5部

 あれから数日が経過した。

 あんな事があったと言うのにナトス様は俺を連れて毎日のように街の外での戦闘訓練を続けている。と言っても出て来るのはスライムばかりだから、数が居ないならもうそこまで苦労する事は無くなった。

 少なくとも逃げ回りスライムを爆発させそこら辺をクレーターにすることは減った。


「…………………」


 ナトス様はこっちをじっと見るばかり。特にいつもの様に野次を飛ばしては来ない。

 スライムを15体ほど倒した辺りでナトス様が頭をボリボリと掻きながら近付いてくる。


「今日はこれで終わりだ。帰って朝飯食うぞ」

「………はい」


 こんな調子で本当にスライムの数を元に戻せるのだろうか?

 そんな疑問を覚えながらも俺は大人しくナトス様に従って教会への帰路に着く。

 後は朝飯を食べて信者の困り事を解決しに出かける。

 最近はずっとこれの繰り返しだ。起きて、特訓して、街で仕事をする。

 まるで日本にいた時と同じような生活だ。

 別にそこに文句がある訳では無いが異世界だと言うのに元の世界と同じような生活というのも味気ない気がする。


「……………モモ。今日のオメーの仕事なんだけどよ、オメーもちょっとは戦いに慣れた頃だろ。だから今日はちょいと遠出して力の神子と一緒に最近できたゴブリンの巣を潰しに行って欲しいんだよ」


 心でも呼んだのかいきなりそう言い出すナトス様。

 ゴブリンと言えばこれまたスライムと同様ゲーム内の雑魚その1のようなイメージがある。

 或いはエッッッな冊子に出てくるイメージだ。しかし、スライムが雑魚で無かったのを考えればゴブリンだって雑魚ではないと予想はできる。油断は禁物だろう。


「わかりました。じゃあご飯食べたら準備してきます」


 結局飽くなき好奇心に勝る事はなく、俺は承諾した。


「あぁ。集合場所は東の門の前だ。多分もう向こうは待ってるな」

「今すぐ準備して来ます!」


 俺は急いで立ち上がり自室へと向かう。

 ベルトを巻いて剣を腰に差し、教会を飛び出す。

 何故そんな重要なことを言わないのか。俺はそんな事を道中で思いながら東の門へと向かうのだった。


「結構遅かったッスね」


 東の門の前で門番と会話をしていたチサトが俺に気付くや否や不機嫌そうに俺に話しかける。


「悪い」

「別に責めてるわけじゃないッス。………ハァ。ここで時間を潰すのが一番無駄ッスから行くッスよ」

「あ、あぁ………」


 俺達は挨拶もそこそこに早速門を潜って街の外へと出る。

 東の門から街を出れば少し遠くに小さな森が一つ見えるのだが、そこが今回の目的地だ。

 チサトの話によれば、あそこの森は別の街との行商ルートとしても使われているらしく、そのせいで知能があるゴブリンなどのモンスターがその荷馬車を襲う為に巣を作るのだとか。

 普段なら護衛などを雇うらしいのだが今は何処もスライムに手一杯らしく護衛を引き受けてはもらえないらしい。


「まぁ、そんなこんなで仕事がウチに回って来たッス。報酬は五万エクセルッスから山分けで二万五千エクセルッス」

「エクセルッス?それこの世界の金の単位?」

「エクセルッスじゃなくて『エクセル』ッス!」

「何も変わってねーじゃん」

「………もういいッス」


 チサトが拗ねたように外方を向いてしまう。


 いや、本当にエクセルッスに聞こえるんだもん。この前のおつかいも買ってたのはナスターシャだし………。

 ………そう言や俺この世界の常識とか何も知らないかも。


 俺はそんな事を思いながら別れ道に立てられた看板を見る。

 右に行けば行商の森が、左に行けばドワーフの街、ドヴェルグがあると書かれている。

 ………よくわからない文字で。

 そう。よくわからない文字なのに読めてしまうのだ。


「………そう言えばさ、俺ここに来てから言語に困った事無いんだけど。ラノベとか漫画だったら物語の都合上何故か文字も言葉も通じるモンだけどさ。現実じゃそんなこと絶対ないだろ?あれってどうなってんだ?」


