8部

 繋ぐ時に暴れると思っていた虎も、案外大人しくしていてくれた為すんなり繋ぐ事はできた。ただ、問題があったとすれば臭い事だ。あの檻に風呂は無かった。きっと長い間入っていないのだろう。

 出発の用意もできた事で、俺は操縦席へと座る。と、言っても彼女が勝手に進んでくれるそうなので俺がやることはこれと言って特にはない。


「おーい、マホ。早く乗れ〜」

「は、はい!」


 未だ柱に隠れていたマホを呼んで俺は後ろの座席へと座るように促した。

 促したのだが………。


「………なんで俺の隣に座ってるの?」


 何故か俺の隣に座ってきたのだ。


「あ!す、すいません!私なんかに隣に座られて迷惑でしたよね………。でも、男の人は女の子に隣に座られると喜ぶ物だとバイモンさんが………」


 どうやら彼女も自身の教会で愉快な生活を送っているようだ。


「それを俺にしてどうすんだよ。そう言うのはね、好きな男にやるモンだよ」


 今度こそ、マホが後ろの席に座って俺も虎の手綱を握る。


「よーし、それじゃあ行くか。頼むぞ、えーっと………」


 そう言えばこの虎の名前をイロンハット卿から聞くのを忘れていた。

 いや、きっと彼のことだから名前なんて知りもしないのだろう。


「お前、名前なんて言うの?」

「………」


 そう言えばこの虎も亜人であったことを思い出して尋ねてみる。

 亜人ならば言葉を話せるなのだが、この虎は答えるつもりはないらしい。


「………じゃあ、もう虎で行くからな。嫌ならちゃんとテメーの口で言えよ」

「あの………さっきから何で虎さんに話しかけてるんですか?そ、それに他の人達は………」


 俺はマホに士気の低い兵は邪魔だから俺達だけで行くと提案したこと、それに伴ってイロンハット卿がこの虎をお供につけてくれたことなど、虎が奴隷のような扱いをされていると言った悪い部分は除いて今までの経緯を説明した。


「エェェェェェ!?わ、私達三人で行くんですか!?」

「まぁ、そう言うことだ」

「無理無理無理無理!無理ですよぉ………。モモさんはとにかく、私なんて………」


 何となく、彼女がどんな人間なのか分かった気がする。

 彼女はきっと自己肯定感がもの凄い低いのだ。だからすぐに謝ろうとする。

 なら、こう言う類いの人間はどう扱えばいいのか?


