第11話 襲いかかるモンスター達
剣を持つゴブリンが正面から切りかかり、後方からはジャンプとともに棍棒の人振りが襲いかかる。ほぼ同時に右から槍が伸びてきて、左からは斧を振られる。
一般人であれば、これだけやられてしまえば大怪我必至であり、視聴者もその状況が脳裏をよぎった。しかし現実は違う方向へと進んでいく。
「グエ!?」
「ゴオォ」
「グバアア!」
「ギイイ!」
どういうわけか、琴葉は全ての攻撃にかすり傷一つ負うことなく、すり抜けるようにかわした。するとゴブリン達は完全に同士討ちとなり、全員が大きなダメージを負ってしまう。
「ラッキーでした」
次の瞬間、彼女はゴブリン四匹の中心に戻ったと思いきや、くるりと一回転する。
「ギャアアァアー!」
断末魔の声と共に、なぜかゴブリン達は全員吹っ飛んでダンジョンの壁に激突。そのまま絶命した。
:え?
:今一気に四人やった?
:くるっと回っただけにしか見えん
:謎の全体攻撃
:普通にやってるけど普通じゃない感すごい
:ゴブリン数匹を一度に倒すのは男でも難しいんじゃない??
:いや、何やったか分からない速度で攻撃してる時点でやばくないか
:スカートがふわっとしたのは見えました
「あ、ちょっと分かりにくかったですね。後ろ回し蹴りしてみました」
:えええ
:蹴りで四匹倒すって凄くね?
:普通一体しか倒せないはずなんだが??
:あ、スカートの下にスパッツ履いてる
:なんか優雅
:っていうか、全然怖がってないな
:マジかよ
コメント欄が困惑と驚きまじりに変わっていくなか、奥に控えていたゴブリンが躊躇なく弓を引き、矢を連続で飛ばしてくる。
風を切る音をカメラが捉えたものの、直後の映像に視聴者達はまたも固まっていた。もう少しで顔や胴体に当たるはずだった矢が、ふっと消えたからだ。
「ギャ!?」
「ギョギョー!?」
続いてゴブリン達の悲鳴。気がつくと弓兵ゴブリンとメスゴブリンが反対側の壁に吹っ飛び、激突して息絶えていた。
「姫サマ。速スギテ皆サン分カリマセン」
「ごめん! つい癖で、パンチしただけです」
カメラに向けて左腕を軽く振ってアピールする彼女だったが、視聴者達は別のものに気を取られてしまう。なぜか右手にはクレープを持っていた。
:マジかよ!
:いつやったんだ?
:やっぱ相当強いのかも
:あれ? なんでクレープ持ってんの?
:突然のスイーツ出現で草
:いつから持ってたんだろ
:なぜ今?
:それじゃ戦えないですよ?
「えへへ。ちょっとお腹空いちゃって。このポーチにお菓子とか入れてるんです」
:え? 携帯食みたいな?
:ファーーー!
:そんなの片手に戦ってたのか
:舐めプww
:余裕すぎる
:左手だけで、しかも画面に撮られられない速度で倒してるわけか
:俺でなきゃ見逃しちゃうね。見えなかったけど
:面白くなってきたw
:ちょ、強すぎね?
:もう合成説が息してない
「あはは! なんかダンジョンで動き回ってると、お腹空いちゃうんですよね。このまま中層まで行きますっ」
「承知デス」
「あ、チャット欄もーーって、ええ!? ご、五万人も観てるんですか!?」
琴葉は同接数をみて腰を抜かしそうになる。まさか序盤で同接五万を超えるなど、想像もしていなかった。
探索前半とはいえ、あまりにも余裕すぎる配信内容。戸惑いを隠せない視聴者達だったが、これらはまだまだ序の口であった。
ここ青海ダンジョンは、鍵がなければ入れない上に、ダンジョンまでの道のりが長いこともあり、ほとんど探索に訪れる人がいない場所だ。
どうしてそんなダンジョンに彼女が潜っているのかというと、普通の探索者とは違うこだわりがあるからだった。
「ねーレムちゃん、そろそろ中層じゃない?」
「現在中層ニ入ッテイマス」
「あ、やっぱり! そろそろアレないかな」
中層と呼ばれる深さに到達してからも、彼女の食べ歩きは止まらない。今はお菓子を食べながらの攻略を続けていた。
:いやいや、中層でそんなことしてて大丈夫なの?
