7部

 翌日、俺は貰った剣の試し斬りの為にナトス様と共に街の外で未だに沸きまくっているスライムの退治を行っていた。

 今日は珍しく朝ご飯が先だったこともあり始めるのは体感朝の十時頃だった。

 そして今日の俺は昨日の俺とは一味も二味も違う。

 その理由は単純明快。ナトス様の頼みでバイモンさんが作ってくれた脇差だ。

 まずナトス様から貰った剣と違うところはやはり何と言ってもその軽さと斬れ味だ。昨日持たせてもらった時も思ってはいたが重さが無い分頭で考える身体動きと実際の身体の動きのラグが最低限で済んでいる。それに斬れ味が良いので今までの様に剣で縦にして潰すことなく潰す事なく斬り裂ける。

 そして最大の特徴は………。


「我、フジサキ・モモの名においてかのものを穿て!サンダーボール!」


 剣に自身の魔法を付与できることだ。

 これについてはバイモンさん曰く魔力伝導率が何たらかんたら………、おそらく熱伝導率の様な物がこの世界には概念として存在して、それがマジックライトメタルが高いのだろう。

 この世界の専門用語などは学ぶ必要がありそうだ。


「なかなか、様になって来たじゃねーか」


 ここら辺にいた最後のスライムを倒したのを見たナトス様が俺に近づいて来て話しかけて来る。


「この武器のおかげですよ」

「謙虚な奴だなオメー………。そこは素直に受け取っときゃあいいんだよ!」


 そう言われても実際脇差のおかげだ。レベルアップもステータスもないこの世界で強くなるには特訓しかない。

 毎日特訓はしているもののほんの一週間ちょっとで成長するとも思えない。


「そう言えばよ、オメー昼からティジェフんとこの神子と一緒にお勤めに行くんだろ?」

「そうですね。確か宮廷魔導士団のお手伝いに亜人の街の近郊まで。何か遺跡の調査だとかなんとか」


 宮廷魔導士団………。

 この国の国王直属の魔法特化の騎士団だ。騎士団と言っても彼らは剣を使わない。

 名前の通り魔法のスペシャリストで、入るには魔力の評価がA以上ないと入れないと言われている、らしい。

 昨日ティジェフさん達から聞いただけだからよくは分からない。


「亜人の街………デミゴスか。あそこら辺で最近遺跡が見つかったって話は聞いてたが………。あんなとこにそんなもんあったか?」


 ナトス様が何かを考える様にそこら辺にあった石に座り込む。

 俺も近くにあった木に座って刃こぼれもない脇差を時間潰しに眺めた。

 見れば見るほど綺麗な脇差だと思う。刃の焼き入れによってつけられる波紋も鮮やかな色合いだ。

 バイモンさんは本当に腕の良い鍛冶屋なのだろう。


「………まぁ、宮廷魔導士団と一緒ってならそうそう危ない事にはならなそうだな。わかってると思うが、オメーはオレ様の代わりみたいなもんで行くんだからな。あんま連中と騒ぎ起こすんじゃねーぞ?」


