていても気にする素振りがない。淡々と全方位への理不尽な圧迫攻撃を続けている。


 ボス部屋の中は火災にはなっていないが、壁や床が溶かされ地獄絵図となりつつある。よく見るとカメラの前には青く薄い膜のような何かが貼られていた。


「現在私ハ、マジックバリアヲ展開シテイマス。視認性ガ低下シマスガ、オ許シヲ」


:レムちゃん、さすが

:気にしないでもろて

:マジックバリアとか使えるって、超助かるじゃん

:さすが姫の相棒だわ

:普通に魔法も使えるあたり、ぐう有能

:攻撃が終わる様子がないんだけど

:ちょっと待って、流石にこれは危険過ぎるって


 こうした乱射攻撃に対して、通常の対策として有効なものはいくつかある。その一つが、回避に徹して撃ち終わりまで待つ方法だ。


 ボスが使用しているのは魔法。であれば魔力が切れかかってくれば使用できなくなる。


 だがこのボスモンスターは一向に攻撃の勢いが衰えない。そればかりか、徐々にファイアボールの放たれる数と密度が増しているようだ。


 とうとう避ける隙間もなくなってきた頃、琴葉はなぜか迫り来る火の暴力へと自ら前進。ただ普通に拳を突き出した。


「えい」


 小さな気合と共に繰り出した拳は、視聴者達の目には見えなかった。しかし、その後向かってきた火球が煙とともに消失したのは、はっきりと画面に出ている。


:え、ええ

:何をした?

:普通に殴ったの?

:ちょっと待った。理解が追いつかん

:ただ殴っただけで火まで消しちゃうのかよ

:嘘だろ

:いやでも、このままじゃ倒せないことは変わらないっていうか

:いやいやいや

:カマキリは届く位置にいないんだよな

:姫やばすぎ!


 単なる正拳突きでファイアボールを消し去った衝撃に、視聴者達は驚きを隠せなかったが、同時にボスの厄介さもしみじみと感じてしまう。


 マオウカマキリは天井近くまで浮かんでおり、琴葉とは物理的に触れ合えない距離にある。しかし、彼女は特に気にする様子もなく、少しだけ体をしゃがませる。


「ココガ撮レ高ポイントデス」

「はーい! 行きます」


:撮れ高ってwww

:なんか余裕!?

:普通必死になって逃げてる頃合いだと思うんですがw

:草

:なんでこんなにゆとりがあるんだww

:姫、さすがです

:ハイパーゆとり世代


 琴葉は何度か火球をパンチして消し去った後、しゃがんだ状態から後方へとジャンプした。飛距離が長いジャンプにより、反対側にあった壁へと到達する。そこで壁自体を蹴りつけ、勢いよくカマキリめがけて一直線に飛んだ。


 レムスのカメラには、蹴りを入れたことで大穴ができた壁と、ミサイルのように飛ぶ小さな体がはっきりと映っている。


 しかし、その頃には多くのファイアボールが再生産され、彼女を阻むべく襲いかかっていた。かくなる上は被弾を覚悟した上で、ほぼ相打ちの形でダメージを与えるしかない、そう視聴者達は考える。


「やー」


 だが琴葉は、多くの人々がまったく予想していなかった行動を取った。ドロップキックのような体勢になったかと思えば、そのまま全身を回転させ、ことごとく火の玉を消し去りながら猛進する。


「!?!?!?」


 とうとう間合いに入られたボスは、一瞬の後に獲物が姿を消したことに戸惑いを隠せなかった。そして自身の胴体に穴が空いてしまったことも気づかない。


 琴葉は障害となる火球を消し去ってボスと触れる瞬間、今度は片足だけの蹴りへと変化していた。加速された蹴りはマオウカマキリの腹部を貫通し、そのまま反対側の壁まで到達した。


 少女がくるくると回転しながら地面に着地した時、勝負もまた決していた。動作が停止したボスモンスターは、一切の動きが取れなくなり、静かに地面へと堕ちていった。


 そのまま煙が噴出し、跡形もなく消え去っていく。二本の触覚とカマだけを残して。


「勝てました! このモンスターはよく触覚を落とすんですけど、今回はカマも……って、あれ?」


 琴葉はレムスに近づくと、チャット欄が動いていないことに気づいた。


「あ、あれ? もしかして地味だった?」


 不安になりそわそわする彼女に、相棒は親指を立てて答える。すると、それを待っていたかのようにチャット欄が活性化する。


:うおおおおおおおおお!

:ああああああああ

:すげえええええええ

:どうなってんだこれえ!?

:人間の動きじゃなかったぞ!

:強すぎるだろ!?

:姫、私は信じていました

まどか:ウッソでしょ!?

:ちょおおお

:姉さんwww

:姉さんもビビってないかw

:超メジャー探索者も驚愕させる女子

:やべええええ

:綺麗な蹴りだったなぁ(遠い目)

:確かに撮れ高だわ


「え、えええ!? すごい反応貰えちゃった。ありがとうございます! ……あああ、また緊張してきちゃった。まどかさんも、ありがとうございます!」」


 今度は琴葉が驚愕する番であった。盛大なチャット欄の反応にびっくりしてしまい、慌てている姿がカメラに映る。


「姫サマ、オ気ヲ確カニ。深呼吸ドウゾ」

「は、は、はい! すーはー、すーはー。お、お、落ち着いた!」

「落チ着イテマセンが、大丈夫デスネ。デハ、次ノ階ニ」

「あ、ちょっと待って!」


 すでに下の階に行くしかやることはないはず。触覚二本とカマを回収したレムスは首をかしげている。


 そんな中、なぜか琴葉はダンジョンの壁を殴り始めた。

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