第8話

みんなキョロキョロしたがだれもいない。そこにはちいさくなったさっきのヘビがまだいた。

「このヘビがしゃべったんじゃないよね?」

「おまえ、どうやら私がだれだか知らないようだな」

声はどこから聞こえてくるのかわからない。あたりに鳴りひびいているような、頭の中に直接話しかけられているような…。

「だれなの?」と聞くと

「わが名はチィンロン、この国では青龍と呼ばれている。蛇のすがたをしているが、神である」

どうやら、このちいさなヘビがしゃべっているようだ。

「えっ、神様なの?せいりゅうっていうの?せいりゅうって名前の神様がいるの?」と言うとヘビは明らかにがっかりしたようだった。

「どおりで力が働かないわけだ。近頃は、私の存在を知らず、私を恐れることもない人間ばかりで、力が弱まる一方だ。このままでは、私は消えてしまうかもしれない」

「どういうこと?」と聞くと、

ヘビ、じゃなくて青龍は、話しはじめた。


私は大むかし、中国にいた。かの地では、私は水をつかさどる神としてあがめられていた。しかし、戦いに明け暮れる人々は、やがて神である私をないがしろにしはじめた。そんな人々にうんざりして、私は海を渡りこの日本に来た。

そのころここは、たくさんの木々が育ち、澄んだ水が豊かにある美しいところだった。ここらの人々は素直で、神を恐れ、信じる心を持っていた。

そうだ、私は恐れられていたのだ。恐れる、というのはこわがるだけではなく、えらいものとして、尊敬することなのだ。おまえもおまえの父親をこわいと思い、尊敬もしているのだろう?

私は、人間から恐れられ、頼られてもいた。人々の恐れが私に力を与えたのだ。私が力を持つようになると、人間は私に願い事をしたり、祈ったりするようになった。

私は時々人間の手助けをしてやった。例えば米が良くできるように雨をふらせたり、野菜が良く育つ土地を教えてやったりした。

人間が私を恐れて信じている間は、私は強い力を持っていた。だが、最近ではここの人間も変わってしまったな。

むかし中国の人々が私のことを忘れて、自分たちのためだけにおたがいに戦っていたように、今の日本でもみな自分のことばかり考えて争いがたえない。

人間とはなんと勝手な生きものだろうか。私のおかげでしあわせに生きてこられたことをすっかり忘れて、自分たちひとりで何でもうまくできると思いこんでいるのだ。

なんという思い上がり、なんという身勝手さ。わたしはこの世界に身をおくのがすっかりいやになってしまった。蛇のすがたをすてて、天に帰ろうと思う。


「おまえはコトダマというものを知っているか」

「コトダマ?それって何?」

「私はお前たちの力をためすために、そこのスズメをとらえてみた。人間の少年、おまえはコトダマの力を使いこなしていた」

青龍はぼくをじっとみながら、「おまえのコトダマの力を使って、私が天に帰るのを手助けしてほしいのだ」と言った。

「ぼく、何をしたらいいの?」

「私が天に帰るための儀式を行ってほしい」

儀式ってどんなことをするんだろう?次から次へとわからないことだらけだ。

「儀式にはサカキの葉と清らかな水が必要だ」

「サカキって木?ぼく木のことよく知らない…どんな木なの?」

「サカキは神聖な木だ。儀式にはサカキの葉を使うのだ。この神社にはたくさんの木があるが、私がサカキを教えてやろう」

なんだかむずかしそうだったけど、青龍が教えてくれると言ったので、少しほっとした。

「境内の奥に、山からの清らかな水が流れ落ちる滝がある。その滝が流れ込む川から水を汲んでくるのだ」

「サカキの葉を三枚つんで、神社にそなえ、その後、水をくんできて、この庭の真ん中に生えているご神木の杉の木にかける」

ぼくは必死についていこうとしたが、こんな事一気に言われても覚えられないよ…

「ご神木って何?」

「神がやどる木のことだ。この神社の杉の木は何千年もここにはえていたので、神がやどって私と同じように力を持つようになったのだ」

この杉の木はそんなに長い間ここに立っていたのか…。何千年なんて、想像もつかなくて、気が遠くなりそうだ。

青龍は続けた。

「先に神社にそなえたサカキの葉を手に持ち、もう一度ご神木の前まで来い。ご神木に向かってそのサカキの葉を投げあげ、こう言うのだ。『おん、ちぃんろん、ばーばーぐら、そわか』と。」

ぼくたちは言われたとおり、うす暗い森の中にこわごわ入っていった。青龍が一本の木の下にはっていき、それがサカキだと教えてくれた。そこでぼくはそのサカキの葉を三枚ていねいにつみとり、その葉を神社のさい銭箱の上にそっとのせた。

それから森にもどって奥に行くと、本当に滝の水が流れ込む澄んだ川があった。ぼくは水筒をだしてフタを川の水できれいに洗い、洗った場所からすこし離れて、きれいな水をくんだ。

そなえたサカキの葉と水筒のフタにくんだ水を持って、ぼくと雪丸とヒメとムゲンはご神木の杉の木の下に立った。

ぼくは気になっていたことを青龍に聞いてみた。

「『おん、ちぃんろん、ばーばーぐら、そわか』ってどういう意味?」

「青龍、天に帰り給え、と言う意味だ」

青龍はご神木の根元でとぐろを巻いた。ぼくは、ご神木にさっきくんできた水をそっとかけ、サカキの葉を投げ上げると、神様に失礼のないように、神妙に頭を下げた。それから、みんなで声をそろえて、

「おん、ちぃんろん、ばーばーぐら、そわか」ととなえた。

すると青龍は、またムクムクと大きくなり始めた。アゴは伸びて四角く太くなり、ひたいに角が二本生えてきて、するどいツメを持った腕と足があらわれた。見上げるほどの大きさになり、青みがかった金色にかがやく青龍は、マンガやアニメでしか見たことのない龍のすがたに変わっていたのだ。

ぼくらは、びっくりして口をぽかんと開いていた。

青龍は「私が元のすがたにもどるために手助けしてくれたこと、礼を言う。私もおまえの力になってやろう。何が望みだ?」と言った。

ぼくはびっくりして、頭がボーッとして、欲しいものは何も思いつかなかった。

しばらく「望みは何だろう」と考えているうちに言葉が口から出てきた。

「ぼくは強くなりたい。雪丸やヒメやムゲンがこまってるときは助けてあげたいし、お母さんや妹のこと守りたい。もしお父さんがこまってたらお父さんのことも助けたい」

 あれれ、ぼくってこんなこと考えていたのかな。こんなこと言うのはぼくじゃないみたいだ。青龍はふっと笑って「おまえはもうコトダマの力を手に入れているだろう」と言った。

「おまえはコトダマの力を使って仲間を助け、私を助けてくれた」

「だが、気をつけろ。コトダマの力はおまえたちが思っている以上に強い。ときにその力は、使ったものが思ってもいなかった力をおよぼすことがある。だから、よく考えて、言葉を発するのだ。その力を、弱いもの、弱っている者を助けるために使え。自分だけのために使ってはいけない。自分だけのためにその力を使ったとき、コトダマの邪悪な力はおまえとまわりのものを苦しめることになるだろう」と言った。

「では私は天に戻る」

上を見上げたかと思うと青龍は真っ黒な雲に包まれてそのまま空に竜巻のようにのぼっていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る