「分かってますよ。アンタ俺のことどう思ってるんですか………」

「ムキになると周りが見えなくなるバカだな」

「否定しずらいのが辛いですね………」


 そして、俺は再び立ち上がり少し増えて来たスライムを倒しに向かう。

 結局、スライム退治は予定の一時間前まで続いた。


「いっけなーい!遅刻遅刻ゥ!」


 ようやくスライム退治が終わり、少女漫画の冒頭でよく見そうな台詞を吐きながら俺は走って教会にある身支度を取りに向かっていた。

 この身支度はありがたいことにマリアンヌさんと言う年配シスターがやってくれたらしい。

 おかげで俺はギリギリまで特訓ができた。

 ナトス様は何やら調べたいことがあるらしく、何処かへと行ってしまった。


「おい、兄ちゃん!」


 そんなことは気にすまいとばかりに、マリアンヌさんに感謝しながら一歩一歩を走っていると、急に野太い声が俺を止める。

 振り返ってみればそこに居たのは屋台から顔を出したスキンヘッドの男。

 俺はその男に見覚えがあった。


「アンタは………。チサトの家の前で店開いてたオヤジさん!」


 そう。俺が転生してすぐに出会って道を教えてくれた親切なオヤジだ。


「店の場所変えたんですか?」

「まぁな。最近は商売も好調で、おかげで大通りに屋台を構えることができたんだ」

「へ〜」

「それよりも聞いたぜ。兄ちゃんナトス様の神子様なんだって?そりゃあノーサス様の神子様の家に遊びに行ってても不思議はねぇわけだ」


 あれは完全にノーサス様の転生の位置ミスだがそんなことを言っても信じてもらえないだろうし良い様に解釈してくれているなら黙っておこう。

 そんなことより、と俺は話題を変えて屋台の商品を見る。ガラス玉や液体の入った瓶、顔の付いた植物なんかも置いてある。見た感じはよくわからないが骨董品とかだろうか。


「ここって何を売ってるんですか?」

「あん?あぁ、これらは全部魔道具だ」

「魔道具?」


 この怖面の如何にも近接戦闘とか鍛冶屋のオヤジ風なこの人が?魔道具?


 俺は目をギョッとさせて魔道具とオヤジさんは交互に見る。


「おい。考えてることが分かるぞ。魔道具屋の店主で悪かったな」

「い、いやいや!アハハハ………。あ、そうだ!便利な魔道具一つ買いますよ!丁度お小遣いもありますし!」


 話題を逸らす為に俺は商品を見るフリをしながらオヤジさんの様子を伺う。

 オヤジさんも商品を買ってもらえるとなって気分を良くしたのか、ノリノリで商品を漁り始める。


「お、それならコイツはどうだ?」


 しばらく考えた末にオヤジさんが手に取ったのは野球ボールくらいの小さなガラス玉だった。


「何ですかそれ?」

「一回限りでどんな魔法でも吸い取って相手に跳ね返す魔法の水晶さ。値段は五千エクセルだ」

「便利そうなのに結構安いですね」

「一回ポッキリの使い捨てだからな。そう考えちゃあ中々の値段だろ」


 そう言われれば確かに、RPGなどで使い捨てアイテムを買い込むことはあるがそれに五千円いるとなれば流石に買うことはないだろう。


「わかりました。じゃあそれを一つ」

「まいど」


 とは言え、昨日チサトと共に一仕事を終えて収入が入った俺にとっては五千エクセルは払えない額でもない。

 一回きりでも使い方によっては有用だろう。

 俺はオヤジさんに代金を渡して水晶玉を受け取る。


「また来てくれよ」


 オヤジさんの言葉に会釈して再び俺は走って、ようやく教会に辿り着いた。

 すぐさま荷物が入った袋を持ち修行中のマリアンヌさんとナスターシャに挨拶をして教会を後にする。

 俺の体内時計が告げている。残りの時間はおよそ四十五分だと。

 歩いても全然間に合う時間だ。


 だが、どうだ?宮廷魔導士団と言うことは言うなれば日本の陸上自衛隊のような方々の位置付けだろう。

 時間にもきっと厳格で三十分より前には全員が集合していることだろう。

 そこにぽっと出の俺が後からノソノソと来ればきっと良くは思わない。

 下手をすれば宮廷魔導士団とウチの教会は不仲になっていき………。


「ウオォォォォォォ!!!唸れ!俺の脚!」


 そんなことは絶対にさせない!

 そんな後味悪そうなことは嫌だ!


