6部

「魔法を覚えたいです!」


 ゴブリン退治を終えてゴブリンの指をノーサスさんに提示し終えた俺は遅めの昼ご飯であるパンとシチューをいただきながら目の前で俺を見ているナトス様にそう言った。


「一応、理由聞いても良いか?」

「特に理由はありません。この世界はまほうがある世界ですしそれなら覚えなきゃ損かなって」


 俺が答えるとナトス様は苦笑いを浮かべる。

 だが、すぐに真剣な顔になって何かを考えるように口を開く。


「それならちょうどいい。オレ様から連絡は入れとくからちょっとティジェフんとこに行ってこい。アレもそろそろ出来上がってる頃だろうし………」

「アレ?」

「あぁ………、それは行ってからのお楽しみってことで。ほら!そんくらい早く食っちまえ!つーか、食え!今日の皿洗い当番はオレ様なんだよ」

「あんたがずっと俺を見てたのそんな理由!?」


 昼ご飯を食べ終わり俺はナトス様に追い出される形で教会の外に出る。

 ナトス様の教会がある広場には四つの大通りがある。

 右回りに門へ向かう大通り、ノーサスさんの教会へと向かう通り、城へ向かう大通り、そしてティジェフさんの教会へ向かう通り。


「そう言やこっちの通りは来た事無かったな………。城の通りは偶に買い出しとかで来る事はあるけど………」


 そう言えばそのティジェフさんとはいったいどんな人なのだろうか?

 知の神とか言うくらいだしガリ勉メガネだろうか?

 ナトス様はガリメガネと言っていた覚えがある。

 そんな考え事に耽りながら俺は大通りを歩く。

 何処の大通りも似たようなもので色んな種族が闊歩して色んな屋台が並んでいる。


「うわっ!?」


 ぼうっとしたせいだろう。誰かとぶつかって俺は尻餅をつく。


「す、すいませんすいません!余所見をしていて!お怪我はありませんか!?」

「い、いや!俺も考え事してたし………」


 俺は立ち上がってズボンに付いた土を落とすとぶつかって来た相手を見る。

 黒髪の芋いおさげに猫背でよく分からないが俺より少し大きいくらいだろうか?

 全体的に黒を基調としたドレスにその上からローブを羽織っていて、その手には蒼いガラス玉が付いた杖を持っている少女だ。

 歳だって俺と大して変わらないだろう。


「すいませんすいません!私みたいなゴミカスが道を塞いですいません!」

「え、あの………」

「すいませんすいません!今すぐ腹を切ってお詫びします!」

「待て待て待て待て!」


 俺は何かとんでもなくネガティブな彼女を宥めようとすると周りから話し声が聞こえて来る。


「おい、女の子が泣いてるぞ」

「可哀想に………。きっとあの男が泣かせたんだわ」


 ………やばい。このままじゃあ俺はこの街で女の子を泣かせたクズのレッテルが貼られそうだ。


「わかった!わかったからお嬢さん!とにかく一旦泣き止もう。ね?」

「すいませんすいません………」

「いや、すいませんじゃなくて………」

「おい兄ちゃん!謝ってんだから許してやれよ!」

「そうよ!ただぶつかっただけじゃない!」


 もはやこれは収集が付かなそうな気がする。


「切腹なんてしなくていいから!じゃ、じゃあもう俺行くから!気をつけてね!」

「すいませんすいません………」


 俺は謝り倒しの彼女を置いてその場を後にする。

 後味が悪い感じになってしまったのが少し心残りではあるものの、このままでは俺に社会的な死が待ち受けていたのは確かだ。

 そんな事がありながらも俺はようやくティジェフさんの教会へと辿り着く。

 一本道なのに街が広いせいで結構な距離があったのは黙っておこう。


「お邪魔しま〜す………」


 ガチャリと教会の扉を開けてみればそこはノーサスさんの教会と同じようにまともな教会の内装では無かった。


「さっきからカンカンカンカン煩い!こっちは緻密な作業をしてるんだからちょっと静かにして!後暑いし汗臭い!」

「何を言うか小娘共!この音!この熱気!この匂い!これこそが我らの求める芸術よ!それを言うなら貴様らの方が紙と薬品臭くて堪らんわい!」

「はぁぁぁぁ!?小娘って………、私達はアンタ達よりずっと長生きなんだけど!?それに、魔法の研究こそが私達の美学なの!アンタ達みたいな薄汚いドワーフの血生臭い剣なんかと一緒にしないでよ!」

