第14話 闇の聖剣

「せいぜい気張りや、ベオ先輩?」


 ルナールの声に呼応し、七つの影が一斉にガルム向けて襲い掛かってきた。

 ガルムは一番近い影を袈裟切りに叩き伏せる。

 想像していた通り、それはまやかしの類だったのか、手ごたえが全くない。だが、


「――――っ!?」


 その直後、ガルムの背中に、突き刺すような衝撃と痛みが走った。

 振り回すようにして聖剣で自らの背面を切りつけるが、時すでに遅い。

 ガルムの体に突き刺さっていた何かと共に、背後の気配は霧散した。


「残念、はずれや」

「……厄介な!」


 どれが本物かわからない以上、全ての攻撃に適切に対処しなければならない。

 生命の聖剣の力を借りて、背中に負った傷を修復する。

 強く力を使った反動か、パキパキと自身を蝕む呪いが体を浸食する気配を感じる。

 この身に呪いがある以上、長期戦はガルムの方が不利だった。


 ガルムが対処法に悩む間にも、ルナールの攻撃はやまない。

 十重二十重に向けられる斬撃の嵐。

 そのほとんどが偽物であることは分かり切っている。

 だが、偽物に混じる本物の攻撃ゆえに、全てに対応せざるを得ない。

 ガルムの神経はジリジリと削られていく。


「ならば……!」


 自分を切りつけた影の気配が本体だとガルムはあたりを付けた。

 ガルムは意図的に対応に隙を作る。

 狙い通り、無数のフェイントに混じった一体が、そのすきを突きに来る。


「そこだ!」


 待ち構えていたガルムは、渾身の力を込めて敵に剣を振り下ろす。だが……


(なぁっ!?)


こちらが切りつけた瞬間、本命と思われた気配も他の影と同じく霧散した。


(……どうする)


 ガルムは一方的に攻められないよう、工房内を所狭しと駆け巡る。

 二人の振るう攻撃の余波が、工房内部を隅々まで破壊していく。

 壁は無造作に切り取られ、最先端の機器は砕かれていく。

 

 切り伏せ、薙ぎ払い、いなし、躱し、防ぐ。

 それでも間に合わずに、斬られる。

 

 (あぁ……、煩わしい……)

 

 ギリギリと髄を焼く痛みが。

 響き渡る破砕音が。

 傷口からあふれだす血潮が。

 聖剣が傷口を治すたびに走る痛痒が。

 戦闘を邪魔する全ての不純が煩わしい。

 

 (それ以上に忌々しい……)

 

 力の行使に合わせて自分の体を蝕んでいく呪いが。

 それを気にして全力を出すことをいまだに躊躇している自分が。

 ひどく忌々しい。


「――――聖剣〈オムニス〉封印拘束・解放」


 溜まった息を深く吐き出すと、ガルムは宣言するようにそう唱えた。

 ガルムの体を蝕む呪いを拘束していた聖剣が、ほどけて刀身へかえっていく。

 むき出しになった呪われた体が、その解放感にギチギチと悲鳴を上げる。

 

