間章

「ジーク! ジーク、どこだ!」

「おとーさん!」


 大魔女アイネが変異した魔獣を打倒してから幾ばくか後。

 大型の浮遊機体に乗って、ドクやイグレシアの町の住人がやってきた。

 ドクをはじめとして行方不明の子供の親御さんたちは、自分の子供の姿を見つけて狂喜乱舞している。


「よかったですね、ガルムさん」

「ん? あぁ、そうだな」


 ガルムは鎧の奥からくぐもった声を漏らす。


「呪いもほとんど解けたんですから兜ぐらい取ったらどうですか?」

「アホか。呪いが解けようが、俺がお尋ね者なことは変わらねぇよ。それに、呪いが解けたせいで手配書の顔に戻っちまったから無理だ」

「大魔女アイネが死んだんですから、手配も取り消されるんじゃないんですか?」

「今までは冤罪だったが、俺がアレを殺したのは事実になった。何も変わらんだろうさ。それに……」


 ガルムは、いら立ちに奥歯を軋ませる。

 大魔女アイネは打倒した。

 だが、ガルムが倒すべき敵はまだいる。


「まだあの男が、騎士団長クレールスが残っている。あいつがいる限りは、俺はお尋ね者のままだろうさ」

「――――せやろなぁ」


 背後から二人の会話に急に割り込む声がある。


「うわぁ、ルナール! 大魔女アイネの敵討ちにでも来たの!」

「その反応、傷つくわぁ。ボクはお礼を言いに来たんや。ほら、闇の聖剣もベオ先輩のおかげでこのざまやし」


 そういって、ルナールは鞘ごと聖剣を見せつける。

 そこにあったのは、コアにひびが入り、刀身も折れた闇の聖剣の姿だった。

 確かにこの状態では、ほぼ万全な状態のガルムに勝てるわけはないだろう。


「では、改めて。大魔女を倒してくれてありがとうな、ラティアちゃん、ベオ先輩」

「……その言い様。テメェ、やっぱり手加減してやがったか」

 

 獄炎竜との戦いで戦死した先代の闇の聖剣の担い手を、ガルムは知っている。

 先代はルナールよりは直接的な攻撃を用いるタイプの男だった。

 担い手によって戦い方や力の使い方こそ違えど、聖剣の機能として同じことは可能なはずだ。


「まさかまさか、アレは今の私の本気でしたよ?」



 ルナールはそう嘯く。

 だが、先代と同じ戦い方をされていたら、ガルムは勝つことはできても、大魔女と戦う前に力尽きていただろう。

 それをしなかったということは彼女には、ガルムに大魔女を倒してほしい理由があったのだろう。


「食えねぇ奴だ」

「――――ガルム、こんなところにいたか!」


 ルナールに対する警戒感の解けないガルムを呼ぶ声がある。

 それは、ドクだった。

 ガルム達が救い出したジーク君を背に背負いながらこちらに駆けてくる。


「何の用だ。もう子供を見失っても助けてやらんぞ」

「もう二度と離さんよ。そうじゃなくて、つかまってた子供たちの親御さんがお前にお礼を言いたいそうだ。ぜひ来てくれ」

「いや、俺は……」


 ガルムは反射的に躊躇した。

 自身の正義に従って行動したとはいえ、ガルムはお尋ね者だ。

 5年間の逃亡生活もあり、他人とどうかかわっていいかの距離感が思い出せない。


「ガルムさん、行ってきてください。これはあなたの選んだ道の結果ですから。あなたの行動は間違っていません、誇っていいんです」

「しかし……」


 そんなガルムをラティアは鼓舞する。

 だが、それでも凝り固まってしまったガルムの心は動かない。


「ほらほら、ベオ先輩! 遠慮せず行ってください!」


 どん、とガルムはルナールに強く背中を押される。

 大男を突き動かすほどの強引な力技でガルムはようやく動き出す。

 しぶしぶという感じてはあるが人だかりへと一歩を踏み出した。


 ******


 子供たちにお礼を言われ、親御さんに感謝され、ガルムは困惑している。

 だが、冤罪を受ける前の彼は弱きを助ける騎士であり、5年前の彼の選択の結果がこれなのだ。

 この程度の報酬は受け取るべきだろう。


「で、ルナール。わざわざガルムさんを遠ざけて、私に何か用?」

「別に? 恩人を救えてよかったなぁ、ラティアちゃん」


 その言葉に、ラティアは一瞬固まる。


「……知ってたの?」

「そりゃ、知らぬは当人ばかりや」


 やれやれと芝居がかったしぐさでルナールは首を振る。

 

