第16話 唯一の勝機
立ち入ったものの生命を奪い去る死の世界は、同心円状に広がっていく。
二人を中心に木々は死に絶え、草木は枯れていく。
「子供達だけでも何とかしないと……」
ラティアは防御用の結界を張り、子供たちを戦場から遠ざける。
だが、出来たのはそこまで。二人の戦いに介入できなかった。
正しくは介入しようとしたが、大魔女へ向けて放った魔術は一瞬にして霧散した。
おそらく、魔剣と聖剣に喰い尽くされてしまったのだろう。
生命の聖剣〈オムニス〉と、生命の魔剣〈クロノミリア〉。
大魔女曰く、生命力とは魔力の根源であるという。
あの二人の争う空間では、魔術はより根源的な力に還元されてしまうのだろう。
「なんで獄炎竜の魔結晶を大魔女が使ってるのよ……」
本当はガルムがあそこまでマズイ状態になる前に、大魔女が所有しているはずの特大の魔結晶、獄炎竜グラナティスの魔結晶を拝借するつもりだった。
だが、大魔女の右手の籠手には禍々しく魔結晶が光り輝いている。
騎士との戦いに備えた、近接戦闘の補助のためだろうか?
ラティアがまごついている間にも、ガルムの身を蝕む呪いは、その身を喰らいつくそうと、浸食するスピードを強めている。
今もガルムと大魔女が争う空間は、立ち入るだけで命を削られる死の領域。
結界を張らなければ一瞬で生命力を奪い尽くされかねない。
「やるしかない……!」
ラティアは全力で駆けだし、領域の境界線を越える。
一歩踏み込むたびに、ごっそりと力が抜けるような感覚。
あらかじめ張った結界すら気休めにしかならない苦境。
ここから先は気合と時間の勝負。
「――――とどけ!」
互いを串刺しにし、生命力を奪いあうガルムと大魔女アイネ。
一瞬の油断が死につながる二人に、それ以外を見据える余裕などない。
ゆえに、ラティアの手は届くかに見えた。だが……、
「こざかしい真似をするんじゃないよ、ラティア!」
「――――――ガはッ」
瞬間、今までに数倍する重圧。
ガルムとの死闘すら、大魔女にとっては余裕があったのか。
今まで戦いの余波を耐えていただけのラティアに向けられた、本気の殺意。
生命を簒奪する一撃に、守りは砕け散り意識を持っていかれそうになる。
「何してんだこの馬鹿!」
大魔女アイネの攻撃の矛先が変わったことにより余裕ができたか。
ガルムは、自身を貫く剣を無理矢理振り払うと大魔女を蹴飛ばし、仕切りなおす。
ガルムは大魔女に対抗して展開していた領域を一時的に解除する。
「……大魔女の右手です。右手を狙ってください」
「何言ってんだ! とっとと逃げろ」
ラティアの必死の言葉にも、ガルムの視線は大魔女へとむけられている。
その視界を強引にラティアは遮る。
「右手に獄炎竜の魔結晶があります。アレを落としてくれれば、私がガルムさんを必ず勝たせます」
ガルムは苛立たしげに彼女を振り払おうとした。
だが、ラティアの真に迫った表情が目に入る。
「――――わかったよ、やってやる」
ラティアの頭を軽く小突くと、ガルムはその場を後にした。
******
「何を狙っておるか知らぬが、作戦会議は仕舞いかの?」
「ぬかせ!」
どちらからともなく、戦いの火ぶたは切って落とされる。
当然のように、生命を簒奪する領域が展開される。
そして、その上での戦いが始まる。
仕切り直しは魔女にとっても有難かったのか、戦いの様相は先程までとは全く異なる形となった
大魔女が右手をかざせば、それだけで宙に紋様が現れる。
魔法陣が、大魔女の背後を埋め尽くすほどに無数に顕現する。
回転し輝き始めた魔法陣は、臨界を迎えると極大の魔術を放出する。
「チッ、こざかしい!」
魔術の種類は多岐にわたった。
炎弾、水弾、光弾、岩石弾。
風刃、水刃、影刃。