 ガルムの気配の変質を察知したか、絶え間なく続いていた攻撃の手がピタリと止んだ。


「ようやっと本気出してくれました?」

「こんなところで全力を出したくはなかったが。ルナール、オマエには加減していては勝てん」

「その言葉ありがたく頂戴しますわ。でもなぁ――」


 ゴウ、と空気が流れる音が響き、あたりに立ち込めていた闇が一点に吸い込まれるようにして消えていく。


「なにも本気出しとらんのはベオ先輩だけやないで?」


 闇が消えたのちに残ったのは、全身に闇色の甲冑を纏ったルナールの姿だった。

 【鎧装】

 それは【始原の七聖剣】にのみ許された絶対防御にして、聖剣の力をより効率的に引き出すための戦闘形態。


「始めましょか、ベオ先輩?」

「あぁ、かかってこい」


 ガルムは聖剣を構えると、鎧装を纏うこともなくその瞳を閉じた。


「……先輩。ボクをなめてます?」


 ルナールの声色に苛立たし気な色が混じる。


「……さぁな? いいからかかって来い」

「あっそ。じゃあ、そのまま――――死ぬとええわ」


 再び、世界が一瞬にして濃密な闇に飲み込まれた。

 そして、闇に無数の気配が現れる。

 その数は先ほどの数倍は下らないだろう。

 本気を出していなかった、という言葉は本当のようだった。


 だが、ガルムには一切焦りがない。

 呪いの制御に回していた聖剣の力の全てを、ガルムは生命を感知する知覚の制御に回していた。


 無数に、高速に、変幻自在に、光のない空間を飛び回る影たち。

 その全てが命の輝きを有している。

 先ほどまでのガルムではその違いを認知できないだろう。


 だが、今は違う。

 影がもつ命の輝きは、ルナールから、闇の聖剣から分かたれたものだ。

 全力を発揮したガルムの生命をとらえる知覚、【命瞳】。

 その瞳に映る本体と影の命の輝きは、月と星ほども異なっている。


「……っ!?」


 ズバン、と影が仕掛けてきた攻撃にガルムの身体が裂けて血が噴き出す。

 最低限の傷の補修をすると、ガルムは無数の影の攻撃に対処を始める。

 

 先ほどとは異なり、無数に蠢く影も実体を持っているのか、攻撃の瞬間に実体を持つのか、攻撃を避けそこなうとガルムの体に傷が生まれる。

 月のごとく煌めく本体の輝きは、かく乱のために動いてこそいるが、無数の影に攻撃を任せてガルムには一切攻撃を仕掛けてこない。

 

 ならば、こちらから仕掛けてやる、とガルムは聖剣の力を更に解放する。

 身体能力の強化を徐々に強めていく。

 三倍、四倍、五倍。

 感覚が鋭敏になり、時間間隔が緩やかになる。

 いかに敵の数が多かろうと、その動きがゆっくりと感じ取れるのならば、その全てに対応するのはたやすい。

 

 普通の騎士が使える限界を超えて、生命の聖剣はガルムに力を与える。

 その代償にガルムの半身を覆う呪いが蠢き始める。

 あまり時間を駆けてはいられない。

 転移を繰り返し、ガルムから距離を取り続けるルナールの本体に狙いを定める。

 

 転移にはインターバルが必要なのか、一度転移を使用すれば、数秒の間は転移をせずに走って距離をとっている。

 つまり、生身の体をさらさざるを得ない。それが狙い目だ。


「――――今っ!」


 ルナールが対応できない速度にまで達したガルムは、その速度を乗せてすれ違いざまに聖剣を横薙ぎにした。

 当然のように闇の中を転移するルナール。


 だが、それはもう読んでいる。

 ルナールの転移には一定の癖がある。

 転移する際は、攻撃してきた対象の背後、闇の空間の一番遠い場所に転移する。

 

 ガルムは剣を振り回した勢いで半回転すると、回転の勢いを無理矢理に制動をかけて、そのまま推進の勢いに変える。

 一秒の隙も与えず、転移に近い速度でルナールの元へ踏み込んだ。


「しまっ……!?」


 ルナールの反応するよりも早く、ガルムは聖剣で斬り上げた。

 とっさに体をそらしたルナールだったが、かろうじて致命傷を避けた代償に、聖剣を持つ右腕が吹き飛んだ。

 

 聖剣と右腕がカランと地面に転がる音が響く。

 それと時を同じくして、周囲を包む闇が消え去っていった。 

 ガルムはルナールの首元に聖剣を突きつける。


「なんで、ボクの位置がわかったん? 先輩の対策はしたつもりやけど……」

「アレで対策したつもりなら、俺を舐めすぎだ」


 斬り飛ばされた右腕の断面を抑えながら、ルナールは倒れた。

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