第13話 居城

 フィダールは姫の独房を出て、そっけない石の通路を歩いていた。その通路に窓はなく、壁に取り付けられた燭台の火が、弱々しい光を放っている。

「まさか、婚礼の行列に道化が混じっていたとは」

 その噂を知ったのは、リティシアをさらった後だった。

 リティシアにはこれから長い間協力してもらわなければならない。そのためには、檻よりも鎖よりも強力ないましめが必要だった。兄妹(きょうだい)のように育った道化なら人質にもってこいだろう。

 それに、輿入れの行列を襲撃したあと、その道化は行方不明になったという。うまく画策すればロアーディアルの追跡をそらすことができる。

 そう思って娼館を襲ったが、まんまと逃げられてしまった。結局手に入ったのはペンダントだけ。だが、リティシアが真実を知らないかぎり、このペンダントが反抗の意思を削いでくれるはずだ。

 しばらく廊下を進んだところで、フィダールは鉄の扉を開けた。生温かく、さびた鉄の匂いのする空気が体を包む。

 石造りの部屋の壁には、彫刻の怪物が通気孔の口を大きく開けていた。並べられた大きなテーブルには、試験官が小さな林のように立ち並んでいる。金属の台に乗せられたいくつものビーカーと、それらを繋ぐ迷路のようなガラス管。その間を白衣の男達が行き来していた。

「おお、フィダール様」

 フィダールに気づいて、年老いた男が声をかけてきた。

「ノシド。姫の血はどうだ」

「はい。なかなか文献通りには行きませんね。思ったより呪力が弱いようです。それでもさすがは王家の者、民草の物よりは使えますが」

 ノシドと呼ばれた老人の前には、赤黒い液体の入ったビーカーが置かれていた。

「やはり、長い時間で王家の血が薄まっているということか。まさか、王家の者と見せ掛けてチェンジリング(取換え子)ということはないだろうが。なんにせよ、まだまだ時間が必要ということか」

 フィダールは八つ当りのようにペンダントを暖炉の中に投げ入れた。劣化したタイルは火に耐えられず、『幸あれ』の言葉は焦げて砕けた。

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