 などと、本音がチラリズムしながらも懸命に大通りを走り切り、集合場所である宮廷魔導士団詰め所、更に言えばその中庭へと辿り着く。

 ジャストギリギリ三十分だ。

 宮廷魔導士団詰め所は王城の前、東門に続く東大通りと南門に続く南大通りの間に位置している。


「ハァハァ………、お、遅れてすいません!」


 俺は息を整えながら中庭を見る。

 ………誰も居ない。誰も居ないのだ。ティジェフ様の神子は愚か俺の頭の中では時間に厳格な宮廷魔導士団の人すら誰も居ない。

 あるのはよく中世ヨーロッパなどで見る人を運ぶ馬が引く車部分だけ。


「時間………間違えたかな?」


 俺は辺りを見渡して詰め所の見張りをしているのであろう衛兵に話しかける。


「あの………すいません」

「どうした?見かけない顔だな………。誰かに面会か?」

「あ、いえ。自分亜人の街の近郊の仕事に呼ばたナトス様の神子なんですけど、後三十分で出発のはずなのに誰も居なくて………」


 あぁ………、と衛兵が面倒くさそうに頬を描きながら建物の方を指差す。

 陰で見えにくくはあるが、確かに人が何人かいる。


「神子様って事は異世界人だろ?なら、知っておくと良い。この国では貴族から見て亜人………特に獣族は凄く地位が低い。もう奴隷扱いだ。宮廷魔導士は大抵が選民思想の強い貴族のボンボンばっかでな、デミゴスん所に派遣される奴らは極刑を言い渡された罪人みたいに塞ぎこんでるんだよ。ま、平民出身の俺からしたら何でそんなに嫌ってるのか分からねーがな。獣族はいいぜ。尻尾がモフモフで気持ちいいんだ」