 今まで何だかんだで流してはいたもののやはり気になってしまう。

 俺の疑問にもっともな疑問だ、とでも言いたいような感じでチサトが俺を見る。


「ノーサス様が言ってたッス。自分達の魂を転生させる上で自分達そっくりの器、つまり身体を作ったらしいんス。その身体の目と脳に自動翻訳の術式を組み込んだらしいッスよ」


「術式ィ?」


 術式と言えば二次元ではお馴染みの魔法陣を張り巡らせて力を発揮させるようなあれだろう。


「あの二人がそんな器用な事できるようなイメージないんだけど」


 片や全てを拳で沈めていそうな竹を割ったような性格の神様に、片や武の神とか言われるほどの髭面ゴリマッチョ。

 魔法陣のような繊細さを要する物をあの二人ができるとは思えない。


「そこは知恵の神ティジェフ様がやってくれたらしいッス」

「知恵の神………」


 俺がノーサス様と間違えた神様か………。


「お喋りはこれくらいにして早く森に行くッスよ。昼前までには終わらせたいッス」


 そう言ってチサトはさっさと右の道へと進んでいく。

 ようやく森の入り口へと到着したところで、チサトは持っていた荷物を下ろして近くにあった倒木に座る。

 それに倣って俺も荷物を置いてチサトと同じ倒木にできるだけ距離を空けて座る。


「それじゃあ作戦を立てるッス。モモさんができることは何スか?」

「俺ができる事?君ィ、モモさんの風貌を見てみなさいな。剣一本よ?寄って斬るしかできないっての」


「魔法とかは………?」

「全然ダメ。使い方すら分からない」


 ティジェフさんと言う神様の神子が魔法で山を吹き飛ばしたと聞いた時点で薄々気付いていたがこの異世界は魔法がありありの世界らしい。


「……………恩恵は貰ってるッスよね?」

「貰ってるよ。不死の恩恵」

「何か強そうッス」

「バカ言え。どんだけ苦しくても死ねないんだぜ?できるだけ恩恵には頼りたくないんだよ」


 恩恵で貰えたのはこの世界で生き残れると言う補償であって、決してチート無双の俺TUEEEEEEを実現する力ではない。


「そう言うお前はどうなんだよ。力の神子とか呼ばれるみたいだけどどんな恩恵を貰ったんだ?」

「自分は純粋なパワーッス。多分シロナガスクジラくらいなら持ち上げて向こうにポイっとできちゃうッス」


 ………シロナガスクジラの体重で科学的推定じゃあ200トンあるとかどっかに書いてなかったけ?

 それをポイっと?


「それ日常生活大変じゃない?」

「大丈夫ッス。一定条件下じゃないと外れないようにノーサス様が枷を付けてくれてるッス!」


 そう言うとチサトが両手の指貫グローブを外して俺に手首を見せてくる。

 確かにチサトの手首にはよく奴隷が着けていそうな枷が嵌められている。


「いや、これ………。別のデザインとか無かったわけ?」

「シュシュタイプとかもあったッスね。でもこれが一番気に入ったッス」

「シュシュタイプって………中世ヨーロッパ的な世界観じゃねーのこの世界?………まぁ、いいや。それで、その条件って言うのは?」

「ピーマンッス」

「ピーマン………?」


 ピーマンってあのピーマン?確か学名がCapsicumannuum'Grossum'のナス科トウガラシ属のあの?


「何故に?」


 ピーマンを食べてパワーアップ?

 何か別の野菜だけどそれ食べて強くなるとかは知ってるけどピーマン?


