第15話 生命の魔剣と生命の聖剣

「何年たとうが、お主ではワシには絶対に勝てんよ、ラティア」


 勝てない。

 その言葉に、グラリと意識が傾ぐ。

 

「ふざけるな!」


 今ここで負けるわけにはいかない。

 その一念で、ラティアは攻撃を繰り返す。

 水を弾と化し、風を刃とし、瓦礫を飛ばし、炎を叩きつける。だが……


「その程度の魔術が大魔女に、鎧装に通じるわけがなかろうが!」


 放った魔術はことごとく魔剣に切り払われ、鎧装に阻まれる。

 大魔女は焦ることもなく、一歩一歩距離を詰めてくる。


 その通りだ、わかっている。

 私の全力が通じなかった以上、私ではこの化け物に勝てない。

 だが、背を向けることは許されない。

 私と同じ思いをするものを増やさないためにも。

 ラティアの後ろにいる子供達のためにも。


「なら――――!」


 ラティアは大地に手を添える。

 唐突に隆起を始めた大地は、大魔女とラティアの間に壁を顕現させる。

 その壁は崩れた天井を超え地表へ、人の身では超えること能わぬ高さに至る。


 そして、変化は止まらない。

 子供たちとラティアの周囲も隆起を始め地上まで到達する。

 そして、球形の壁が何層も、子供たちを守るように隆起する。


「これで……」


 一息ついたとラティアが安堵した瞬間だった。

 破砕音が響く。

 即席の壁が砕け散る。

 その爆裂のさなかを突っ込んでくる影がある。

 ラティアはその影をよけることもできず、押し倒された。


「――これで、なんだ? 時間稼ぎのつもりか?」


 大魔女アイネはラティアの首筋に剣を突きつける。

 背筋が凍り付くほどに冷たい、鋼の刃。

 これが死の気配。


「何を待っているか知らんが、あきらめろ、ラティア」


 待っている。その言葉に脳裏に浮かぶのは荒っぽい騎士の顔。

 だが、彼はルナールを押しとどめてくれている。

 ルナールも【始原の七聖剣】の担い手。

 いくらガルムが強かろうとそう簡単には倒せないだろう。

 

 あきらめるしかないのか?

 

 刹那の合間に、無限に自分に問いかける。

 あきらめたくはない、だが今の自分にできることは通じなかった。

 あきらめれるわけがない、だが今の自分にできることはあるのだろうか?

 

「助けて……」


 知らず、声が漏れた。


「誰に向かって言っとる? お主を助ける物好きなぞ、いるわけがなかろうが」


 大上段に掲げた剣の切っ先がギラリとひかる。

 その光景に、自分はここで死ぬんだなと確信してしまった。


 以前にも似たようなことを思ったことがある。

 あれは、忘れることもできない自分の運命の日、運命の光景。

 自分を助けてくれた、名前も知らない一人の騎士。

 彼のように誰かを助けれる人になりたい。

 そう思ってこの五年間生きてきたのだ。

 魔女の術のせいか記憶がひどくあいまいだが、あのまなざしと言葉を覚えている。


 あの時は奇跡的に助けてもらえた。

 だが、これはもう駄目だろう。

 せめて苦しみたくないな、とぎゅっと目をつぶった。


「さぁ、命乞いは終わりじゃ。あきらめて、私のものになれ」


 ザン、と肉が切り裂かれる音が響く。

 だが、いつまでたってもラティアの体に痛みも死も訪れなかった。


「何、あきらめてやがんだ、テメェ……」

「がる、む?」


 目を見開くと、私をかばうように魔女の刃をその身に受けたガルムの姿があった。


「そんな、なんで……」

「んなこと俺が知るかよ。ただ……」


 その言葉に、ラティアはかつての光景を幻視する


『無事でよかった』


 自分を助けたあの人はそういったのだ。


******


「ガルムさん!」

「何度も邪魔をしよって! ガルガンディウム・ベーオウルブズ!」


 ラティアの声は、怒気をはらんだ叫びにかき消される。


「だが、我が魔剣の刃を直に受けたのは間違いじゃったな!」 


 


