第6話 探索後のお楽しみ

 食事が終わり、まどかは重ねて丁寧なお礼をした後、連絡先の交換を希望した。


 有名人と交換できた喜びを隠せない琴葉であったが、これだけでは終わらない。


 なんと自宅近くまでタクシーで送ってくれるのだという。それについては全力で遠慮した。


「ええー、そんな気にしなくっていいのに」

「そ、そんな! 悪いですよ。すっごく奢ってもらえたので、もう充分です!」

「そお? とにかくありがとね。それと! 良かったら今度一緒に探索しない?」

「え? えええ! いいんですかー」

「もっちろん! じゃあ今日はゆっくり休んでね」

「はい! ありがとうございました」


 ペコリと頭を下げた後、元気っぱいに手を振って去っていく姿を遠い目で眺め、「あれが若さか」と思わずまどかは口走ってしまう。


(い、いけない! あたしだってまだ若いわ! だって永遠の二十二歳!)


 円丈まどかは今年も来年も、再来年も二十二歳で通すつもりである。


 年齢のことはさておき、一時期は死を覚悟したが、こうして生き残ることができた。超有名配信者は少女に感謝した後、やる気を新たに街に消えていくのだった。


 その後、琴葉は家に着く前に最寄りの公園へと立ち寄った。


 ダンジョン探索は終わったが、実はまだ最後のお楽しみが残っている。家に着くまで我慢できなかったのだ。


 踊るような動きで椅子座り、レムスを元の姿に戻した。探索の相棒は、彼女が何を求めているかを理解している。


「レムちゃん! 今日の報酬チェックしよ」

「カシコマリマシタ」


 レムスはカメラ係と荷物持ちを兼任している。保管していた報酬は宝箱が四つ。普通ダンジョン探索において、宝箱自体を持ち帰る探索者はいないのだが、琴葉は違った。


「はあああああ……宝箱ちゃん」


 木のテーブル上に置かれた宝箱を一箱ずつ持ち上げ、琴葉は愛おしそうに頬擦りしている。彼女がダンジョン探索において最も好きなのはお宝であり、宝箱そのものも大好きであった。


 このおかしな行動を、レムスはどうしても理解できない。なぜそのような行為をするのかと質問したことがあった。


 しかし、何度聞いてもやはり理解できなかったので、もう質問することをやめた。


「デハ中身ヲ確認シマショウ。罠、マタハ敵デハナイ事ハ確認済ミデス」

「はーいっ。じゃあ開けていくね」


 ニコニコしながらまず一つ目の箱を開くと、中からは液体の入った青い瓶が出てきた。


「あ! ポーションだよね」

「ハイポーションデスネ」

「え! じゃあけっこう貴重じゃない?」

「カナリ貴重デス」

「やったー。じゃあ次は」


 次の宝箱を開けると、中にあったのはかなり年季の入った封筒である、こういう物を見つけた時、探索者は決まって困惑する。


「これお手紙? ……なんでダンジョンにあるんだろ」

「異空間ニ繋ガッテイマスノデ、ソウイウノモ出テキマス」

「異空間かー」


 なぜダンジョンに宝箱が出現するのか。これもまた解明されていない謎である。ただ、明らかに人間の所有物が出てくることがあり、他の時代、または異空間から転移したのではないかという説があった。


 実際、こういった手紙などを見ると、その説が最も当たりではないかという気がしてくる。同時に琴葉は、知らない人とはいえ、手紙を持ち帰ったことに罪悪感が生じた。


「手紙、返したりとかできないのかな」

「分カリマセン」

「だよね。まあとりあえず、保存しておっと。じゃあ次!」


 三箱目を開けたところ、今度は日本刀のようなものが入っていた。探索者にとって、こういう武器を見つけた瞬間は嬉しくて堪らない。特に琴葉は、先ほどのことをすっかり忘れて目を輝かせている。


「やったー! なんかカッコいい刀だね」

「コレハ……名刀デス。ナカナカ攻撃力ガ高イデス」

「じゃあ、次の探索で使ってみようかな」

「承知デス。デハ、」


 そんなやり取りを続けているうちに、不意に琴葉のスマートフォンが鳴った。画面をみると、友人である八乙女玲奈からメッセージが届いていた。


:琴ちゃん、ダンジョン探索お疲れ様。やったね


 琴葉は友人からの労いのメッセージに喜び、すぐにチャットのやり取りを始めた。


:ありがとっ! 今日はね、すっごいベテランの女の人と一緒だったの。私ご飯奢ってもらっちゃった

:まどかさんよね。知ってる

:うん! 配信でもすっごい有名なんだって! 私は知らなかったけどw

:琴ちゃんも、今や有名人ね♪

:え? あたしも?


 チャットを打つ手を止め、無名なはずの配信者は少しのあいだ空を仰ぎ見た。


:琴ちゃんの配信、今凄いことになってるじゃない。気づいてないの? それにツイターのアカウントも、とてもバズっているわ

:え? ちょっと待ってて


 琴葉はアプリの中からツイターのアイコンをタップし、自らのアカウントを確認してみることにした。隣ではレムスが日本刀の鑑定に集中している。


 ツイターの鳥マークがアップになり、アカウント画面に到着した。するとベルマークの数字がカンストしており、メールマークも99件を超えていた。


 何より自分のアカウントのフォロワー数が大変なことになっている。この間まで78だった数字が、二万一千まで増えている。なんと三桁も違うのだ。


「あ、あ、あれ? これ、私のアカウントだよ……ね……」


 琴葉は頭の中が真っ白になった。まさか、自分のフォロワーがこれほどまでに一気に増えているなんて。震える手で玲奈にチャットを送る。


:ちょっと待って!! なんかすっごい増えてる!

:そうね。やっぱりダンジョン配信でバズると凄いわ。今回のアーカイブの再生数、私もビックリしちゃった

:あ、そうだ! Utubeもみなくちゃ。ってもう電池切れちゃう! また後でね!


 琴葉はただならぬ予感を感じ、そそくさと宝箱の回収を始める。まだ開けていない宝箱が一個あるが、今は後回しにすることにした。


「れ、レムちゃん! ちょっと急いで確認したいことがあるの。最後の宝箱は後にして、とにかく帰ろ!」

「了解デス」


 帰り道でも、琴葉の胸のドキドキはおさまらなかった。むしろ、これからが大変なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る