「嫌いな物は普段食べないタチッス」

「好き嫌いするんじゃありません!」

「制限時間は三分ッス!」

「ウルトラマンかよ!」


 嫌いなピーマン一個食べて三分のフルパワーとは割に合わなそう………、と思いながら俺は溜息を吐いた。


◇◆◇◆


 何はともあれ今はゴブリン討伐をしなければならないと言う事で先ずは死なない俺が敵勢力の偵察をすることになった。

 この森はとにかく高くて鬱蒼とした木々が生え揃っていて、左右前後も上空も見通しがかなり悪い。


 だからこそ索敵魔法や認識阻害魔法を習得必須事項と定めている行商人にとっては格好の隠しルートなのだと言う。


「え〜と、巣は………っと。あ、あれか………」


 俺は高い木に登って辺りを見渡してみる。

 田舎育ちだったからか木登りだけは得意だった。ついでに言うと視力も結構良かった。

 昔はよく山で一番高い木に登って風を感じては降りれなくなって周りの爺様方達に叱られたものだ。

 視力の良さを武器に高い場所からゴブリンの巣を観察する。見た目はよく見るゴブリンと言った所で緑の肌に原始的な服装が特徴だ。


「数は1、2、3、4、5、6……………10匹か。武器は見た感じ斧が7に弓が3………。これどうにかできんのか?」


 斧は戦ってみないとまだ分からないが勝ち筋なら少しくらいは見える。

 だが弓はどうだ。近距離しかいないパーティで遠距離は辛いだろう。


「考えろ俺。そして思い出すのだ、俺!受験の合間にやった縛りプレイ数々を………。先ずは弓の対処だな。正直やれる幅が少な過ぎて対処法が浮かばない………。最悪俺が盾になれば良いけどそれはマジの最終手段だ。俺も痛いのは嫌だし………」


 何やら会話をしているゴブリン達を眺めながら作戦を俺は口にする。と、言っても現状マジに俺が捨て身の盾作戦しかない。

 ………が、何なのだろうか。この朝学校に登校する時に感じる何か足りない感じのするイヤ〜な悪寒は。

 そう、この後ろから定期的に感じる生暖かい風。


 いや………、気のせいに違いない。だってここはめーっちゃ高い木の上だし。

 ここに息が届く魔物なんて早々いる訳が………。


「よーし、落ち着こう。まずは深呼吸ね。はい、ヒッヒッフー。いや、これはラマーズ法!さぁ、緊張が解れた所でいざ!」


 自身の鉄板ギャグをかまして笑いで緊張を解して勢いよく振り向く。

 端的に言おう。気のせいではなかった。

 そこに居たのは明らかに怒っているであろう超でかいゴブリン。


「あ………、お宅覗いてすいませんでした。直様退散するのでその怒りを収めていただけると幸いです」


 俺はスルスルと木から降りてチサトのいる方向に向かいながらその場を去る。


「グァァァァァァァァァァァァァ!!!」

「ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 咆哮と共に超でかいゴブリンが俺に向かって走り出す。


「あぁもう!何でこんなことになるんだ!つーか、あんな巨大で足音一つなく背後に忍び寄るとか何だあいつ!」


「ギャギャ!ギャギャ!」

「しかも何か巣にいたゴブリンも気付いて追って来たし!」


 おそらくさっきの咆哮が原因だろう。

 後ろからヒュンヒュンと弓が飛んでくる。


「現在進行形で俺のジュニアもヒュンヒュンしております!誰かお助けェェェェェ!!!」


 ようやく出口への光が見えた。

 しかし………。


「ギギ!」

「!」


 すぐ横を何か黒い物体が飛んできて木の幹に突き刺さる。

 だがそれを確認しようとする前に鋭い痛みに襲われ、それと共に右肩から赤い液体が飛び出して顔に飛び散ってくる。

 その赤い液体は木の幹に刺さっていた血の付着した斧と後ろの唯一斧を持っていないゴブリンを見て今の俺の状況が分かった。

 俺はゴブリンの槍の投擲により右の腕を切り飛ばされたのだ。

 

「いってぇぇぇぇぇ!!!」


 俺は右肩から吹き出す血を抑えながら無様に地べたに這いつくばって唸る。

 油断していた、と言うのが正直な感想だ。ゲームの世界じゃないんだからゴブリンがプログラミングに沿った行動なんてあるはずも無い。

 ゴブリンが雑魚では無いと予想できていたのだから投擲だって予想がある程度できたはずなのだ。なのにそれを注意しなかったのは間違いなく俺の慢心だ。


「あぁ、クッソ。しくった………」


 これじゃあきっとチサトと共闘したとしても俺は彼女の足手纏いにしかならないのだろう。

 だったら今ここで少しでも敵を減らしてチサトの負担を減らした方が良いはずだ。

 勝ち目のない戦いに挑もうとするのも、実力に見合わない事をしようとするのも辞めろ。そんなのはマヌケがする事だ。

 ナトス様の言葉が頭で反復する。確かにこれでは俺に勝ち目なんてない。某フランス人騎士の三択問題も確実に三番だ。やはり現実は非情である。


「………だから、どうした」


 ナトス様の言葉を頭から振り払って俺は痛みを我慢しながら立ち上がる。


「マヌケ上等!俺にできることがこれしかないなら捨て石だろうが囮だろうが肉壁だろうがやってやる!テメー等覚悟しやがれよ。テメー等にとっちゃあ俺は唯のカモかもしんねーけどな、カモでも爪痕は残してやるぜ!」