「モフモフですか」

「モフモフだな。気になるならデミゴスのモフテリアに行ってみろ。他の町でも人気な店の本家本元だ」


 しばらく俺と衛兵が見つめ合った後、固く手を交わし俺は再び車に向かう。


「それにしても準備とか無しなのか?車を引くにも動物は居るだろ………」


 既に出発まで三十分を切った状態で物資の積み込みすらされていない様子だ。


「て言うかティジェフさんの神子はどこに居るんだ?」


 宮廷魔導士は見つけた。

 ではもう一人の神子はどこに居るのか。辺りを見渡してもそれっぽい人影は見えない。


「あ、あの〜」

「ホワッ!?」


 不意に後ろから声が聞こえて前飛びになりながら声の正体を確認する。

 ローブを羽織り、黒髪で、芋いおさげのメガネ少女。


「昨日の切腹女!」

「ひぃ!すいませんすいません!」


 頭を何度も下げる少女を見ながら、俺は頭を掻く。

 またこの状況だ。俺はいったいどうすれば良いのだろうか………。


「あー………、とにかくその謝るのを辞めてくれると嬉しいかな」

「そうですよね………。すいませ………ん!」


 再び謝りそうになったことに気付いたのか少女は自身の口を手で塞ぐ素振りを見せる。


「ところでお前、名前は?宮廷魔導士の人には見えないけど………どうしてここに?」

「………ぷは!私、ウサミ・マホって言います。ここにはその………ティジェフ様の神子として魔導士さん達のお手伝いに………」


 口を塞いだ上に息まで止めていたのだろう。

 ウサミ・マホと名乗った少女は目を逸らしながら語っていく。


「へ〜、ティジェフさんとこの神子はお前だったんだ」

「は、はい………。私みたいなのが神子ですいませ………」

「だーから謝んなって。悪いことしてないだろうが。そんなことされたらこっちが後味悪くなるわ!」


 短い悲鳴を上げながらマホは近くにあった柱の影に隠れてしまう。

 ………まぁ、彼女のことは一旦置いておくとして何とかこの出発前から詰んでいる状況は打開しなければならない。

 俺は絶望した面持ちの宮廷魔導士達に歩み寄って話しかける。


「すいません。貴方方のリーダーは今何処にいらっしゃりますか?」

「あぁ………団長なら二階の団長室にいると思うよ。しかし………団長も酷いお人だ。何故我々があんな獣臭い地に赴かねばならんのだ」


 どうやら、衛兵の言うように本当に亜人への差別は深刻なものらしい。二言三言目にそれが出てくるのが確かな証拠だ。

 さて、魔導士の言う通り二階に辿り着きまず俺がとったのは辺りを見渡すことだった。

 知らない場所にくればまずは空間の把握。探索ゲームの鉄則だ。

 ここはゲームではないのは重々承知しているがVRMMOのやり過ぎで癖になってしまった。


「団長室は何処かな〜っと」


 団長室と言うくらいだしこの建物の中心に位置していてもおかしくない。

 どうやらこの建物の構造は漢字の『回』の形をしているらしく、さっきまで居た中庭が何処からでも見える。


「階段がこっち側だし向かいかな」


 建物の構造を見て中の部屋を予想するのも探索の醍醐味だと言えるだろう。

 偶には寄り道をして、いいアイテムとかが手に入った日にはもうウハウハだ。


「お、ビンゴ?」


 目星を付けた部屋の扉の上。確かに団長室と書かれている。

 俺はやや緊張しつつも、コンコンと扉を叩く。


「どうぞ」

「………失礼します」


 中の人の許可が降りて俺は扉を開き、一歩一歩部屋へと入っていく。

 そこにいたのは奥の椅子に座る白髪の片眼鏡を掛けた何とも好印象を受ける青年だ。おそらく彼も貴族なのだろう。とても気品が感じられる。

 部屋には執務机があり、その前には客を迎える為であろうソファーとテーブルが置かれている。


「来ると思っていたよ。君の噂は聞いていたからね」

「………既にご存知のようですが、改めまして。お初にお目にかかります。私、ナトス様の神子をさせていただいているフジサキ・モモと申します」


 漫画知識の、紳士な貴族風の喋りに気をつけながら俺は次にしゃべることを考える。

 彼はここのリーダーだ。失言をしようものなら本当に関係が終わりかねない。


「うん。僕はノーン。ノーン・イロンハット。不明の魔術師なんて呼ばれているよ」


 イロンハットと名乗った青年は椅子から立ち上がって二つのカップに飲み物を入れると一つをテーブルに置く。


「君もどうだい?」

「私は………、苦い飲み物はあまり………」

「それは残念だ」


 自身のコーヒーを一口飲んでソファーに座り、俺を見ながら顎でソファーを指す。

 座れと言うことだろう。イロンハット卿の指示通りに俺は彼の向かいのソファーに腰を掛ける。


「………それで、話があるから来たんだろう?何となくは想像できるけど言ってみるといい」


 片眼鏡をクイっと上げで見透かしたように俺を見るイロンハット卿。

 俺は緊張を抑えるために一呼吸を置いてから口を開く。


「イロンハット卿。今回の任務、私とティジェフ様の神子の二人で行く許可をいただきたい」


 士気の低い兵士が居たところで逆に邪魔になるのは何処の戦場だろうが会社だろうが一緒だろう。学生風情が何を言っているのかと思うかもしてないが、その実例が冬将軍で士気が下がったナポレオンのシベリアの敗戦だ。

 イロンハット卿もその事には気付いているのだろう。彼も低い士気の兵を出して万が一にも無駄な犠牲は出したくないはずだ。

 俺のその願いにイロンハット卿はん〜………、と唸りながら目を閉じる。


「それは………ちょっとできない」

「勿論成果はそちらに全てお渡ししますし条件があるなら受け入れます」

「いや、問題はそこじゃないんだ。今回君達に頼みたいのは先日見つかった遺跡の調査なんだけど、どうやら魔法の仕掛けがそこら中に張り巡らされているみたいでね………。魔法に精通している者が欲しい」