 五年前の事件で、唯一救われた少女がラティアだった。

 そして、自身を救ってくれた恩人が大魔女アイネに呪われていると知って、彼女は誓ったのだ。絶対にこの恩は返さなければならないと。

 そして、彼女は自身を救ってくれた人と、その人を救う方法をこの五年間探し続けてきたのだ。

 

「ベオ先輩がラティアちゃんに気付いとらんのは、さすがというか、朴念仁極まれりというか」

「あの人にとっては、私なんてたくさん救った人のうちの一人でしかないから」

「ふーん。ま、どうしようと勝手やけど、後悔はせんようにな」

「そうね、私にはまだやらなければいけないことがある……」

 

 ラティアは恩人を死の危機から救い出せた。

 だが、それだけだった。

 

「ガルムさんの症状は一時的に収まってはいます。でも、まだ根本が解決してない。だから、私は私にできることをやるわ」

「さよか。じゃあ、ボクもボクにできることをさせてもらおうかな」


 ルナールはそう言うと、大地に突き刺さったままになっている剣を引き抜く。

 それは朽ち果てた魔剣クロノミリアの残骸。

 それをどうする気か、とラティアが問う前にルナールは口を開いた。


「ラティアちゃん。君らはジルバリオへ行くとええ」

「ジルバリオ……、最前線の町」

「そうや。ベオ先輩を救うには魔結晶がいるんやろ? 竜種のものがあるかは知らんけど、魔結晶の取引が一番盛んなのはディアマンテやなくて、ジルバリオや」

「ルナール……、ありがとう」


 彼女の真意はさっぱりわからない。

 だが、この言葉だけは彼女なりの善意なのだろう。 


「じゃあ、ボクはこのあたりで。大魔女が死んだこと報告せんとあかんしな。これは証拠にもらってくでー」


 軽く手を振ると、ルナールは闇に溶けるように消えていった。


******


 城塞都市ディアマンテの中枢。

 騎士団長クレールスの執務室をルナールは訪れていた。


「てなわけで、力及ばず私はガルガンディウム・ベーオウルブズに敗北し闇の聖剣は破損。その後、大魔女は殺されました」

「――――なんだと?」


 聞くものが聞けばひっくり返りそうな事実。

 さすがに聞き捨てならなかったのか、クレールスが書類をめくる手が止まった。


「あと、かなり破損していましたが魔剣クロノミリアは回収しました。まぁ、これを扱える騎士がいるとは思えませんが」


 ルナールは、大魔女アイネの遺品ともいうべきその剣を机に乗せる。

 有機的な曲線を描く刀身はぼろぼろに砕け、コアたる魔結晶もひび割れている。

 

「あ、ああぁああぁ……」


 うかつに触れば、塵へと帰ってしまいそうなそのひと振り。

 クレールスはその剣を、死した思い人の亡骸に触れるかの如く繊細に触れる。


「――――――フフフフ、ははははははははっ、ハハハハハハハハハハハハハっ!」

「ど、どないしました?」


 唐突に、狂ったかのように笑い続けるクレールスに、ルナールは問いかける。

 クレールスは大魔女に心酔していた。

 その憧憬の対象が死んだ事実に心が壊れたか、と。

 ルナールは、クレールスの様子を確認しようとその顔を覗き込む。


「――――っ」

 

 ぎょろり、とルナールを見据えるクレールスの瞳は爛々と輝いていた。

 その異様なまでの輝きに、ルナールは知らず一歩後ずさる。

 ひとしきり笑ったのち、憑き物のが落ちたかのようにクレールスは騎士団長の顔を取り戻した。


「ルナール・ヴィンシュティレ。貴様は護衛対象である大魔女アイネを守れなかった。そのことに対する償いが必要だ」


 唐突にそんなことを言い出した騎士団長にルナールは警戒せざるを得ない。

 今のクレールス・アーデルハイドは何をしでかすか分からない空恐ろしさがある。


「任務に失敗した者をいちいち処罰していたら、誰も騎士団に残りまへんよ?」

「何を勘違いしているか知らぬが、貴様を殺しても留飲も下がらん。貴様には、最前線ジルバリオへ赴いてもらう。これを読んでおけ」


 そういって、騎士団長はルナールへと書類の束を放る。

 それは作戦計画書。

 数年前から立案されては却下され続け、お蔵入りしていたものだ。


「……今この状況で、正気ですか?」

「あぁ、いたって本気だ。今こそ、暴風竜ティフォンを討伐する。貴様は先遣隊として動け。今すぐにだ」

「――――承知しました」


 ルナールは不満そうな顔を隠そうともしなかった。

 だが、その決定が覆らないことを知ると、ため息交じりに応答し部屋を退去した。


 月夜に照らされた部屋に魔剣のコアが怪しく輝いた。

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