 俺は左腕で剣を握ってまずは斧を投げて来たゴブリンに向かって走り出す。

 

 超でかいゴブリンが俺に拳を振るってくるが、何とか紙一重で避ける。しかし、パンチの風圧が強くて飛ばされそうだ。


「ちょ!ただでさえ利き手じゃない左腕で剣持ってんだからあんまバランス感覚が狂うようなことするんじゃねーよ!でも………」

「ギイ!?」


 バランスが少し崩れたおかげで斧無しゴブリンの懐には入り込めた。


「ありがたく右腕の敵は取ってやるぜ!」


 斧無しゴブリンを殴り飛ばして落ちて倒れた所に剣を一突きして息の根を止める。

 後ろから斧で襲ってくる二匹のゴブリンを目視してゴブリンの死体から剣を抜き剣を縦に一回転。

 剣の腹に当たって吹っ飛ばされた二匹のゴブリンが木にぶつかる。

 運悪く打ち所が悪かったのだろう、二匹とも動く事はない。もっとも、俺にとっては運が良いことだが………。


「手首イッテェ!」

「グリィ!」


 手首の痛さに悶える俺に再び超でかいゴブリンが覆い被さるように襲いかかってくる。

 最早避けることはできそうにない。


 だがそれでも三体は減らした。惜しむらくは弓持ちゴブリンを一匹も殺せなかった事か………。


「………いや、避けれはしねぇけどまだできる事はあるか」


 俺はそこ等辺にあった小石を手に取ると思いっきり超でかいゴブリンに投げる。


「グァ!?」


 その小石がまた運良く超でかいゴブリンの右目に直撃して奴が悶え始める。


「ギャギャ!」

「ギャァァァ!!!」


 痛みで大暴れの超でかいゴブリン。後ろで俺の最期を楽しみに待っていた残りのゴブリン達がまるで虫ケラの如くプチっと潰されていく。

 これで本当に俺の役目は終わりだ。もう頭上に奴の足が降りて来ている。

 身体がペシャンコになっても生きてるってどんな感じなのかな………、などと既に戦闘の事なんて頭から捨て去って不安事項に思いを募らせる。

 だが、奴の脚が俺に届く寸前で何故か軌道がそれで俺の横スレスレに倒れてしまう。

 何があったのかと聞かれてしまえば、結局あの三択問題の答えは二番だったと言う事だ。


「お待たせしましたッス!叫び声が聞こえてからピーマン食べ終わるまでに三分経っちゃいましたけどソラサト・チサト只今参上ッス!」

「………いや、助かった」


 ピーマンを食べるのに三分もかかったことに関しては聞かないでおく。


「それにしてもコイツ、ゴブリンロードじゃないッスか」

「ゴブリンロード?」

「極稀にゴブリンの群れのリーダーが進化してゴブリンロードになるんッス」

「この世界モンスターの進化とかある世界観なんだ………」


 新たな真実に目を見開きながら頭の吹き飛んだゴブリンロードの死体に目を移す。

 俺の何倍もある巨体。歩くだけで地鳴りや揺れを感じそうだ。

 やはりこの巨体で足音もなしに背後に迫って来るなんて不可能か気がしてならない。


「なぁ、コイツって何か特殊能力とかあんの?」

「特に無かったような気がするッス。何か気になることでも?」

「いや………何でもない。多分気のせいだ」


 しかし、今考えたところで分からないものはわからないので、俺はとりあえず疑問を頭の片隅にへと追いやることにした。


「とにかく、これで全部ッスよね?」

「そうだな。何匹かゴブリンロードにぺちゃんこにされたけど………」


「まぁ、数は把握されてなかったし大丈夫ッス。でも討伐の証としてゴブリン達の親指だけは取ってほしいッス」

「うへ………。マジで?」


 ナイフでゴブリン達の親指を切り取るチサトを見て、転生者にしてはこの世界に馴染みすぎだろ、なんて思いながら俺もチサトを手伝う。


「何はともあれこれで二万五千エクセルは貰えるんだな?」

「今、エクセルって言ったってッスね?」

「あ………」


 こうして俺は二万五千エクセルと共にチサトの健康的な拳を貰うことになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る