「何じゃと!?」


 左を見れば白を基調とした大理石の壁と床に耳が尖った美男美女達が本を読んで話し合ったり何やら薬の実験をしたりしている。

 対して右を見てみれば唯の石の壁に巨大な鎔鉱炉があり、小さなオジサン達が金床で熱された鉄をカンカンと金槌で打っている。

 そして床はちょうど真ん中を境に大理石と唯の石の床に分かれていて一人の美少女とオジサンが喧嘩をしている。

 話から察するとオジサンの方がドワーフでそのドワーフより長生きと自称する尖り耳の美少女がおそらくエルフなのだろう。


 何、この状況………。


 俺は言い合いをする二人を見ながらつくづくそう思った。

 だが、俺の目的はケンカの行き先を見届けることではなく、ティジェフさんに魔法を教わる事だ。

 俺は意を決して喧嘩をしている二人に話しかける。


「あの〜………」

「何?あれ?見ない顔ね………。もしかして魔法に興味があるの!?」

「バカ言え!武器に興味があるんじゃ!」


 更に喧嘩を始めようとする二人。俺はそんな二人を宥めて要件に入る。


「俺はナトス様の神子のフジサキ・モモって言います。ナトス様に言われてティジェフさんに魔法を習いに来たんです」

「ナトス様の?そんな話は聞いてないけど………。あ、私はフレイア。ここで魔法研究の第一人者をしているわ。それでこっちの髭だるまは………」

「………バイモンじゃ。ここで鍛冶屋のリーダーをしておる」


 明らかに不機嫌なバイモンさんにフレイアさんが笑いながら話しかける。


「残念だったわね。彼はこっち側のお客さん。ほら、さっさと自分の持ち場に戻りなさいよ!」

「………ふん」


 バイモンさんが仕事場に戻って行き、その場は俺とフレイアさんだけになる。


「え〜と………、モモ君だっけ?ティジェフ様に確認して来るからちょっと奥の応接室で待っててくれる?場所はナトス様の教会と間取りも一緒だし分かるよね?」

「あ、はい」


 俺が返事するとフレイアさんが奥の部屋へと行ってしまい俺も後に続いて奥の部屋へと向かう。

 マンションだろうがアパートだろうがそうなのだが、間取りが一緒でも内装が違えば部屋の雰囲気は変わって来る物だ。

 ナトス様の部屋は中世ヨーロッパ風の一般的な部屋だったのに対してこの部屋は大剣が壁に飾られていたり魔術研究の本が本棚にズラリと並べられていて、まるで一端の研究者の書斎と言う様なイメージを感じてしまう。

