第14話 下層と死の魔法
階段を降りた先には、先ほどまでとは大きく異なる禍々しい雰囲気が満ちていた。
ここからは下層であり、慣れた探索者達は必ずパーティを組み、一切の油断なく望まなくてはならない。
ダンジョンという異空間において、よく表現される層という単語。上層、中層、下層などと表現されており、層が変わればモンスターの強さが段違いになる。
「ここからは下層、ですね。あれ? あれってたしか——」
不吉な予感漂う通路内に、青い光を放つパネルがあった。不気味なドス黒い通路とは相反する、何か神々しい光を放っている。
「ワープトラップデス。踏ムト大抵ハダンジョン外ニ飛バサレマス」
「よくあるんだけど、厄介だよねもぐもぐ」
モンスターという存在とともに、ダンジョンにはもう一つの障害、ダンジョントラップというものが存在する。簡単なものでは落とし穴があったり、正しい通路を選ばないと元来ていた通路に戻されたり、そういった多くの罠もまた、層が変われば趣が変わる。
:いやいやそれよりも
:またもぐもぐしてるw
:姫、危険ですぞ
:超余裕あるじゃんww
:ヒメノンにしてみれば下層すらもお遊びってことか
:ええええええ
:っていうか、下層でもそんなゆとりあるの
:いけるいける
:姫の信頼が厚くなってきた
:下層モンスは今までと段違いですよ
:マジかー! 普通下層っていったら、ベテランでもパーティ組まないと殺される魔境だぞ
:舐めていったら本当に死ぬって
:いや、ヒメノンならきっと深層でもいける
:俺も姫ならいける気がしてきた
下層に来れば気を引き締めるかと思いきや、彼女はひたすらもぐもぐとお菓子を食べていた。
「あ、これは余裕とかじゃないんです。なんかどうしてもお腹空いてきちゃって。あはは」
「アノトラップ。多分ダンジョンノ外マデ通ジテマス。ナノデ、帰リ道ニ使エマス」
「逆に便利だよね! いつも思うけど、モンスターもハマっちゃったりしないのかな。ちょっと心配」
「ハマッテシマウ者モイマス。デスガ、モンスターハ外ニ出タラ消滅シマス」
「そっか! ダンジョン瘴気がないもんね」
ダンジョン瘴気とは、ダンジョン内にだけ排出されている特殊な瘴気であり、深い層に行くほど濃くなっていく。ダンジョン瘴気がない世界ではモンスターは消滅してしまうのだ。ちなみに、ダンジョンの層の深さは主に瘴気によって判定されている。
特にモンスターが出現することもなく、淡々と歩いていた琴葉はふと足を止めた。瘴気のことを口にした時、気になることがあったらしい。
「あれ? じゃあなんでレムちゃん、普通に外で生活できるの?」
「私ハ、モンスターデハアリマセンノデ」
「えええ!? そうなの?」
「ハイ。半年前ニ共有済ミノ情報デス」
「え!? ご、ごめーん! 忘れてた!」
:忘れてたんかいw
:姫さま、大事な情報ですぞ
:レムちゃん謎すぎ
:そもそもどこで出会ったんだろ
:レムちゃんの謎が深まる
:出会った経緯から詳しく
:姫さまは忘れっぽい
:天然かよw
:お宝のことばかり考えてるから
:食いもんのことで頭いっぱいかw
「姫サマ、敵ガ来マシタ」
しかし、そんな和やかな空気を引き裂くように、強烈な悪意を持ったモンスターが出現した。
紫色の肌をしており、目は完全に真っ赤に染まっている。邪悪な悪魔が描かれた法衣を身にまとうモンスターは、右手には杖を持っているが左手には棘がついた棍棒という、奇妙な組み合わせで一人と一体を出迎えた。
エビル神官と名づけられている、下層から登場する極めて厄介なモンスターだ。
「わああ、怖い顔」
「エエ。コノモンスターハ特ニ即死魔法ガ——」
レムスの話が終わらないうちに、人型モンスターは先手を打った。向けられた杖からは奇妙な髑髏の魂が浮かび上がり、琴葉目がけて猛烈な勢いで飛ぶ。
魅入られた人間は高確率で死亡してしまう、即死魔法デスであった。
過去いったい何人の探索者がこの魔法を受けて帰らぬ人になってしまったのかは、今では数えきれない。それほどに危険な魔法である。
:きた
:初手からデスなんて
:この瞬間は悪夢だわ
:俺の推しがこれで亡くなった
:姫、逃げて!
:これ触れたらやばい
視聴者達は何度か目にした放送事故、取り返しのつかない悪夢に怯えた。しかし魔法を見た当の本人はといえば、お菓子を口に含んだまま、ただ自然にトコトコと歩いている。
黒い呪詛の塊が、その細い体を包み——弾けた。
:はあ!?
:なあああああああ!?
:ちょ、ちょっと待って
:破裂した!? デスが?
:待って理解が追いつかない
:姫さま、まさか魔法まで物理で粉砕とか!?
:おおおおおお?
「姫サマハ、デス系統ニ耐性ガゴザイマス」
「あ、そうなんです。このくらいだったら大丈夫なんです」
「クククク!」
まったく何の防御もすることなく、彼女はエビル神官に接近。しかし、死の魔法を操るモンスターは余裕の笑い声を発していた。実は防御に関しても一つの策を持っている。
何かを素早く呟いた後、すぐに前方に魔法の壁が出現した。多くのアタッカーにとって厄介なダメージバリアという魔法で、そうやすやすとは破壊できない耐久性を誇っている。
「えい」
「グギィイイイイイイーーー!?」
ところが、琴葉は特に気にせず正拳突きを放ち、壁を貫通してモンスターを文字どおりぶっ飛ばした。
人型モンスターはくるくると縦回転しながらダンジョン壁に激突し、あっさりと勝負がついた。
このあっという間の展開に、しばらくチャット欄が止まってしまう。淡々と歩き続けていた琴葉だったが、これには動揺してオロオロしてしまう。
「あ、あれ? なんかチャット欄止まっちゃった。みなさーん」
「チャット欄ハ正常デス」
数秒の後、ようやく理解できたチャット欄が動き出した。
:え!? ダメージバリアも一撃!?
:あっさりしすぎて大草原
:ヒメノン、もしかして人外?
:エビル神官ってかなりタフなはずなんですけど!?
:えええ
:大男がハンマーで何回殴っても壊せない壁だぞ
:下層をほぼソロ、しかも素手って……
:常識が壊されるぅううううう
円丈まどか:バケモンかぁあああ!?
:マジやばい予感
:まどかだ!
:姉さん!
:姉さんきたー
:キターーー
「あ、武器はもうちょっと進んでから使うかもです。……え!? まどかさんですか!? きゃああ!」
「姫サマ。冷静ニ、冷静ニ」
「う、うん! 落ち着いてひええ!? 同接七万超えてる!?」
「同接ハ順調デス。落チ着キマショウ」
「は、はいい! じゃあ、えっと、そろそろ飛ばしていきたいと思いますー!」
「姫サマ、オ待チ下サイ。姫サマー」
琴葉は同接の急上昇と有名インフルエンサーにビビってしまい、視聴者達はさらに盛り上がる。
この後、普通ならば速度が鈍化するはずの下層探索が、なぜか今までよりも速くなっていくのだった。
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【作者より】
明けましておめでとうございます。
2024年始まりましたね!
今年もできる限り楽しく書いていけたらと思います。
よろしくお願いいたします!
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