:ファー! 全然余裕じゃん
:こうして見ている限り、ドラゴンワンパンはやはり真実だったんだなっていう
:中層なんてしっかりパーティ組んでいかないと危険なのに、ほぼ一人で攻略できてる
:レムちゃんという便利屋
:ってか普通に食べ歩き配信だな
「中層くらいなら、まだ大丈夫です。あ、あったー!」
歩きながらキョロキョロすること数分、入り組んだ迷路のような世界で、ようやく彼女は目的の物を見つけた。
赤く怪しい光を放つ宝箱が、行き止まりの壁付近に置かれている。探索機会の多いダンジョンでは、すでに中身が回収されている場合が多い。琴葉は宝箱を多く手に入れたいので、こうして珍しいダンジョンを中心に潜っていた。
しかし、望まない存在がそれを守っている。人と同じサイズにまで巨大化した、キラービーの群れである。
「ブブブブブ」
:出たー
:中層で厄介なモンスター筆頭
:ってか打撃だけじゃむずくない?
:何匹いるんだこれ
:噛まれても刺されても致命傷になりえるからな
:これにやられて退散する初心者パーティは多い
:毒がかなり強いらしい
:刺された時の悪夢が蘇ったわ。こんなにデカい蜂じゃなかったけど
:ヒメノン、流石にこれは
:こいつら嫌いだわ
耳障りな音が周囲に響き、視聴者達は不快な気持ちを吐露する。だが琴葉は瞳をキラキラ光らせ、奥にある宝箱へと真っ直ぐに進む。
「大丈夫ですよ! 蜂さんは向かってきてくれるので、戦いやすいです。それより、何が入ってるのか楽しみー」
まったく意に介していないことが伝わったのか、怒りをあらわにしたキラービーが一斉に向かってくる。巨大な歯で噛みつこうとしてくる集団と、琴葉は接触する寸前まで近づく。
すると、まるで急にこと切れたかのように、蜂達はぼとぼとと落下していった。その間、ハリセンで叩いたような快音がダンジョン内に響いていた。
「姫サマハ、ビンタシテイマス」
「蜂さんはこのほうが楽なんだよね」
:えええええ!?
:ただのビンタでキラービーが倒せるのか
:すっごいいい音、癖になりそう
:ビンタでモンスター仕留める系女子
:普通の蜂でもビンタじゃ死なないだろ!?
:ハリセンみたいな音ww
:なんでこんな簡単にやられちゃうのw
:飛んでるやつにビンタしても意味ないでしょうよ!? 俺の常識が壊されていくぅうう!
:ヒエ!?
:すげえええ
十匹以上いた蜂は全て地面に落下し、琴葉はとうとう宝箱へと到着。すると宝箱を持ち上げ、ポーチの中からハンカチを取り出して拭きはじめる。
「ふーんふーん♪」
綺麗に拭き取ると、ニコニコ顔で画面に近づき、
「はい! レムちゃん、これお願いね」
「ハイ」
と軽くレムスに手渡すのだった。ただ、この一連の流れに視聴者達は戸惑いを覚えていた。
:え?
:あれ
;宝箱開けないの?
:ちょっとちょっと
:持ってくの? 宝箱を?
:普通にしてるけど普通じゃない
:宝箱って普通置いていかないか
:持ってく人初めて見た
:マジで?
「あ! そうなんです! 私宝箱集めが好きなので、見つけたら持って帰ってます。中身は帰ってからのお楽しみなんです」
:マジかーww
:宝箱マニアw
:これけっこう荷物になるだろうに
:レムちゃん大変そう
:思っていたよりこだわりあるじゃん
:いいね
:面白いww
「レムちゃんは保管してるので、そんなに荷物じゃないですよ」
:保管?
:あ、もしかして宝箱入れとかある感じ?
:俺の理解を超えまくってるんだが
:ヒメノン、なんか天然っぽい
:ほのぼのしてるけど、キラービー相手に楽勝って何気にやばい
一人と一体は宝箱を回収すると、一旦はきた道を戻り始めた。道中で虫系のモンスターや犬系モンスターが立ちはだかったものの、特に苦もなく一蹴してみせる。
「今日は宝箱見つかるの早いよね! ここに来て良かったー」
「姫サマハ物欲ノ塊デスネ。平常運転デス」
「ええ!? 違うよー。っていうか、みんなそうでしょ?」
「普通ノ人ハ、箱マデ持ッテイキマセン」
:ゴーレムに突っ込まれてるw
:レムちゃん容赦ないな
:本当にそうだよ
:普通宝箱はダンジョンに置いていくものだからね。持っていく人は稀っていうかこの子だけ
:物欲の塊ww
:食欲もヤバい気がするw
「えええ!? なんかチャットでも言われてる」
慌てる琴葉に、同接メンバーは楽しくなってきたのか、チャット数がどんどん膨らんでいく。
「ひゃああ! チャットの流れ早くて読めないよ」
「姫サマ、広イ場所二デマシタ」
「え? あ!」
気がつくと開けた場所に出た琴葉達だったが、ここでチャット欄がさらにざわつくことになる。彼女を待ち伏せするかのように、魔物の大集団が姿を現したからだ。
さらには奥に、巨大なボスモンスターと思われる影すらチラリと見えたのだった。
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