 ノーサスさんの所は捕まっててそれどころではなかったのでまた今度行く事があったら見てみよう。


「いらっしゃい〜」


 ソファに座って応接室の内装を堪能していると扉の音と共にそんな間延びした声が聞こえて来る。


「ナトスちゃんから話しは聞いてるよ〜」


 眠くなる様な喋り方にパジャマ姿の細身なメガネお兄さんが向かいのソファに座る。


「はじめまして〜。僕が知の神様の〜ティジェフだよ〜」

「………あ、はじめまして。ナトス様の神子をさせていただいているフジサキ・モモです」

「うん〜。よろしくね〜」


 喋り方といい格好といい、いいたい事は多々あるが今はそんな事はどうでもいい。

 俺が一番気になっているのは………。


「あの………頭にキノコ生えてますよ?」


 そう、頭に食べられるかは分からないがキノコが生えている。


「これね〜、非常食〜」

「それ食べるの!?」


 頭から生えたキノコをブチっと千切り取ってティジェフさんがそのキノコを俺に差し出して来る。

 非常食渡していいのか?、なんて事も思ったりはするが、とりあえず貰い物を断るのも失礼なので受け取っておくことにする。

 ………後でナトス様あげよう。


「えっと〜、魔法を覚えたいだったかな〜?」

「その………この世界って魔法がある世界ですしだったら俺も魔法使ってみたいな〜って。ほら、遠距離攻撃とかもあったら便利ですし」

「なるほど〜」


 納得してくれたのかティジェフさんは一枚の紙を取り出して机に広げる。

 動きも結構ゆっくりだ。

 紙を覗いてみればそこには日本などでよく見る五芒星が描かれていた。


「君にも分かりやすいように図を書いておいたんだ〜」

「それは………お手数おかけしました」

「いいよ〜。それより〜、魔法には五つの属性があるんだよ〜」

「五つの属性………。それってよくゲームとかで見る火、水、雷、土、風とかそう言う感じのですか?」

「そのままその通り〜。でも〜、君はナトスちゃんの印を貰ってるから〜、光の魔法も使えるよ〜」

「光の魔法?」

「悪魔とか〜、ゾンビとかのアンデッドに効果がある魔法だよ〜」


 なるほど、と頷いて俺は更に図形をよく見る。

 

「五芒星で描いたって事はやっぱり属性に有利不利があるんですか?」

「ご明察〜。火は水に弱くて〜、水は雷に弱くて〜、雷は土に弱くて〜、土は風に弱くて〜、風は火に弱いんだ〜」


 ふむ、凡そは俺の予想通りと言ったところか………。

 どうやらこの世界はファンタジーなゲームのテンプレを知っていればそこそこは何とかはなるらしい。


「そ、それで!どうやったら魔法が使える様になるんですか!?」

「う〜ん………。先に断っておくけど〜、一般的な魔力しか持っていない君には〜、中級魔法までしか使えないよ〜?それも〜、一発が限度だけど〜」

「そ、そうですか………」


 強い魔法で大立ち回り!、なんて事も夢があったからやってみたいとも思っていたが、できないものは仕方がない。


「それじゃ〜、練習に入ろうか〜。入って来て〜」


 ティジェフさんがそう扉に向かって語りかけると応接室の扉が開いて先ほど会ったフレイアさんが入って来る。


「失礼します」

「彼女が君に魔法を教えてくれるからね〜」

「そうなんですね。フレイアさん、よろしくお願いします」

「えぇ!どーんと任せなさい!それじゃあ行くわよモモ君!魔法の面白さを叩き込んであげるわ!」

「はい!」


 俺はソファから立ち上がってフレイアさんに頭を下げる。

 フレイアさんも何だか満足気に振り返り歩き出して、俺は足早に彼女を追うのだった。

 彼女を追ってたどり着いたのは、ナトス様の教会では物置として使用されている地下室だ。

 だがここの地下室は的や案山子が入り口から遠くの方にあちこちに刺さっている。


「ここは魔法の練習と作った剣の試し斬りができる訓練場よ。向こうには対人訓練室もあるわ。まぁ、ナトス様のところにも同じ設備はあるだろうから知ってるかもだけど」


 ありません。そんな設備があるなんて今まで知りませんでした。


 大方、ナトス様のことだから物置にしてる時間が長過ぎて本来何の部屋なのかを忘れたのだろう。


「それじゃあ始めましょうか。まず一概に魔法って言っても魔法には魔術と結界の二種類あるって言うのは知っておいてね。魔術って言うのは言葉によって魔法陣を描いてその場限りの効果を出す魔法のこと。こっちの方がよく使われてて魔法っていったら大体こっちの意味ね。結界は予め魔法陣を書いておいて魔力を流し込めばその分だけ動く永続的な魔法よ。主にキッチンやお風呂に使われているわね」


