第13話 変異体ボス

 人よりも遥かに大きな体を持つ蟹型モンスター。その全身が点滅している。


 さらには巨体そのものが、さらに膨張して異様さを増していった。


:は? なんだこれ?

:えええええええ

:ちょっと待った。メガシザースって変身すんの?

:こんな状況初めて見るんだけど

:うわああ、きもいいいい

:もしかして、配信史上初なんじゃないか

:え、え、放置して大丈夫かこれ


 探索視聴に慣れている者が多くいたが、これは初めて目にする現象であった。


 チャット欄が動揺のコメントで埋まり始めた頃、メガシザースの変化が終わり、全身から一度大きな煙を吐き出した。


「あ、終わったみたいです。これを待ってました」

「メガシザースガ変異体ニナリマシタ」


 視聴者と比較して、琴葉のコメントは呑気そのものである。赤い殻は紫と黒で染まり、ただでさえ大きかった巨体がひと回り膨らんでいる。何よりも、通常のメガシザースとは比較にならないほど殺気に満ちていた。


:何気にレア映像じゃねえのこれ?

:普通は食べてる間に倒すから、食い終わる頃なんて見たことなかったわ

:どうなんだろこれ。すげー強くなってたり?

:やってみなきゃわからないけど、倒してたほうが良かったと思うの

:怖え! 中層のボスには見えないんだが

:俺の直感が囁いてる。これは危険だ


「この姿になると、倒すといいことがあるんですよ。ね、レムちゃん」

「レアドロップアイテムヲ落トシマス」


 嬉しそうに微笑している少女が気に入らなかったのか、シザースは怒りの眼差しを向けると、なんと一直線にダッシュする。


:ちょっと!? 横歩きするんじゃねえの!?

:なんで真っ直ぐ走れるようになってんだ

:きゃあーーーー

:蟹は横歩きしかできないはずなのに

:レアドロップとか言ってる場合か!?

:すげー怖い!

:ちょオオオオオオオ


 メガシザース変異体は、あっという間に琴葉に急接近すると、膨張した黒々としたハサミを突き出して捉えようとする。


 元々ハサミで獲物を捕らえる動きは速かったのだが、変異後のスピードは尋常ではなかった。まるで倍速にしたかのような動きで襲いかかる。


 ここまでの配信で、琴葉が攻撃を避けることに長けていることは明白だった。しかし、流石にこの動きには対応できないのではないか。そう視聴者達は感じ、同時に恐怖せずにはいられない。


「よっと」


 だが、メガシザースのハサミは触れるか触れないかのタイミングでかわされてしまう。


 避けられたと感じたモンスターは苛立ち、交互にハサミを突き出しては捕らえようと奮闘する。さらには前進して口で直接噛みつきを試みており、普段の倍速で繰り広げられる捕獲行動は脅威的であった。


:ぎゃああああ

:気持ち悪いいいいいいい

:いくらなんでも無理ゲーだろ

:速すぎてキモイ!

:っていうか、姫ちゃんはこれ全部避けてるのかよ!?

:ベテランランカーでも、流石に捕まっちゃうぞこれ

:マジか! 全部避けてるじゃん!?

:人間業じゃないって

:すげええ


 しかし琴葉は表情一つ変えない。シザーズの全ての攻撃をかわし続け、そのうちに放たれた左のハサミにタイミングを合わせたかのように背を向ける。


「えい」


 ハサミを支点にして、なんと一本背負いの姿勢になると、メガシザーズの体が宙に浮いて一回転。見事な投げが決まった。


 蟹モンスターの視界にはいくつもの星が浮かび、打ちつけられた衝撃で全身が痙攣してしまう。


:はああああああ!?

:今普通に投げたの?

:ちょ、ちょっと待って

:やばい

:信じられん怪力

:徐々に正体が現れてきたな

:パワー!

:見た目とパワーが釣り合ってないww

:嘘でしょ


「あ、やっぱり硬いから投げただけじゃ無理だったみたいです。というわけで、ていっ」


 ひっくり返っている蟹の頭に右の拳で殴りつける。すると大抵の武器でも一発破壊が困難なはずの殻が粉砕され、モンスターは完全に沈黙した。


 巨体が徐々に煙を上げて消えていく途中、光の玉がキラリと音を立てて床に転がったように見えた。それは紫の地に白枠の宝箱であった。


:ていっwww

:やべええ! ワンパンだ

:めちゃくちゃ硬いとこ殴ってたけど拳大丈夫なの?

:信じられません

:あんな綺麗な手してるのに

:ダンジョン潜りまくってる格闘特化タイプなら、まあいける?

:蟹を素手でワンパンとか凄い

:いやいやいや、どう考えても格闘タイプだって無理w

:姫さま、脳筋が過ぎますぞ

:つ よ す ぎ


「あ、はい! 硬いところですけど、一番手っ取り早かったので。あと手も大丈夫ですよ。さーて、お宝お宝」


 ワクワクが隠せない琴葉の姿とは対照的に、視聴者達は驚愕で固まっている。


「はいレムちゃん」

「ハイ。オヤ、コレハ」

「え、どうしたの?」

「持ッタダケデ分カリマシタ。コレハ貴重ナモノガ入ッテマス」

「え、やったー! すっごい楽しみ」


:ここでも宝箱開けないんだwww

:帰ってからのお楽しみってことか

:こういう配信初めてだわ

:中身なんだろ。すげー気になる

:宝箱の中を開けるとこも配信してほしい!

:なんか楽しくなってきたw

:持っただけで分かるとか、ぐう有能

:レムちゃんの淡白ボイスが癖になる

:凄腕鑑定スキルの持ち主か

:荷物になるよなぁ


「分かりました! 宝箱を開ける時も配信しますね。じゃあレムちゃん、ここからはどんどん行こうね!」

「ハイ」


 貴重なお宝をゲットしたと分かり、琴葉は俄然やる気が高まる。中層のボスを難なく倒した少女は、さらに勢いを増してダンジョン奥へと進んでいくのだった。


ーーーーーーーーーーーー

【作者より】

今年の投稿はこちらでラストになります!

私は今年も一年あっという間でしたが、皆さんはいかがだったでしょうか。

元旦もお昼頃投稿予定になります。


それでは、来年もよろしくお願いいたします。

良いお年をお迎えください。

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