第5話 まどかのお礼とアーカイブ
何かに揺られている。それは安らかな気分だった。
「う……んん」
魔力を使い果たした円丈まどかは豪快に気絶した後、しばらくのあいだ目を覚まさなかったが、ようやく意識を取り戻しかけていた。
(あれ? あたしどうしたんだっけ。そうだ、たしかダンジョンでドラゴンに襲われて——)
うっすらと目を開きかけ、自分が誰かに抱き抱えられていることに気づく。
(こ、この抱かれ方は、まさか!? お姫様抱っこされてる!?)
彼女の中に電撃的な予感が走った。開きかけた瞳を一度しっかりと閉じてから、冷静に思考を巡らせる。
(きっとあたしは助けられたってことね。この紳士的かつ優しい抱き方。もしかしなくてもイケメンだわ! とうとう来た! 運命の出会いが!)
まぶたに日差しを感じる。どうやらもう外にいるようだ。
(よーし決めた! ここは最高に美女感ある目覚め方をして、この出会いをモノにするわ。今度こそ決めてやる!)
「ん……んん。あ、あら。あたしったら、どうして」
できる限り美しい声色を出しつつ、まどかは目を開けた。
「あ、起きたんですね。良かったー」
「……え」
しかし、彼女をお姫様抱っこしていたのは思い描いたイケメンではなかった。それどころか、自分よりも小さな女の子である。
「急に倒れちゃったんで、ビックリしたんです。あ、もうダンジョンからは出たので、安心してくださいっ」
「あ、アンタは——って、あああ!?」
細い手に抱かれながら、彼女はドラゴンに襲われていた時をはっきりと思い出していた。たしかにこの少女がやってきたのだ。ドラゴンを倒したという、信じられない情報と共に。
「マダ混乱状態ガ続イテイマス」
「無理もないですよね。もうちょっとで救急所に着きますから」
ダンジョンの近くには一般市民や探索者が怪我をした時のために、救急所が設置されていることが多い。また、ダンジョンの入り口にはよく警備員を配置している。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! もう大丈夫! あたしってば元気いっぱいだから。それより! まずは詳しい話を聞かせて」
まどかは琴葉に下ろしてもらうと、とりあえず一緒に食事に行かないかと誘ってみた。
すると、年少の後輩探索者は、目をキラキラとさせて喜んでいた。どう見ても普通の子だな、と先輩探索者は思わずにはいられない。
もう一つまどかが気になっていたのは、ダンジョンで遭遇したゴーレムに似た存在だ。どうやら人目に付く所に出ると変形していたらしい。
なんと大きめのリュックの形状になり、琴葉が背負っていた。その様子を見て絶句してしまう。モンスターが普通に外に出て、そして人間と一緒に行動しているなんて。
それは常識的にみて異質すぎる光景だった。
◇
まどかは何度か訪れたことのある高級寿司に、後輩探索者を連れて入店した。
どういった経緯があれ、少女が命の恩人であることは間違いないはずである。手厚く感謝を伝えた後、お礼としてまずは美味しい料理を奢らせてほしいと頼んだのだ。
「ええー! ここって、もしかしてよくテレビに出てくるお店じゃないですか!?」
「う、うん。まあ、そうよ」
驚きつつも、琴葉はひたすらに寿司を口に運んでいた。回らないお寿司屋でお気に入りのお店だったが、彼女はひたすらに食べ続け、皿が空いては店員が補充する繰り返しだ。
奢るので遠慮はしないで、と何度も伝えた結果こうなってしまった。
(うっそでしょ。この子、どうやったらそんなに食べれるの!?)
控えめに食を進めるまどかは、あまりにも大食いな琴葉にドン引きしていたが、彼女が驚くのはこれからであった。
疑いたくはないけれど、この少女にドラゴンを倒せたとはどうしても信じ難い。
まどかはまず、自らの素性を一人と一体に明かした。とはいえ、大抵の人は名前くらいは知っているほどの有名人ではあった。だが、琴葉はどうやら知らなかったらしい。
「姫サマハ、世間ニ疎過ギルヨウデス」
「ちょ、ちょっとレムちゃん! ここでそんな呼び方しないでよむぐ」
「そういえば、アンタって探索Vtuberなのよね。あたしと会った付近って撮ってた? 良ければ見せてほしいんだけど」
「あ、それは撮ってなかったですね。すいません」
「撮ッテオリマスデス」
「ええ!? ちょっとレムちゃん、配信切ってなかったの?」
「ハイ」
椅子に乗せられたリュック状態のレムスが淡々と返事をしているなか、琴葉は驚きつつも自分のスマホから動画サイト、Utubeのアカウントをチェックする。すると、たしかにアーカイブの時間がやけに長くなっていた。
「ちょっとだけ、動画見せてもらえる?」
「あ、はい。どうぞ」
スマホを借りて、まどかは問題のアーカイブの視聴を始めた。ツールバーを動かしながらドラゴンとのシーンを探していたが、その前にもいくつか気になる箇所が出てくる。
「へえー! 本当に3Dモデルで戦ってる。超珍しいね」
「えへへ。なんかあたし以外、あんまり見たことないですね。普通にやるより楽しいかなって、思ったんです」
「ポリゴンカックカクじゃん。ウケる」
「そうなんです。なんか上手くいかなくって」
最初こそ微笑ましい話を続けていたが、まどかは途中で思わず手を止めた。
「あ、あのさ……もしかしてモンスターと素手で戦ってる?」
「はい。武器は壊れちゃうことが多くて、最近じゃ面倒なので素手でやってます」
「そ、そうなんだー。アハハ」
所々信じられない光景が映っていた。なんと素手で危険度A級モンスターのボストロルを倒しているのだ。まどかであれば一人でも問題はないが、通常は集団で戦っても殺される可能性が高い相手だ。
危険度とは、文字どおりモンスターがどれほど危険なのかを表しているもの。現在の最上はSS級となっている。S、A、B、C、Dの順に危険度が落ちていく。これは世界ダンジョン組合で決められた基準である。
続いてツールバーをスライドさせていくと、恐らく問題のシーンと思われる場面を見つけた。ここからは早送りはせず、じっくりと視聴してみる。
「あ……あああ……」
完全に食事の手が止まってしまった。琴葉は新たに店員さんが持ってきた寿司に目を奪われ、途中から配信そっちのけで食べ続けている。
「嘘……でしょ……一撃で倒してる……はああああ!?」
「姫サマハ、出会ッタ時カラ怪物ノヨウデシタ。ソシテ今モ成長ガ止マリマセン。ムシロ膨張速度ガ上ガッテイマス。今マサニ」
「ね、ねえレムちゃん。よく分かんないんだけど、太るって言いたいの? 大丈夫だよ、ちゃんと運動したし」
「……」
「ね、ねえレムちゃんってば! あたし太ってないよね?」
「……」
「どうして黙っちゃうのレムちゃん!?」
周囲の騒がしさなど気にせず、まどかは琴葉が攻撃するシーンを何度も再生していた。
この時まだ、琴葉は気がついていなかった。アーカイブの視聴回数が異常なほど伸びていることに。
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