第1話
帰ってからずっとベッドの温もりにすがっていた。
目覚めてからすぐに見つめた人の死。命尽きようとしていた時に受け取ったSDカードをずっと手に持ったままでいた。
彼女からカードを受け取った時は皆その場にいた。ミツキもエレンも中学・高校の能力保持者達。教員達。皆いた。
その場でデータを引き継いでいても良い。むしろ持っていた方がいいと誰しもが思っていたが、まずは受け取った本人に関係する事かもしれないとアテナがしばらく持っておく事になった。
一時的ではあるが、アテナが持つ事になったSDカードの中身を見る気持ちにはならない。涙がでるはず。出てこない。出てこないだけで、悲壮に飲まれていないという訳では無い。それはミツキ、エレン。仲間達も分かっていた。
忘れたいとも、忘れたく無いともどっちづかずの思いが混迷する。光景が鮮明に忘れられずにいる。時間が経てば雑には消えるものもあるだろう。
それでもきっとメルタが刺されて吐血した上空でのあの瞬間とSDカードを託した最後の瞬間は一生記憶として脳に焼き付くものなのだろう。
同級生が亡くなったあの瞬間と同じように。
目の前の命が無情に尽きる瞬間。ただ立ち尽くすことしかできなかった。
横になってぼーっとしていた表情と体から立ち上がった。デスクの椅子を引っ張り座る。引き出しからA四サイズのメモパッドを取り出す。ペン立てからシャーペンを一本取り出す。
今一度。冷静になってあの時の事を思い出そうとする。
突然に出た槍。あの時はただ呆然としているしかない。槍が出た間の事はあまり覚えていない。突発的に起こった感情に飲み込まれてしまった。アテナは自分の感情を文字として書き留めていく内に起こった事への整理が大まかに付いてきた。
目の前でメルタが刺された事にずっとあった作戦開始から続いていた安心感というものがショックとなり崩れてしまった。
大きなショックが引き金と断定するのは浅はかに思う。
頭の中はパニック状態となった。しばらく感情がネガティブな方へ。内向きに変わってからは走馬灯のように流れた映像に伴って起こった暴走状態に陥り偶発的に出現した。
「はぁ……」深くため息をついて背もたれに寄りかかる。まぶたの端からはまたしずくが落ちる。
こうでもしないと何か調べる事があった時に何も役に立てなくなる。
未成年ではあるが、武器を持てばそこら辺にいる兵士。あるいは何百。何千という兵士の数に匹敵する力になり得る事がこの数ヶ月で分かった事だ。
戦いの後に瞬間的に見た傷を負った彼らがあの後、子供達をどのような目で見たのかも分からない。
もしかすれば、海上にいた時から人としてでは無く兵器として見られていたのかもしれない。
どこまで人権を尊ぶという言葉が通じるのかも分からない方が通る世界なのかも分からない。
そういう意味でアテナ達は法律を作る模範になるかもしれないという事で、全ての出来事に対するプロセスはメモを取っておく必要がある。
どんなに辛くても。ペンが動かなくてもなんとしてもこの感情は墓場まで口に出さないと思わなければならない。
アテナの感情は窮地に達し生きる心地の無いまま誰かの温もりを求めていたくなる。
家族にはまだ話してはいない。そもそもアテナ達のしている事は軍の内情にまで関わる。基地に入る前。案内をする兵士から言われていた。
「内部は国家機密の為、たとえ家族であっても口には出すことは厳禁です。もし家族に漏らす事があればいくら未成年の皆さんと言えど、最悪刑務所に収監される可能性もあるのでお互いに注意してください」
冷たい表情とまなざしで重い口を開いた彼は優秀な案内役を務めた兵士なのかもしれない。
だが、思春期の中学生が大部分を占める彼らに頼むような話ではないとつくづく感じていた。これは民と政に出来た違和感というものだろうか。
「はぁ……」また重いため息を漏らす。ただただ疲れた。疲れた。それだけだ。
初めてではないとはいえ、人の死には馴れない。そもそも故人一人ひとりの死を軽んじた意識を持ち無くは無い。
だが、こんな事が一年に何度も起こるような情勢が続くとその倫理というのも崩れる日が来そうだ。
今はただ、何があっても耐えて戦わねばならない。
今日のところは休もう。そのうち、元気になるから。
アテナは再び温もりと癒しを求めてベッドに戻った。
明日には良くなる。根拠の無い希望を求めて。
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