「生命の魔剣〈クロノミリア〉よ、やつの命を喰らえ!」

「ぐ……ッ!? これは……ッ!?」


 ラティアをかばい、生命の魔剣に串刺しにされたガルムは、自身の体が魔女の方へと引っ張られるような錯覚に襲われる。

 ドクン、と魔剣の刀身が脈打つ。

 それに合わせて、ガルムの体から活力が抜けていく。

 体の末端から血の気が引いて、心なしか干からび始めている。


「この……ッ!?」


 ガルムは、生命の聖剣の力を賦活する。

 失われた血を、活力を、生命を聖剣の力を行使して賦活する。

 だが、状況を拮抗させるのがせいぜいだった。


「ハハハハハハ、そのまま干からびて死ぬがいい!」

「平和ボケしたか! 騎士に近づくとはいい度胸だ、死ぬのはテメェだ!」


 ガルムは自身の胴に深く突き刺さった生命の魔剣の刀身をつかみ固定した。

 そして、そのまま勢いよく右半身に滑らせ自身の体を切り裂かせた。


「なぁっ!?」


 呪われた半身からは血すら流れ出ない。

 一瞬、痛みがあっただけだ。

 想定外の行動に驚愕し反応が一瞬遅れた魔女に向け、ガルムは振り向きざまに生命の聖剣を突き刺した。


「――ぎぃっ!?」

「俺が普通にテメェと戦って負けるわけがねぇだろうが! あの時は不覚にも逃がしたが、今回は絶対に逃がさん……っ! 鎧装、着装!」


 ガルムは生命の聖剣の力を解き放つ。

 そして、その身を蝕む呪いの制御を完全に手放す。


「さぁ、ここからは根競べだ! どっちが先に死ぬかのな!」


 二度目の聖剣の開放。

 間違いなく命に関わる。

 だが、これが最後なのだ。

 今この時に命をかけずして、いつ賭けるというのか。


「聖剣〈オムニス〉よ、俺の生命を全てをくれてやる! 代わりに俺に力を! そして、悪しき魔女に今こそ死を!」

「ふざけるな! 魔剣〈クロノミリア〉よ! 全てを喰らいつくせ!」


 大魔女も負けじと再びガルムに生命の魔剣を突き刺し、その生命を奪い尽くそうとする。

 そうして、同じ属性の二つの剣による泥仕合が始まった。


 生命を司る二つの剣は、互いの主の仇敵を打ち取るべくうなりを上げる。

 そして、自身の担い手の命を長らえようと、担い手の傷を癒やし、敵の生命力を奪おうとする。


 奪い、癒し、奪われ、傷つけれれる。

 一瞬、一秒の間に、ガルムと大魔女アイネの間を生命の力が循環する。


 剣だけならば魔剣の方が出力が高かった。

 だが、力を引き出す意思の強さはガルムの方が圧倒的に上だった。

 その結果は互角。戦況は膠着していた。

 唯一、瑕疵があるとすれば


「――グッ!?」


 ガルムの体を恐ろしい勢いでむしばんでいく呪いだった。

 五年をかけて身を蝕んできた呪いが、目に見えるスピードでガルムの体を浸食していく。


「ハハハハハハ、愚か者めが! お主がどうやってこの五年間耐え抜いたか知らぬが、そんな体でワシに挑むとは身の程知らずめが!」

「死んだふりまでして逃げ隠れた臆病者が吠えるな! いい加減に死に腐れ!」


 二人の周囲の木々がものすごい勢いで枯れ落ちていく。その範囲は同心円状に広がっていく。

 地を這う虫は息絶え、空を飛ぶ鳥がボトリと地に落ちる。

 生きるものが存在を許されない殺戮の世界。

 周囲のすべての生命が、二人の戦いに費やされていった。

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