第7話 気づけばバズりまくっていた……だけではなかった

 家に到着するなり、琴葉は自分の部屋へとダッシュした。


「テレビヲ確認シマス」

「え、あ、はーい!」


 相棒が焦りと戸惑いで胸をいっぱいにして階段を駆け上がっていた時、レムスはリビングにあるテレビのスイッチをつけていた。


「ああーどうしよう! すっごい緊張してきたんだけど」

「姫サマ。キット大丈夫デス」


 そわそわしながら、琴葉はレムスが座るソファ近くまでやってくると、持ってきたノートパソコンを起動させる。


「フム。今ノ時間ハ、ニュースデハナク、時代劇ノ再放送デシタカ」

「え? うん。えーと、アーカイブアーカイブ」


 Utubeにログインした琴葉は、急いで最新の配信アーカイブ画面を探し始めた。アーカイブの一覧画面で例の配信を見つけた時、ふと指先が止まる。


「へ? 百万再生?」

「ヤハリ私ガ予想シタトオリ……イ?」


 カタコト口調が止まり、一人と一体は顔を見合わせた。


「えええー!? ちょ、ちょっとレムちゃん! 再生数がやばいんだけど!?」

「マ、マサカ」


 レムスまでが戸惑い、動きにも精細を欠いてしまう。ふと登録者数を確認すると、こちらは五十万人に届こうというところであった。


「あわわわ!? ねえちょっと! 登録者数がやばいよー」

「ヤメテクダサイ、ヤメテクダサイ」


 ブンブンと琴葉に体全体を揺らされ、レムスはソファから落ちそうになる。


「時代劇ガ佳境デスヨ。コレヲ見テ落チツクノデス。出会エ出会エト叫ンデマス」

「それは落ち着くシーンじゃないでしょ! やっぱりまどかさんのおかげなのかな。どこでバズったのかな!?」


 まるで夢のような事態に心が震えたままで、彼女はアーカイブを視聴していた。その間にコメント欄も確認してみると、かつてないほどの書きこみがある。


 普段のコメント欄はまさしく虚無であったが、今回はすでに百件を超えていた。


「わああ! こ、コメントまで……こんなに!」


 テレビではひたすらに主演の俳優が侍を斬りまくっていた。軽快な音楽と激しい殺陣に、レムスは動揺しながらも見惚れている。


「ウウム。コレガ日本文化。素晴ラシイ」

「え? これ変だよ。ガワが取れてるとかコメントで書いてある」

「エ? アー、ア」

「え? なに」

「コノ殺陣ハ美シイ。マサニ様式美」

「レムちゃん? ねえってば」


 レムスは彼女の反応にギクリとして思わずごまかした。まさかとは思うが、この動画のバズりの要因は自分が作ったかもしれない。ただ、彼女が望まぬ形で。


「あ、ここがトカゲさんが出てきたとこだね」

「姫サマ。ソロソロ悪代官ガ」

「ん? んー。って……」


 琴葉は画面を凝視したまま固まってしまった。そして長い沈黙が流れる。数秒が数分にも思える時が過ぎたかと思った頃、急に頭を抱えて立ち上がった。


「あああーー!? 3Dモデル取れちゃってるぅうううう!?」


 小さな頭を揺らしながら、琴葉は叫んだあと悶絶し、さらには床をゴロゴロ転がった。


「やばいやばいやばい! これ絶対身バレしちゃってるよぉ! ぶりっ子お姫様してたのがみんなにバレちゃううううう!」

「ヒ、姫様。ゴ乱心ナサルナ」

「乱心するに決まってるよおお! レムちゃん! どうしてモデル取っちゃったのおおお!? これはなにごとでござるかぁあああ!」

「ダ、大事ゴザラヌ。オ騒ギアルナ」

「めちゃくちゃ大事だってば! あああああー!」

「ウワワワワワ!?」


 半狂乱になった琴葉に片手で振り回され、レムスはお茶の間で危うく破壊されるところであった。


 その後はどうにか落ち着いたものの、これからどうすればいいのか、彼女は頭を抱えて悩んでいた。


 ◇


「玲奈ちゃん! 玲奈ちゃーん!」


 次の日、学校の教室に駆けこんだ琴葉は親友に抱きついた。


 彼女は青色混じりの黒髪をロングにしており、琴葉より少しだけ背が高い。切長の瞳からは気が強そうな印象を覚えるが、実際はとてもおっとりした性格である。琴葉と玲奈は中学時代からずっと一緒の親友だ。


