第17話 聖剣の魔女と聖剣の騎士

「――――聖剣〈ダンバイス〉起動」


 その宣言に従って、ラティアの剣が己が役目を果たすべく起動する。

 聖剣からあふれ出した七色の輝きは、獄炎竜の魔結晶を包み込む。

 聖剣の輝きに包まれてなお、圧倒的な存在感を示し赤く輝く魔結晶。

 ラティアが魔結晶に手を添えると、それはふわりと宙に浮かんだ。


「――――魔結晶の属性漂白」


 赤く輝いていた魔結晶の色が一瞬にして褪せ、完全に消え去る。

 それは、ガルムの体に巣食う祝福の結晶とは真逆の純白の輝き。


「――――鋳造開始、相殺機構付与」


 言葉に応え、魔結晶が形を変えていく。

 否、魔結晶からあふれ出した輝きが形を成していく。


「――――再生機構付与」 

 

 其れは剣としては歪な形状をしていた。

 柄も鍔もあるというのに、刃が異様に短い。

 そして、短い刃の先端がまるで音叉のごとく先割れている。


「――――鋳造完了」


 ラティアの言葉に合わせて、光の塊は実体を為す。

 其れは、純白の魔結晶をコアに据えた、刀身が白銀に輝く短剣。

 ラティアがガルムを救うために作り上げた最高傑作。


「ガルム! 受け取って!」


 こちらの言葉が聞こえているかどうかを、気にしている場合ではなかった。

 ラティアは剣をガルムへ向けて全力で投擲した。


「っ!?」


 まるで自身の体を求めるかの如く、ラティアが投擲した以上の勢いで、剣はガルムに向けて突き進む。

 そして、盛大な音を立て、呪いにむしばまれるガルムの体を貫いた。


「――――封印剣〈ソキウス〉起動!」


 この剣に託された使命は三つ。

 祝福の結晶の相殺と吸収、そして呪われた部位の復元。

 ラティアの言葉を受け、この世に立った一振り、ガルムのために鋳造された剣が起動する。


 そこから起きたことは劇的だった。

 右半身を超え、左半身を半ばまで蝕んでいた呪いが、その浸食をピタリと止める。

 そして、封印剣に吸い込まれるようにガルムの体を蝕む呪いが消えていく。

 左半身から、右半身へ向かって。

 右足のつま先から胴体に向かって呪いの象徴たる結晶が解けていく。

 