 確かにここに来てから何度も風呂に入ったが何処からお湯を沸かしているのか、それっぽい機会もなかったし疑問に思ってはいた。


 そう言われればかなり薄れてはいたが魔法陣っぽいものがあった気がする。


「これから君に教えるのは初級魔法と色々な便利な魔法よ」


 フレイアさんが手を案山子に向ける。

 次の瞬間フレイアさんの周りの空気が変わっていくのが分かる。


「我、フレイア・ラッセンディルの名においてかの物を燃やせ!ファイヤーボール!」


 見る見るうちにフレイアさんの掌に火花が集まって大きな火の玉を形作っていき、最後は勢いよく案山子へと突っ込んで行った。


「す、スゲェ………」

「………と、こんな感じで魔法を放つわけ。今のは初級魔法の呪文の火属性バージョンね。水バージョンだと燃やせが流せになるの」

「なるほど………」


 それから俺は一先ず初級魔法の呪文を全て教えてもらい一発ずつ試し撃ちをしてみた。

 火属性はさっき見せてもらった様に火球を撃ち出すファイヤボール。

 水属性は水球を撃ち出すウォーターボール。

 雷属性は雷球を撃ち出すサンダーボール。

 土魔法は土球を撃ち出すアースボール。

 風魔法は風球を撃ち出すウィンドボール。

 口上を変えれば別の魔法の初級魔法も使えるらしいが今はこれで十分だろう。

 便利魔法に関してはもっと簡単で呪文などは必要は無いらしく、魔法名を唱えれば魔法が発動する。

 フレイアさんに教わったのは索敵魔法と認識阻害の魔法と暗がりを照らす魔法。

 それぞれ魔法名はレーダー、ファントム、ライト。


「それにしても………言葉で魔法陣を描くって凄いですね。それって考え方を変えればどんな魔法陣でも描けるって事ですよね?」

「そう!そうなのよ!頭の硬い鉄一辺倒のドワーフとは違うわ!君は分かる子ね!」


 フレイアさんがはしゃぐ様に捲し立てる。

 楽しそうな彼女を見ていると何だかこっちまで楽しくなって来る気がする。


「人の役に立つ魔法の開発こそが、私達エルフの研究テーマなの!」

「大変そうなテーマですね」

「でも楽しいわ。試行錯誤してピタッと理論にハマった時の快感ったらないわね」

「あ、それは俺も分かります!」


 今まで習ったことを使った数学の応用問題を解き切った時、あれは本当に天国にも登る気分だった。

 きっと彼女もこんな思いなんだろう。


「流石ね!でも一つ注意して。魔法は相当才能がないと同時には使えないわ」

「分かりました。色々ありがとうございます」

「いいのよ。ここまで話しの合う人間も居ないしね」


 魔法の練習もそこそこに俺はフレイアさんと地上へと上がって彼女のお茶をティジェフさんと頂いていた。


「………美味しい。紅茶ってずっと苦いと思ってました」

「エルフの国のお茶は絶品だからね〜」

「よかったら何種類か茶葉持って帰る?」

「いいんですか?」

「いいのよ。私の話を楽しそうに聞いてくれたお礼」


 フレイアさんが飲み終わった俺のカップに注ぎ直して俺の隣の席へと座る。


「随分仲良くなったね〜」

「この子弟に似てて構いたくなっちゃたんですよ」


 ティジェフさんがティーポットを手に取って自身ねカップへと注いでいく。


「失礼します!」


 そんな最中、部屋にさっきのドワーフのバイモンさんが入って来る。

 その手には青白く光る二本の脇差とその鞘を持っている。


「や〜、バイモン〜。こっちに座りなよ〜」

「では………」


 ティジェフさんの誘いにバイモンさんが机に脇差二本を置いてティジェフさんの隣へと座る。


「え〜と………、その脇差は何なんですか?」

「これ〜?これはナトスちゃんに頼まれて僕がバイモンに作らせた君専用の武器だよ〜」


 俺は脇差の一本を手に取って刃を見る。

 すごくよく斬れそうだ。

 それにとても軽い。


「出来るだけ軽くしてくれと頼まれましたからな、ライトメタルを使わせて頂いた」

「唯のライトメタルじゃないよね〜?」


「流石、ティジェフ殿。確かに唯のライトメタルではありませぬ。東の魔霊山でごく稀に獲れるマジックライトメタルです」

「え〜〜〜〜〜!!!」


 バイモンさんの言葉に真っ先に驚いたのはまさかのフレイアさんだった。


「どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも………、マジックライトメタルはとっても珍しいのよ!?一グラムで十万エクセル!これだけで一千万は下らないわよ!」

「そうじゃな、値段にしたらおそらく二千五百万エクレルはするくらいの自負はあるわい」

「え!?そ、そんなの俺払えませんよ!」


 俺はゆっくりと脇差を机に戻してバイモンさんに返却する。


「代金は要らないよ〜。魔王に対抗できる神子だからね〜。その代わりに〜、今受けてる仕事を僕の神子と一緒に受けて来て欲しいな〜」


 まさかのティジェフさんの提案に金もない俺はただただ受け入れるしかないのだった。

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