そしてそれらの複合による強力な魔術の連打。
「魔女に隙を与えた貴様の負けよ、ベーオウルブズ!!」
避ける隙さえ与えぬ絨毯爆撃。
魔獣や並みの騎士相手ならば必勝とも言っていい連撃。
「――――相も変わらず対人戦が下手クソだな」
だが、ガルムは始原の七聖剣がひとつ、生命の聖剣〈オムニス〉の担い手。
最強の剣を担う、最強の騎士だ。
そして、己が使命を果たすためなら死すら恐れぬ不退転の男だ。
ガルムは攻撃を避けることを考えていなかった。
いかに自身の体へのダメージが最小になるか、いかに大魔女の元へ早く辿り着くか。それだけを計算して、弾幕をかいくぐっていく。
氷弾が肩に突き刺さった。
影刃が大腿を切り裂いた。
炎弾が頬を焼き、水刃が腹を切り裂いた。
無数に殺到する攻撃がガルムの体を滅多打ちにした。
痛みが脳髄を焼き、受けた衝撃にバランスを崩す。
「ッ!!」
だが、それだけだ。
唸りを上げる生命の聖剣は、ガルムが負った傷をことごとく癒していく。
ガルムの足が止まらぬように、その刃が敵へ届くように。
強引に引き出した力は、ガルムの呪いを進行させる。
胴体のほぼすべては結晶と化し、残っているまともな部位は頭部と片腕ぐらいだ。
残された時間は少ない。
最短距離で砂塵と爆炎を潜り抜け、ガルムは大魔女アイネの眼前に飛び込んだ。
「そう来ると思っておったわ!」
待っていたとばかりに大魔女は左手を大地にたたきつけ、右手を虚空に振るう。
瞬間、現れたのは無数の鎖。
光の鎖が、木の根が、岩の鎖が、影の触手が、四方八方からガルムへ殺到する。
その大半をガルムは叩き落とすが、対応しきれなかったものに四肢を封じられた。
「はははは、無様じゃの! これで詰みじゃ!」
大魔女アイネが右手を振るうと、それに従って無数の刃がガルムに襲い掛かる。
額が割れた。
右腕が聖剣ごと宙に舞った。
左脚が切断された。
腹が裂けて内臓が飛び出した。
「――――だからテメェは戦いが向いてねぇんだよ」
だが、その程度ではガルムの闘志は揺るぐはずもない。
生命の聖剣の担い手相手に、その程度の攻撃は意味をなさない。
首を飛ばし、心の臓をつぶさなかった甘さが命取りだ。
「来い! 聖剣〈オムニス〉!」
ガルムの意思に応え、生命の聖剣〈オムニス〉がガルムの体に飛来する。
先程の無数の斬撃でガルムの拘束はすでに解かれている。
残った左腕で聖剣を受け止めると、大魔女の右手に刃を振り下ろした。
「――――がぁっ!?」
宙を舞う大魔女の右手と、右篭手に象嵌された獄炎竜の魔結晶。
その落下地点にはラティアが待っていた。
「――――聖剣〈ダンバイス〉起動、鋳造開始」
獄炎竜の魔結晶を受け止めるやいなや、彼女はそう唱えた。
聖剣〈ダンバイス〉の力を借りて、魔結晶がふわりと宙に浮かびあがる。
「一体何を……、まさか!」
失った傷口を抑えながら、大魔女はラティアが何を企んでいるかに気付く。
そして、完全に無防備な状態のラティアに向け魔術を放とうとする。たが、
「いいのか? 俺を前に気を散らして!」
「――――ッ」
意識をラティアに奪われていた大魔女へ、ガルムが渾身の一撃を振り下ろす。
その一撃は空振りこそしたが、ラティアへの攻撃を止めさせることには成功した。
「この死にぞこないめが!」
「あぁ、そうだ。俺は死にぞこないで、今にも死にそうだ」
ガルムが先程の攻防で失った手足は、既に結晶へと取って代わられた。
全身が結晶と化すまで幾ばくも無い。
だが、今のガルムに憂いはない。
「ラティアは俺を勝たせるといった、ならば俺はやるべきことをやるだけだ!」
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