 それに比例して封印剣はその刀身を伸長させていく。

 短剣、小剣、騎士剣、大剣。

 身の丈を超える刀身にまで、みるみるうちに膨れ上がっていく。 

 そして、呪いの中心である【祝福の結晶】を残すのみとなった段階で、呪いの浸食と、剣の解呪が拮抗した。


 その拮抗はどれほど続いただろうか。

 まるで生物のように脈動し、震え、呪いを吸収し続けた封印の剣。

 だが、限界を迎えたのか、パキン、と音を立てて、ガルムの体に突き刺さった刀身が砕け散った。


「そんな! 足りないかったの!」


 たった一回のチャンス。

 ラティアはそれに失敗した。

 後悔と無力感に目の前が真っ暗になりそうになる。


「――――いや、ここまでやってもらえれば十二分だ。ありがとう、ラティア」


 ガルムは自身に突き刺さった剣を抜くと魔女に向き直る。


「待たせたな、大魔女アイネ。俺の本気を見せてやる」


 そこには、呪いを気にして全力を出せない男の姿はなかった。


「ま、待て! ワシを殺しても、お主の呪いは解けんぞ!」

「かもしれないな。だが、それがどうした? 俺は呪いを解きたいとかそういう理由で貴様を殺すんじゃねぇよ!」


 ガルムは遠慮なく、全力で聖剣の力を引き出し始める。

 かつて、騎士団員だったころのように。

 否、それ以上の、全盛期を超えた力が湧いてくるのを感じる。


「オマエが死ぬのは、罪なき人々をその手にかけて顧みないからだ」

「ふざけるな! たったその程度のことでワシを殺すのか!」

「これだけの罪を、その程度というから殺すんだよ、このクソ野郎!」


 励起された生命の聖剣の出力が魔剣のそれを上回り、均衡が崩れる。

 互いが展開した生命力を奪う空間は解除されていない。

 自然、魔女の体から、精気が、生命力が見る見るうちにが抜けていく。


「ぐぁあああああああっ!! ふざけるな! ふざけるな! この儂が、大魔女が!この程度のことでやられてたまるか!」


 半ば半狂乱になった大魔女は、何を考えたか魔剣を自らの体に突き刺した。


「――――なっ!?」

「魔剣〈クロノミリア〉よ! 我が身を喰らいて力となせ!」


 大魔女の体を包んでいた鎧装が魔剣に吸収されていく。

 それと同時に、魔剣から発生した暗い緑色に染まった結晶状の物体が、魔女の体を覆いつくしていく。

 それは、おそらくガルムの体を覆いつくしていた呪いの浸食と同じ何か。

 そして、ガシューの時と、魔剣ジェロージアと同じ現象。

 魔剣が担い手に与える最後の力。


「それは呪い! もしやその体は、魔獣か!?」


 かつて大魔女だった何かは、自身に突き刺さった生命の魔剣を無造作につかみ、引き抜いた。

 魔剣の刀身は先程よりもより禍々しく、有機的なフォルムを伸長させている。

 ガルムを超えるサイズにまで肥大した、人形の魔獣にはお誂え向きのサイズだった。


「さぁ、これこそが我が魔剣の真骨頂。ガシュー程度の担い手では使いこなせなかったようじゃが、本気で行かせてもらおうか!」


 ******


 生命の力を司る剣の担い手の戦いは、余人の目にはとらえられないほど高速で展開した。


 圧倒的な身体能力の強化による、人外の速度の戦い。

 ひとたび剣が振るわれれば、剣圧で周囲が切り裂かれ、敵へ向かうための踏み込みに、大地が砕け悲鳴を上げる。


「クロノミリアよ! 命を喰らえ!」


 大魔女は、魔剣〈クロノミリア〉を励起させると、魔剣はその刀身を震わせ脈動する。

 先程までとは比較にならないほど強い倦怠感と、自身の体が引き寄せられるような感覚。

 ガルムは同じく聖剣を励起させて、攻撃の影響を中和していく。


 そんなやり取りの最中にも、斬り合いは続く。

 大魔女はお世辞にも剣術が、近接戦闘が上手いとは言えない動きだ。

 だが、魔剣から引き出された絶大な力で、無理矢理ガルムの技量を踏みつぶそうとしている。

 