「それ、私達の方が役に立ちませんよね?」


 俺は初期魔法しか使えないし、マホもあの感じではきっとあたふたするだけで役には立てないだろう。

 だが、イロンハット卿が首を横に振る。


「そんな事はないよ。僕は君の起点の良さとマホ君の底がない魔力に期待しているんだ」

「起点の良さって………。私にそんなものありませんよ」


 ニコニコとイロンハット卿がこちらを見て何も答えない。

 正直に言ってしまえば彼の本心が何も見えてこない事に気持ち悪さすら感じてしまう。


「よし。ならこうしようか。君達に我々が所有する魔法に精通した亜人を一人付けよう」

「亜人………?」


 亜人を差別している宮廷魔導士団に所属する亜人?嫌な予感しかしない。それに所属じゃなくて所有………。

 俺は所有と言う言葉に違和感を抱きながら不審の目でイロンハット卿を見る。


「ハハッ、見てもらった方が早いだろうね。それじゃあ着いてきてくれ」


 コーヒーを全て飲み終わったイロンハット卿がソファから立ち上がって部屋の外へと出る。

 それを見て俺は残ったもう一杯の方のコーヒーのカップを手に取りコーヒーを口へと流し込む。


「ニッガッッッ!!!」


 俺は机にカップを戻すと急いで部屋を飛び出してイロンハット卿を追った。

 宮廷魔導士団詰め所地下室。光なんて物はほとんどなく、鉄の匂いが鼻に付く。

 胸糞の悪いこの場所に、俺は早くこの場所から出ていきたい。そんな事ばかりが俺の頭を反芻する。

 鉄の匂いを辿ってみれば規則的に並んだ鉄格子の檻があり、その中には身体中が傷だらけの人の姿がある。

 しかもそれはただの人じゃない。耳や尻尾が生えている。彼ら彼女らがきっと亜人なのだろう。


「あの………これは?」


 我慢できなくなり俺はこの異様な光景に笑顔を崩すことのないイロンハット卿へと尋ねる。


「彼らは我々が所有している奴隷だよ。遠征なんかの時に車を引いてもらっている」


 彼らは馬や牛よりも力があるからね、と付け加えてイロンハット卿がある檻の前で立ち止まる。

 ここだけは何故か見張りの兵がいる。

 俺も足を止めてその檻の中を覗いてみればそこにいたのは先ほどの人の見た目をした亜人とは違い、汚れた白い毛皮の虎が牢屋の奥で眠っている。

 その虎も俺達に気付いたようで起き上がりって檻に近付いてくる。


「コレを君に付けよう」


 じっと虎を見ているといきなり虎が檻に頭をぶつけ出す。


「!?」

「ハハッ。少し気性が荒いが大丈夫。僕の隷属魔法の権限を君に渡しておくから」


 そう言ってイロンハット卿が懐から紙を取り出して俺に手渡してくる。


 紙を見てみればそこには何やら魔法陣が描かれている。


「それを持っている限り君はコレに襲われる事はないし言う事も聞かせられる」

「…………………」


 確かに、安全のためには持っていた方が良さそうだろう。


「ありがたくお借りします」

「うん。それじゃ………」


 イロンハット卿が見張りに合図をすると見張りが鍵を取り出して牢の扉を開ける。

 牢の中にイロンハット卿が入ると、直様虎が彼に襲いかかっていく。

 急いで助けようと走り出そうとするが見張りに二人に止められる。


 彼らはイロンハット卿がどうなってもいいのだろうか。


「主人の僕が命じる。キミはこれからナトス様とティジェフ様の神子をデミゴスまで送り届けて、調査を手助けすること」


 虎の手がイロンハット卿に振り下ろされる瞬間、虎の胸元が光出して虎が姿勢良く座る。


「………いい子だ」


 イロンハット卿は虎を誉めているが撫でる様子はない。

 虎も何だか嫌々従っているようにも見える。


「これを使えばデミゴスまで一日ほどで辿り着ける。宿代はこちらが経費として引き落としておくよ。兵を動かさなくて済む分費用も浮いたからね」


 イロンハット卿が牢から出ると、後を追うように虎も出てくる。


「コレはウチの亜人の中では一番能力が高い。何故か人型にはならないけど………まぁ、車を運ぶだけならなる必要はないから関係ないよね」


 ………本当に笑顔が気持ち悪い男だ。

 俺がここまで初対面の人間に不快感を覚えるのは多分珍しい。

 普段なら少なくとも出来るだけ距離を置いておこうくらいだ。

 でも彼は違う。そんなものとは比べ物にならないほどの、出来るならもう会いたくないくらいの胸糞の悪さがある。


「………感謝します」

「いいよ。これからも懇意にしようじゃないか」


 俺は頭だけ下げ、虎を連れて車の置いてある中庭へと向かうのだった。

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