「大丈夫だって。俺君のこと一切知らないけど噂は聞いたことあるし!魔法で山潰せるとか凄い魔力じゃん!」


 その者の自己肯定感を高めてやることだ。


「ティジェフ様からの貰い物ですけどね………」

「………」


 作戦は、失敗した。

 そんな話をしていると不意に虎が動き出す。

 そう言えばそろそろ出発の時間だな、なんて思いながら二階のとある窓を見る。

 その窓からイロンハット卿がこちらを眺めてニコニコと笑っていた。しかしら直様奥へと姿を消していき、俺も再び前を向いた。

 虎はそのまま東門から街を出て道なりに進んでいく。


「この先って何処の町に繋がってるか分かる?」

「ひ!?あ、あの………多分農村に繋がってます」


 俺の問いにマホがカバンに入れていた地図を取り出して俺に見せてくる。


「それってどれくらいで着きそう?」

「ゆ、夕陽が沈んだくらいだと思いますけど………」


 つまり辺りは殆ど暗がりだと言う事だ。

 夜の行動はとても危ないと言うのは何処の世界も同じだろう。


「なら、今日はそこで宿を取ろう」

「は、はい」


 しばらくの進んでいると辺りの風景が平原から山へと変わっていく。


「………そう言えばさ、マホはどう言うことができるんだ?魔法で山を吹き飛ばしたって聞いたけど」

「あ、あれは違うんです!誤解なんです!」

「誤解?」


 マホが何度も頷き返して俺も頭を悩ませる。


「スライムを倒そうとして………、緊張しちゃって………。魔法の調整を間違えたんです」

「調整?」

「ま、魔法の威力は………その魔法にどれだけの魔力を注ぎ込むかで変わってくるんです。でも私、あがり症でそう言うのが苦手で………」

「ほへ〜、魔法もまだまだ奥深いんだな〜」


 魔法の奥深さに感心しながら、俺は山を見渡してみる。

 豆くらいの大きさのセントラルシティが遠くに見える。

 そのセントラルシティの南の方に視線を向けてみれば距離は離れているものの海も見える。

 こう、遠いところから俺がいつもいるところを俯瞰してみれば街が色んなところに繋がっていると実感できて感慨深い。

 俺たちはそこから山に更に入っていって、ある橋に出る。

 その橋は別に谷にかかっているとか川の勢いがすごいとか深いとか言うわけでもない。ただただ、かかっているだけの橋だ。


「よし、ここで一旦休憩しよう。」


 俺は車から降りて、カバンに入れていた竹で作った水筒に川の水を入れる。


「マホも水が欲しかったら入れとくから水筒置いとけよ。虎もここまで歩きっぱなしだろ。しっかり水飲んどけ」


 虎が返事をする事は無かったが、しっかりと川の水を飲みに近付いて川に舌を入れ始める。

 それにしてもこの虎。虎にしては結構毛があって暖かそうだ。

 汚く無かったら思う存分モフりたいところだ。


「……………」

「べ、別に何も考えてないからね。勘違いしないでよね」


 返事をしてくれない虎相手に何真剣に弁明しているのだろうか。


「………あ、それと後三時間は歩いて貰うから用を足しとくなら足しとけよ」

「!?」


 虎の動きが止まって、信じられない様な顔で俺を見てくる。


 なんだ?と俺が虎を見ていると虎がいきなり俺に向かって襲いかかってきた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!何何何!?」


 この追いかけっこは再び出発するまで続くのだった。


「あぁ………酷い目にあった」

「自業自得だと思いますけど………」


 手綱を握りながらため息を吐いて口を吐く俺に後ろで地図を見ているマホが声をかけてくる。


「いや、男同士のコミュニケーションって言うか………」

「え?虎ちゃんって、女の子ですよね………?」

「え?」

「え?」


 いや、待て。待ってくれ。

 この虎が女の子?

