第15話 下層を突き進む!
モンスターが多数ひしめく下層の極悪空間において、彼女の存在は浮いている。
ほとんど緊張感のない、あんパンを食べながら拳一つで圧倒するさまは、むしろ視聴者達すら戸惑いを隠せなかった。
「アイアンアントの群れですね。とりあえず蹴散らしていきます」
「あ、フリーズコンドル! ジャンプして倒しますね」
「ハイリザードマンがいますっ。盾から蹴っていきます」
:すげーーーーー
:っていうか、ここに来て蹴り技がやばい
:なんか、ムーンサルトみたいなことしてコンドル落としてるwww
:姫さま、何か格闘技を習われてましたか?
:盾で守ってるのにその上から倒すって……
:ああ、そうか。パン食べながらだから蹴りを多用してるのか。理解理解……ってやっぱりよく分からん!
:おてんば過ぎます
:ちょっと待って、この勢いだとマジで下層も楽々クリアしちゃうんじゃ
:普通にパーティ組んで苦戦してるベテランの立場が
「チャットガ盛リ上ガッテマス」
「ほんとだね! 嬉しい。え? 格闘技ですか」
気がつけば下層でも二回ほど階段を降りている。この進行スピードもまた驚異的であった。琴葉はチョココロネを食べながら天井をあおぐ。
「うーん。習ってはいないんですが、ダンジョン攻略で必要だから勉強しました。ね、レムちゃん」
「アレハ勉強デハアリマセン」
「え? 勉強したよ!? 一緒にしてるでしょ」
「格闘ゲームヲシテイタダケデス」
「えええ! 勉強じゃないのー?」
:草
:え、ちょっと待って。格闘ゲーム!?
:姫さま、格闘技を習っていたのではなく、ゲームしていたのですか
:なんか動きが違うと思っていたら、そっちかー……は!?!?
:天才過ぎて理解の範疇超えてるww
:格闘ゲームやってるだけであんな動き身につかないってwww
:ファーーーー!!
:いやいやいやいや
:どうなってんだこの人
:格闘家はみんな気弾飛ばせるとか思ってそう
チャット欄とレムスの反応に戸惑う琴葉だったが、不意に頭を伸ばして噛みつこうとしてきたビッグタートルを肘打ちで粉砕し、甲羅を片手で持ち上げて投げた。
ぐるぐると回転しながら、巨大な亀の甲羅が周囲のモンスターを一掃していく様がごく普通に配信され、視聴者達はチャット欄で呆然とするばかりであった。
「姫サマハ格闘ゲームハ弱イデス」
「ううん。レムちゃんが強すぎだよー」
「タメ技ヲ普通ニ失敗スルノハ、チョット……」
「ええー!? あれ難しくない?」
:こんなド危険地帯で普通に会話してるwww
:余裕過ぎるでしょ
:ゲームは弱いのかわいい
:タメ技って簡単だけどな
:レムちゃんが強いのか、姫さまが弱すぎるのか
:もしかして、そのうち普通に飛び道具撃つんじゃ……
:ゲーム配信みてみたい
:ここ、めっちゃ危ない空間なんだけど。全然そんな気にさせないのが凄いわ
:なんか俺の中の常識が壊れてきた
◇
この下層攻略に驚愕していたのは、一般の視聴者達ばかりではない。ダンジョンを常日頃から攻略している探索者達もまた彼女の配信を視聴しており、信じられない気持ちで見守っていた。
その中の一人であり、特に腕利きかつ有名な探索者は、デスク上で酒瓶片手に固まっている。
「嘘でしょ……どうしてこんな女の子が、ほぼ一人で進めちゃってるの?」
円丈まどかは、事務所のパソコンで配信を眺めながら思案に暮れていた。どんなに頑張っても探索歴約二年の女子が、かるく蹴散らせるような甘い世界ではない。
彼女もまた複数人のパーティを引き連れて、苦戦しつつも乗り越えてきた場所なのだ。誰よりもその大変さを経験している。
「あのドラゴンをワンパンして助けてくれたのも、もう間違いない。とんでもない子がいたもんだわ」
しかし、その瞳には明るい興味の色があった。思えばここしばらく、頼もしい仲間に恵まれなかった彼女である。
「今度絶対コラボ誘わなきゃ」
「あら? まどかさん、ライバルの配信でも見てるんですかぁ?」
すると、奥から女性マネージャーがやってきて、興味深げにパソコンをのぞいた。
「ライバル? ううん、今度のコラボ相手よ」
「え? いつ決まってました? スケジュールにないんですけど」
「これから交渉すんのよ。そうだ! この子って実はフリーなんだけどさー」
「あら、いやですよまどかさん」
マネージャーは眉間を押さえながらため息を吐く。
「いくら男性に敬遠されてるからって、女の子まで狙っちゃうのはー」
「そっちのフリーじゃねえわ!」
男性に敬遠されているかはともかく、今はこの配信の顛末を見届けることが優先だ。そうまどかは決めていた。
◇
いつの間にか同接は九万に到達していた。同接数をしっかり確認していなかった琴葉は、またも呑気に化け物を駆逐していく。
「えいっ。あ、もしかして全部倒したのかな?」
「コノ辺リニハイマセン」
近場にいた敵を一掃すると、溢れかえっていたモンスターの気配が消えた。一本道の通路に出て、静かな空間をただ歩いている。
平坦な道を進んでいるだけであったが、琴葉は楽しそうだ。時折チャット表示を確認しては目を輝かせている。
「やっぱりチャットが沢山くると面白いね!」
「姫サマ、少シ食ベ過ギカト」
「だいじょーぶ! この後もいっぱい運動するし」
レムスは琴葉よりも背が高いため、自然と彼女はチャット画面を見上げるようになる。
爽やかな笑みを浮かべながら画面を見つめる姿にも、視聴者達は反応している。
:こうして見ると食べ歩き配信みたいだ
:かわいい
:なんかVRデートしてる気分
:ここがダンジョンじゃなきゃな……
:姫さまー
:このアングルが堪らん!
:人は見かけに寄らなすぎる
:なんか幸せな気分
:このまま一緒に食べ歩きしたい
:ダンジョン配信なのに癒されてる自分がいます
:あ、きた!
:うわー
:熊!?
平穏な時間はすぐに終わり、モンスター達はまたも容赦なく襲いかかってくるが、琴葉は特に驚くことなく応戦する。
今度は獰猛な爪を振り下ろし、体格に任せて捕まえようとしたエビルグリズリーの脳天をかち割り、そのまま吹っ飛ばした。人外としか思えぬ強烈過ぎるパワーは、徐々に視聴者達に謎の信頼感を生み出す。
:おおおー! 姫さまぁああ
:ゴイスー
:もうこのまま下層クリアしちゃえ!
:完全にいける気がしてきた
:あれ? ちょっと待ってここの空気は
:もしかしてボスか!?
:下層のボスはやばい
:でもいけそう
:姫さま、お覚悟を
:気をつけるのよ
:頑張れー
「なんかひらけた部屋に出てきました。こういう時って、大体ボスが待ってるんですよね」
琴葉はキョロキョロと辺りを見回した。しかし、それらしき存在は見当たらない。
「上デスネ」
だが、モンスターは確かにいた。天井近くに陣取り、その巨体を揺さぶりながら何かをしている。
「姫サマ、アレハマオウデス」
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