「きゃ!? どうしたの」

「昨日の話! ねえどうしよ? 身バレしちゃったかもしれないの」

「まあ、あの再生数で顔出ししちゃったものね。でも、今は顔出しくらい普通にしてるわよ」

「で、でもあたしの場合……けっこうアレなVtuberだったし」


 もじもじとする渦中の配信者は、周囲の視線をそれとなく見回した。


 自分がノリノリで演じていたぶりっ子お姫様の姿を、リアルの知り合いに認知されるのは痛すぎる。しかし、周りは特に普段と変化がなさそうであった。


「あれ? 大丈夫っぽい」

「意外と普通なものなのよ、きっと」


 玲奈は微笑を浮かべ、焦る親友を宥めようとしている。彼女に言われると、なんとなく琴葉はそんな気がしてくる。


 昔から玲奈は世間をよく知っていた。学校の成績も上から数えた方が早く、時には一番上に彼女の名前があるほどだ。


 そんな友人の優しい声色を聞いているうちに、ようやく落ち着きを取り戻していた。


 おそらく気のせいに違いない。通勤途中の電車でやけに視線を感じたのも、教室の空気がいつもと何か違うような気がするのも、きっと気のせい。


「そっかー。あたし、ちょっと心配性だったのかも。ふぁー、なんだか朝から疲れちゃったぁ」


 そんな時、前の席の女子が手元を狂わせて消しゴムを落としてしまった。すぐに琴葉は気がついて拾ってあげる。


「あ、消しゴム落ちたよっ」

「え? あー! ごめーん。ありがとー! ……………ヒメノン」

「……ヒ!?」


 思わず声が裏返る琴葉。後ろでは玲奈が「あら?」と声を漏らしていた。一気にクラス中の視線が彼女に注がれる。


「ねえねえ! 観たよ動画! 超すっごいじゃん」

「俺も観た! マジで潜ってたの!?」

「あのキャラ良いよねー! 超バズってるみたいだけど、今どんな感じなの!?」

「っていうか一人でモンスターやっつけるとかヤバくない!?」

「これから収益でガッツリ稼げるの? うらやましー!」

「ヒメノン可愛かったー」


 次々と話しかけられ、琴葉は完全にフリーズした後、


「ひぎゃあああああ!?」


 と羞恥とパニックで絶叫したのだった。


 ◇


 その後、学校内で面識ある人達にヒメノンネタを擦られ続け、彼女はげんなりしていた。


 だが、それでも友人のおかげで立ち直り始めていた。今日一日耳まで真っ赤にして過ごしていたが、帰りの電車では元気を取り戻しつつある。


 シートに並んで座っていた玲奈は、慌てがちな親友にいくつかアドバイスをすることにした。


「琴ちゃんはとにかく、まずは今日雑談配信をしたほうがいいと思うの」

「雑談配信? なんで?」

「今のヒメノンチャンネルは、とっても大きなチャンスがきているのよ。ここで逃してしまったら、チャットが流れない寂しい配信に戻ってしまう可能性があるわ」

「あ、そっかー。それは嫌かも」


 琴葉にとって配信とはおまけのようなものだったが、チャット欄で喜びを共有できたらきっと楽しい、いつかはそんな配信をしてみたいと思っていた。


「でしょ。だから注目されているうちに、とにかく次々と手を打っていくのよ。まずは軽く雑談配信をして、次にメインコンテンツの配信、それからまた違う配信とか、コラボとかできたらいいわね」


 玲奈のアドバイスに、琴葉は真剣な顔になってうんうんと頷き、時にはメモまで取っている。


「じゃ、じゃあとにかく今日、みんなとお話ししてみる。なんか緊張しちゃいそう」

「大丈夫よ。今回の経緯とか、普段はどんな配信をしているのか、そのあたりを普通にお話しすればいいの。迷ったら質問を募集すればいいわ。あ、それと配信前に、SNSでも告知するのよ。簡単にでいいから、何時頃にライブするって」

「はーい! ありがと! あたし何となくできそうな気がしてきた。頑張ってみるね」

「ふふ。私も楽しみにしてるね」

「ええ! レナちゃんも観るの!?」

「もちろん!」


 上手くいくだろうかと緊張しつつも、やる気が少しずつ蘇ってくる。考えてみれば、これはかつてないチャンスであることは間違いない。


 その後、二人はいつも通りに日常の会話を楽しんでいた。電車の窓から映る空は、少しずつ夕焼けに染まっていった。

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