第2話 魔法科初等の授業です。

 ミリア公爵家のご令嬢ウルファ。小柄で可愛らしい外見だが、その鋭い眼光は他者を決して近づけない……ような気がするけど私は別。私は彼女の手を引いて魔法科の教室へと入って行った。


「すまない。私は体育や格闘は苦手なのだ」

「わかった」


 この学園では体育と格闘と魔法は選択制になっている。でも、魔法は誰にでもできるものじゃないから、高等部で魔法科に進学する生徒以外は受講しない。


 多分、ウルファ姫は身体能力が図抜けている。こんな小柄でも格闘なら学園一に違いない。だから、自分の能力を隠すため苦手な魔法の授業を選んだのだと思う。


 このラグナリア皇国はいくつもの種族が暮らす多種族国家だ。主流の竜神族。他には鬼人族、石人族、妖人族、魔人族、水人族などがいるが、人間族は少数派で弱者階級でしかない。


 そんな人間族の私がこの学園に通っている。名門でも何でもない人間族なのに、皇国のエリートが集うこの学園にいる。その理由が魔法。私は魔法が得意なのだ。


 私はウルファ姫の手を引いて一番後ろの席へ座った。彼女は私の隣に座る。この教室は横に長い机と横に長いベンチなので、姫とは密着状態になれる。


「ティーナ・シュルヴェン」

「はい」


 いつの間にか教官のマギ先生が教壇に立っていた。


「ウルファ姫の世話はお前に任せる。当面は教科書と参考書をお見せしろ。学園に届くのは一週間後だ」


 これはラッキー!

 この先一週間は……姫と密着し放題!


 これは天国だよな。


「では教科書の15ページから。この宇宙は多重構造の次元と無限とも言えるエネルギーで構成されています。しかし、その源流は13次元以上の超高次元からもたらされており……」


 天国とは程遠い難解な座学。魔法理論における序盤のこれをちゃんと理解している人は皆無だと思う。宇宙の多重構造とエネルギー偏在化の過程とか、もう理解を拒絶している。


 ただし、確実に言えることがある。この世界には驚くほど濃厚で多様なエネルギーが存在している。そのエネルギーを何処から引き出すのか、それをどう活用するのか、思い通りの効果を出すための具体的な方法とは何か。長い年月をかけてそれらを模索し、そして体系化されたものが魔法学なのだ。そして私は感覚的に魔法学を会得している。


 私は高熱と低温、それら温度の変化を操る力を持っている。つまり、木や紙を発火させたり水を凍らせたりできる。呪文や法具を使わずに。


 普通の魔法使いは何か法具を使用するか、呪文を詠唱しなければ力は発動しない。想うだけで力を発動できるのは一部の高位魔法使いのみ。


 つんつん。

 右隣りに座っているウルファ姫が私の腕をつついている。


「ティナ。先生が……」

「え?」

「ティーナ。ボーっとするんじゃない。教科書の続きを読みなさい」


 どうでもいい妄想に浸って授業が疎かになってしまった。続きがどこかわからなかったのだが、ウルファが該当箇所を指さしてくれた。


「多重な高次元領域に偏在するエネルギーを実体化させるため、一般には魔法回路を使用する。その多くは羊皮紙に書かれた魔法陣によって為される。術者は羊皮紙を広げ、それに書かれている呪文を詠唱する事によって魔法陣に編み込まれた魔術回路が発動する仕組みとなっている……」


 ああ、ウルファ姫と肩を寄せ合って教科書を読む。何て幸せな一時だろうか。姫と密着した幸せな時間はあっという間に過ぎてしまう。魔法科初等の授業はあっけなく終わってしまった。

 

 私はウルファ姫の右手を握り、駆け出してしまいたい欲求をぐっとこらえ、ゆっくりと歩いて教室へと向かう。それは姫の手をなるべく長く握っていたいから。


 教室に戻ったのは多分、私とウルファ姫が一番最後だった。

 

 でも、教室内は騒然としていた。

 私とウルファ姫の席の周辺で。


 私と姫は急いで自分の席へと向かう。


 そこで見たのはおぞましい光景。ネズミやカエルの死骸がいくつも放置されていたのだ。姫と私の机の上に。


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