 もしそれが本当なのだとするならば………。


「俺女の子に用足せとか言ったクソ野郎じゃん」

「あ、はい」

「否定してくれてもよくない?」


 オドオドしてるだけと思ったが、どうやら言うことはズケズケ言う性格らしい。

 とりあえず、虎には謝っておいた。

 それからしばらくは誰も喋らないまま山の風景を堪能しつつ山道を道なりに進んでいく。

 ようやく夕陽が傾いて来た頃、山道から山に囲まれた村が見えてくる。


「なんだ?」


 しかし、その村がおかしいのだ。 目に見えるのは田んぼに瓦屋根の建物。

 明らかに中世ヨーロッパ風の世界には似付かわない景観だろう。


「な、懐かしい感じですね………。古き良き日本を感じます………」

「言ってる場合か!何がどうなってるんだ………?」


 とにかく暗くなってしまっては元も子もないので虎には少し急いでもらうことにして村へと辿り着いたのはギリギリ夕陽が沈みかける頃だった。


「………やっぱり日本の田舎って感じだな。なんか懐かしい感じがする」

「実家が田舎だったんですか?」

「ん?あぁ………そうだな。和歌山の有田ってとこ」

「へぇ………。私は東京です」

「何で今自分の出身言った!?自慢か!自身がシティーガールであると言う自慢か!」


 慣れてきてくれたのかマホの喋り方にも大分どもりが無くなってきたことに気づいて、俺も少しだけ笑みが溢れる。


「って!こんな事やってる場合じゃねぇ!急いで宿探さねーと!」


 ちょうど良い所にお爺さんが通りかかってきたので虎に止まってもらい話しかける。

 畑仕事の帰りだろうか、鍬を持って麦わら帽子を被っている。


「すいません。ちょっと良いですか?」

「他所者か………。宿ならこの道をまっすぐ行けば辿り着ける」

「え………」


 まだ何も質問していないのに求めた回答を出すお爺さんに俺は言葉が詰まる。

 確かにもう暗いしこの村で一泊しようとしていると予想をする事はできるかもしれないが、できていたとしても普通は要件を聞くものだろう。


「変なお爺さんですね………」

「だな。何はともあれ宿はあるみたいだし急ぐぞ」


 再び虎が進み出してしばらくすると確かに宿が見え始める。

 この宿もやはり日本風だ。

 宿の前に辿り着き、俺たちは車が置かれている場所に車を停める。

 横にも幾つか車があって、近くからは馬の声も聞こえてくる。


「他にもお客さんが居るんでしょうか?」

「見た感じ居そうではあるな」


 俺は車から荷物を下ろして虎と車を繋ぐ紐を解く。


「お前も泊まるよな?」

「……………」


 虎が返事をする事はないが、目を丸くして驚いているのは分かる。

 だが、すぐにその場に寝そべって目を閉じる。


「一応三部屋取っとくからな」


 俺は虎にそれだけ伝えるとマホと一緒に宿へと向かった。


 宿に入るとまずよく見る虎の屏風が目に入る。

 玄関とも言えるそこはこの世界では未だ見たことのない玄関から奥に段差がある作り。


 非常に靴を脱がなければと言う使命感に駆られてしまう。


「おや、珍しい」


 そんな中奥から誰かの声が聞こえてくる。

 

 振り向いて見れば俺たちに向かって歩いてくる藍色の着物の女性だった。


「あ、あの………珍しいって?」

「最初はお客様は皆さん靴を脱がずに上がろうとなさるので」


 マホの質問に女性がスリッパの様な上履きを用意しながら答える。


「いらっしゃいませ。私はこの宿の女将でございます」

「部屋を三つ取りたいんですけど………」

「申し訳ございません。只今空き部屋が一つしか無くて」

「一つ?」


 一つなら仕方がない。

 部屋の形にもよるが日本旅館なら大抵あるよく分からないスペースに俺が寝ればいいだけだ。


「分かりました。それでお願いします」

「かしこまりました。それではまず、こちらにお名前を」

「あ、はい」


 女将がペンと冊子を取りだして俺に差し出してくる。

 俺はそれを受け取って、冊子の空いた欄に名前を書こうとするが、そこでペンが止まる。


 そう言えば、俺この世界の文字全然書けないじゃん………。


 致命的だ。ティジェフさんのおかげで読んだり話したりすることには問題がないが書けないと言うのはやはり生活を送る上での障害になってしまう。


「えっと………、マホは書ける?」

「うぇ!?は、はい!ティジェフ様に教えてもらいましたので………」


 この場はマホのおかげで何とか事なきを得たが今後のためにも少し勉強しておく必要がありそうだ。


「フジサキ・モモ様………。変わったお名前ですね。出身は?」

「しゅっ!?」


 さて、再び困ったことになった。何と答えればいいのだろうか。

 馬鹿正直に神様に神子として呼ばれた異世界人です!、なんて言っても良いのか?

 セントラルシティの人々様子を見れば言っても何ら問題は無さそうだが………。


「わ、私達、神子として呼ばれた異世界人なんです!」

「マホさん!?」


 答えたのはまさかのマホだった。

 俺は何とか誤魔化そうとするが女将はまた目を丸くして奥へと引っ込んでしまう。

 そして戻ってきたかと思えば手に持っていた四角い紙を俺たちに渡してくる。


「さ、サインをお願いできませんか!?」

「へ?」


 話を聞いて見ればこの村はスーゼ村と言い、昔から神子達のファンを村ぐるみでやっているらしい。

 一ヶ月前、ノーサスさんの神子、チサトが召喚された時も村を上げて宴を開いたのだとか。

 サインも書き終わって女将に部屋へ案内してもらい、虎の亜人が来たらここに案内して貰う様にだけ頼んで俺たちは一時の休みへと入る。

 分かってはいたがテレビがない。

 部屋は予想通りの畳の部屋とよく分からないスペースに分かれていた。


「モモさん。この宿、温泉があるみたいですよ?あ、でも男女で使用時間が決まってますね………」

「なーにが、温泉だよ。どうせレトロゲームもねーんだろ知ってるよ!中世ヨーロッパ的な異世界だもんな!」

「な、何をそんなに怒ってるんですか………?」


 恐る恐る涙目になりながら尋ねてくるマホに俺はグイッと近づいて語る。


「温泉旅館と言えばなんだ!そう!誰がやるの、とかよく残ってたな、とか思ってしまう様なレトロゲーム!レトロゲームの無い風呂上がりなんぞタコの入っていないたこ焼きに等しい!」

