Master's Shadow, Student's Light
忽那 和音
プロローグ
これで戦いが終わったと背中に感じるものは無いと思っていた。振り返ったら地獄が散らばっている光景は何ものにも無い。この世が終わった気分でしかなかった。
こんなにも生々しく槍が刺さった体の隙間から溢れる血が粒子のように細かく舞い散る様子が時間とともに目の前にいるメルタ・エーマンの命が危ないと知らせるアラート色に見えた。
冷めた表情と微量に口から染み出る血の道。目がやっと生命を繋げる。笑みを浮かべる刺した敵と対照的な一組を見れば、アテナの中に大きな鼓動が「ドクンッ!」。鼓膜が震え、体中に振動が伝わる。
人が死ぬ瞬間を見るのはこれで二回目だ。なのに、あの時とは違う灰のように消え入りそうな人が目の前にいる。
脳裏が暗くなっていく。先の真っ暗なトンネルへ勢いのままに突入していく。この進行に引き戻す事が出来ない。
狭い空間に共鳴する叫び声。聞き覚えも馴染みの無い言葉が耳から鼓膜を通り脳へ直接伝えてくる。響きは体の表面に伝わる。
殺した覚えの無い少女の声。体中に飛び散る鮮血の一粒一つはアテナの顔や体にべったり。生々しい血の香りと背筋が凍りそうなほど冷めついた顔。
「アテナ……。私はあなたの事を恨んでなんかいない」
(嘘だ……)血を流して見知らぬ少女はアテナへ向けて笑みを浮かべる。
これはアテナ・ヴァルツコップの記憶では無い。女神・アテナの記憶がシンクロしてトンネルを潜るアテナに映し出されている。
この状況で何を伝えようとしているのか。女神が見せているのか。それとも何かのきっかけでアテナに見せているのか。
パラレルワールドを潜るようなトンネルは永遠に黒い底。このままこの世界にいる訳にはいかない。アテナはこんな黒い世界にいたままでいるにはいられない。体はまだ死んでいないはず。アテナが目覚めたところでメルタを救える確証は無い。
この暗闇から抜け出さなければならない。けど、前に進まない。足を上げて前へ踏み出し体の動きから進んだと脳で理解しているはず。だが、物理的に距離的に進んでいる確信が一向に来ない。ただただ流されるがまま暗い世界に沈んでいく。
一緒に横須賀へ来た同級生であり友達に呼ばれて目覚めた時には横須賀基地の港だった。
あたりを見回してもいない彼女。陰光大学教育学部付属陰光中学・副校長であり、供に横須賀へ来た陰光大学遺跡研究会の発起人・会長のメルタ・エーマン。サーシャもマリンもいない。教員達の安否が一瞬頭をよぎる。
ミツキに手を引っ張られるがまま、コンクリートの冷たい路面を渡る。
こんな場所は本当に中学生という所詮子供が来る所ではないと視線が訴えていた。
包帯を巻いた兵士達の腕や頭には微量な血の匂いが屋外という開放的な空気から漂う。足を負傷した兵士は松葉杖をついて痛々しい顔をして動いている。
基地内へ来た時には地獄が広がっている。廊下にまで広がるベッドの列には一人一つは使えている状態。皆、点滴と繋がっている。時にベッドのシーツには血が染みる。見ているだけでこの場の暗い空気に飲まれそうになる。
彼らよりもアテナの事が心配で心はカオス。治療室へ入った。言われるがまま。目にしたのは、旅立ちそうに切ない顔をしたメルタだった。
あの時。夢か現実かも信じがたい女神と一対一で目にしたあの瞬間が本当ならば今にでも訴えたい事がある。
目にした彼女が女神というのなら、お願いだから彼女を救って欲しいと願った。
運命はメルタと生徒。同僚達を切り離した。
許さなかったあの状況で守れなかった事。油断した事。救えなかった事。
ここから始まった絶望の日々。
また誰かを失う結果となってしまった事を運命とばかりにつきまとう。
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