 ガルムは最上位の魔獣じみた、これまでより数段早い敵の動きを、技量と経験で補い、いなそうとしていたが、


「――――がっ!?」


 相手の攻撃を受け止め、いなすだけで全身にダメージが蓄積していく。

 普段ならばどうということのないダメージ。

 だが、互いに生命力を奪い合っている都合上、普段よりも聖剣による補助は期待できない。

 そして、少しでも気を抜けば一瞬でミイラにされてしまう状況下で、自身よりも速く、重い攻撃を絶え間なく繰り出され続けている。


 だが、十合近く斬り合ったことで見えてきたこともあった。


「なるほどな!」 

「――――っ!?」


 魔女が魔剣の真の力を発揮してから初めて、ガルムが相手の攻撃をはじき返した。

 その事実に不信感を感じた大魔女は距離をとる。


「お主! 何をした!」

「別に、戦い方をオマエに合わせただけだ」

「減らず口を!」


 二度、三度。

 大魔女だった存在は、圧倒的な速度でガルムに斬りかかる。

 だが、ガルムはその攻撃のことごとくを華麗に躱した。


 人の姿をしているから勘違いしていたが、あれは魔剣によって変貌した魔獣だ。

 ガシューが大蛇に変貌したように、大魔女もその身を人型の魔獣に変えることで純粋な出力を上げただけだとガルムは判断した。


 魔獣は人よりも力が強く、足が速く、強靭な肉体を持ち、超常現象を発生させる。

 だが、ただそれだけだった。

 その程度の存在なぞ、ガルムは星の数ほど打ち倒してきた。


「残念だったな、踏んだ修羅場の数と地力が違うんだよ」

「おのれ!」


 音をも置き去りにした速さで打ち込み始める大魔女。

 だが、ガルムはその攻撃をひらりとかわす。

 如何に人外の速度であっても、如何に力が魔獣を超えても、攻撃が単純で単調では魔獣にすら劣る。


「慣れない近接戦闘なんかするから、さっきよりも弱いぞ! 得意の魔術はどうした?」


 もともと近接戦闘に馴れていない大魔女の攻撃は単純で単調で、非常に読みやすかった。

 ガルムが苦戦していたのは、人を相手にするときと同じように攻撃を受けたり、いなそうとしていたからであった。


 攻撃をかわし、機先を制し、相手の力を利用し、相手が攻撃を受けざるを得ないように攻め立てる。

 魔女は生命の魔剣の力を行使しているというのに、自分が傷つくことを恐れてか、ガルムの攻撃を無駄に防ぎ躱してしまう。

 その傾向を読み取ったガルムは、相手の行動の選択肢を狭め、行動を誘導することで、相手の行動をより読みやすくする。

 そうして、戦いを徐々に自身に有利な方向へと誘導していく。

 押しているのは自分のはずなのに、攻撃は全く通らない事実に、大魔女はいらだつ。

 

「黙れ! ならば、この魔剣の持つ最大の力で貴様を葬ってくれるわ」


 ガルムの攻撃を打ち払い、大魔女は後退する。

 そして、魔剣を掲げると、力を収束させ始める。

 自身の力だけでなく、周囲に存在するすべての生命から力を奪い、己が力に変えていく。


「それを――――、待っていた!」


 だが、その大きな隙を黙って見ているガルムではなかった。

 相手が膠着を嫌って大技に逃げるのを読んでいたガルムは、相手の意識がそれる隙をついて、人間の限界を超えて体を駆動させる。

 風を超え、音を超えたその動きは、人の認識できる速度を超えて、大魔女へと肉薄する。


「しまっ……!?」

「さぁ、喰らえよ、俺の全力!」


 気づいたときにはもう遅い。

 ガルムは掲げられた魔剣ごと、大魔女の両腕を切り飛ばした。

 だが、これだけでは止まらない、止められない。

 相手が生命の魔剣を使っている以上、半端な攻撃ではすぐに復活される。

 それはガルムが一番よく知っている。

 ゆえに、無防備になった首を斬り、続けて袈裟斬りにして胴体を叩き切る。


 まだだ、まだ止まれない。

 人を殺すならこれでいい。

 だが魔獣を殺しきるのならば、首を落とすとか、心臓を潰すだけでは駄目だ。


 ガルムは【命瞳】を起動し、生命を感知するための視界に切り替える。

 頭と、心臓以外にもう一つ。

 大魔女の胸に中心に、ひときわ強く輝く輝きを感知する。

 すなわち、それこそが魔獣としての大魔女の中心。


 その一点めがけて、ガルムは剣を突き刺した。

 ガキイィン、と今まで感じたことのないような硬質な感触を刃を通して感じる。


「くたばれぇええええええええええぇっ!」

「やめろ、やめろ、やめろおおおおおおおお!」


 斬り飛ばした首から断末魔の声が響く。

 だが、今のガルムにそんな雑音は聞こえない。


 ここで終わっていい。

 これを討ち滅ぼすためならば自身の命などいくらでもくれてやる。


 その意志に聖剣が応えたか、はたまたガルムの執念か。

 ピシリ、と胸の中心から大魔女の体に一筋の亀裂が入り、それが無数に広がっていく。

 そうして、亀裂が全身を覆いつくした瞬間、大魔女だった存在は、ガラスが割れるような音を残して、細かな結晶に砕け散った。

 跳ね飛ばされた両腕は虚空に消え去り、生命の魔剣だけが残された。

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