「えっと………、私温泉に入ってきます!」


 逃げる様に部屋を出ていくマホを目で追って俺はため息を吐く。

 何を思ったのかマホに結構捲し立ててしまったが、よくよく考えれば彼女には関係ないどころかどうでもいいことだろう。


「………後で謝っておこ」


 自身の行いを反省しながら荷物整理の為に俺は袋に手を伸ばす。

 しかし、袋に手が届く前に扉が叩かれる音が響いた。

 俺が扉を開くとそこに居たのはこの旅館の女将だった。


「失礼します。フジサキ様、少しお話ししたいことがありまして………。今お時間よろしいでしょうか」

「えぇ、大丈夫ですよ」


 廊下では何だと、女将を部屋に入れて座布団の上に座って貰う。


「………それで、お話しと言うのは?」


 部屋に用意されているお茶を差し出しながら俺も座布団の上に正座する。


「実は最近、この近くでマウンテンウルフが出始めまして。これじゃあ仕事もできないと村の皆も困り果てているんです」

「マウンテンウルフ?」


 また知らないモンスターの名前だ。ウルフと言うからには狼なのだろう。


「マウンテンウルフと言うのは岩山などに生息していて、群れを作って狩りをするモンスターです」

「でもここって岩山なんて………」

「ありません。おそらく西の山からこちらに来たのでしょう」


 西の山………、と呟きながら俺は自身のお茶を喉に通して外を見る。

 すでに真っ暗ではあるが、ところどころに松明や家の灯りが見える。

 すると女将がいきなり後ろに下がり頭を下げた。


「どうか、お二人のお力で村をマウンテンウルフの脅威から救っていただけませんか?」


 マウンテンウルフ。どんなモンスターかまだ分からない以上迂闊な事は出来ない。

 だが、帰りもここを通って帰る予定ではあるため、帰りに襲われるリスクも減らしておきたい。

 第一、ここでこの村を見捨てしまっては後味が悪すぎる。


「わかりました。少し、時間を下さい」


 しかし、こう言うことは俺だけで決めていい問題でもない。


「よろしくお願いします」


 再び女将は頭を下げた。

 女将が部屋を出て行ってから三十分ほどが経過した。

 その間俺はお茶を飲んでみたり鼻歌を歌ってみたりして時間を潰したが、あまりにも虚しすぎて途中で止めた。


「た、只今戻りました………」


 マホの声が聞こえて来て、まずはさっきの事を謝ろうと振り返る。


 しかし、そこに居たのは田舎の芋いおさげ女子などでは無く、少し湿った髪を下ろして、温泉に入った後の赤みを未だ肌に持つ浴衣姿の妙に色っぽい美少女だった。


「あ、あの………どうしました?」

「………あ、ごめん!ボーっとしてた」

「………やっぱり、似合ってませんよね。私なんかが浴衣なんて………。私なんてドロドロのモンペで十分なんです」

「そ、そんなことないって!さっきは俺も言い過ぎたよ。ごめん」


 マホを宥めながら俺はさっき怒鳴ったことを謝罪する。


「それよりさ、ちょっと相談したいことがあるんだけど………」


 俺は先程の女将との会話のマウンテンウルフのことや、俺はそれを引き受けたいと言うこと、その理由などをマホに伝えた。


「お前が嫌なら虎と一緒に先に行ってくれてもいい。どうする?」


 正直命に関わる事なので彼女には断って欲しい気持ちもある。

 そもそもこれはもし断ってその後に襲われたらと言う妄想の元、後味を悪くしたくないと言う俺の我儘だ。

 彼女がそれに付き合うことなど一切ない。


「そ、その………やります。わ、私も、誰かが悲しむ顔は、見たく、ないので………」


 彼女の言葉に嘘はないのだろう。

 だが確かに、彼女の声は震えていた。

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