第13話 魔剣の魔女

「ラティア、こいつは俺に任せて行け!」

「――――わかりました。無理はしないでください!」


 ラティアが先へ進む時間を稼ぐために、ガルムはルナールへと斬りかかる。

 しかし、相手も闇の聖剣の担い手。

 時間稼ぎを目的とした、ガルムの斬撃はことごとく合わせられてしまう。


「急やなぁ、ベオ先輩。せっかくなんだからもっと楽しまへんと」


 何度目かの打ち合いの後、ルナールはガルムが振るった剣に逆らわず、背後に大きく飛んだ。

 そして、着地すると闇の聖剣を大地に突き刺した。


「ちょっと疲れるけど、これ行ってみようか」


 次の瞬間、一瞬で部屋全体に闇が満ちた。


 それは光の存在しない空間だった。

 一寸先も見通せず、自身の体すら見えない。

 自分がちゃんと地面に立っているかの感覚すら、あやふやになってくる。

 普通の視界が全く機能しない状況に、自分の心音が響いてくるのを感じる。


「小細工を……」


 闇に紛れて逃げられるとまずいと、ガルムは瞳の力を解放する。

 獣が臭いで獲物の位置を察知するように、ガルムの瞳は生命をとらえる。

 視界を闇で閉ざそうとも関係はない。

 

 視界に映るのは、壁一面に魔獣の強大な命。

 そして、見逃しそうなほどに小さい反応が、自分の背後にもう一つ。

 

「何度も同じ手が通じると思うな!」


 背後から迫る刃に、振り向きざまに合わせる。

 甲高い金属音が響き渡る。

 

「へぇ、流石! これも読まれとると!」

「舐めるな。それよりも、ラティアを放っておいていいのか?」

「ベオ先輩、そんなこと気にしてたん? ここにおるのがボクだけやと思います?」


 彼女の気配が離れていく。

 そして、いかなる原理か、先程までは感知できた彼女の気配が急激に小さくなり、ガルムの生命をとらえる視界から消えた。


「ボクの仕事はあの子をここにつれてきた時点で終わり。あとは邪魔者が入らんようにするだけや。まぁ、せいぜい時間稼ぎに付き合ってや」

 

 言葉は聞こえど、気配が感じられない。

 いったいどういうことか、と訝しむガルムの背筋に怖気が走る。

 ガルムは反射的に横へ飛ぶが、その首筋をザクリと切り裂かれた。

 突き抜けていく金属の冷たい感触、吹き出す赤い血潮。


「今度は行けたと思ったんやけど……」


 一時的に表れた気配も、すぐさまに消え失せてしまった。 


「ちっ……、やりにくい」


 ガルムは全神経をルナールの存在を感知することに割いている。

 だが、先ほどまでとは違い、ガルムはルナールの存在を微塵も感知できない。

 闇の空間だからとかそういう理由ではない。

 自身の生命の鼓動はきちんと見えている。

 そのあたりを飛んでいる虫の生命を感知することもできるだろう。

 だが、ルナールの生命反応だけがガルムには感知できなかった。

 いや、正しくは……、


「――――そこか!」


 ガルムは構えた聖剣を自身の右手へ突き出す。

 ギイン、と金属が打ち合った音がひどく静かな空間に響き渡る。


「っと……。二回目は通じへんか。ほんま鋭いなぁ、ベオ先輩」


 ルナールが攻撃を仕掛ける直前まで、その存在を感知できなかった。

 そして、ようやく姿を見つけても、攻撃が失敗するやすぐに姿を消してしまう。


 どちらも決定的な一打を放てず、状況は膠着していた。

 前方十歩ほどの距離にルナールの存在が唐突に表れる。

 上段に聖剣を振りかぶり、気配の方向へとガルムは突っ込む。だが……、


「ぐ……っ!?」

「あーあー、盛大にぶつけちゃって」


 ガルムは見えない何かに盛大にぶつかった。

 よく見えないが、そこには硬く冷たいガラス質の何かがあった。

 恐らく、魔獣をとらえていた水槽と同じようなものだろう。


「ベオ先輩……、全部見えてる訳やないんやね?」

「……っ!?」


 ガルムは、生命の鼓動を感じ取って動いているだけだ。

 この闇の世界で、厳密にどこに何があるかは分かっていない。


「そうなると、こっちもちょっと戦い方、変えさせてもらいますわ」


 ルナールがそう宣言した次の瞬間、ルナールと思しき気配が無数に増えた。


「なっ!?」


 増えた気配はどれも普通の人間と比べると気配が薄い。

 原理は不明だが、闇の聖剣の力を使った分身の類だろう。

 ただのまやかしなら全く問題はないが……、


「なるほど、なるほど。その様子やと、ある程度は見えとるみたいやね。まぁ、こっちも本気出させてもらうんで、せいぜい気張りや?」


 ******


「見つけた!」


 魔女の工房の内部もまた、数多の結界で守られていた。

 目的地へたどり着かせない結界。

 重要な部屋を隠すための結界。

 それら全てを打ち破り、ラティアはその部屋に押し入った。

 

 そこにあったのは壁一面に並んだ水槽だった。

 施設入口にあった壁一面の窓が魔獣用なら、この部屋にあるのは人用だ。

 十を超える水槽があり、そのほとんどに子供たちが詰め込まれていた。

 プカプカと、うっすらと輝く碧い液体に全身を浸されている。


 そして、その中にはジーク君の姿もあった。


「――――っ!?」


 アレはよくないものだ。

 そう直感したラティアは、ジーク君が詰め込まれた水槽を聖剣で叩き割る。

 薄く青緑に染まった液体と共にジーク君が流れ出てくる。

 少年の胸元に耳を当てると、ドクン、ドクンと生命の鼓動が聞こえてきた。


「よかった、生きてる……」


 ほっとするのもつかの間。

 ラティアは部屋にあるすべての水槽を破壊して回る。

 水槽から取り出した全員の呼吸と鼓動を確認したラティアは、ようやく一息つく。


「それにしても、この液体は一体……」

「おやおや、忘れてしまったのかい? お前も5年前に同じ目にあったというのに」


 突如聞こえてきた声に、ラティアはその場から飛びのき、振り返った。

 振り返った先。部屋の入口にラティアと同じ年頃の少女が立っていた。

 少女は、身の丈を超えるほどの大剣を引きずるようにして両の手で持っている。


「大魔女アイネ……」

「悲しいねぇ、師匠と呼ぶように言っただろう?」

「何が師匠だ! 私のことなんて次の肉体ぐらいにしか思ってないくせに」


 ラティアは自作の聖剣〈ダンバイス〉を抜き放ち、臨戦態勢に入る。


「おやおや、そこまで気づいていたとは、優秀だ」


 大魔女は大剣をラティアへとむけると、あどけない少女の顔立ちに不釣り合いな、老獪な笑みを浮かべた。


「それでこそ、儂の次の身体となるにふさわしい」

「黙れ! 貴様は今ここで消えてなくなれ!」


 その台詞に、その言い様に、ラティアの中で消えかけていた記憶がよみがえる。

 両親を殺された。

 自身と同じ境遇の子供たちをごみのように使い潰された。

 その記憶を燃料に、溶岩の如く煮えたぎる憎悪が一瞬にして燃え上がる。


「聖剣〈ダンバイス〉・七重並列起動!」


 ラティアは自身が作り上げた聖剣を真の意味で起動する。

 大魔女を殺しうる刃として作り上げた、彼女の聖剣の真の力を解き放つ。

 

 全ての属性の能力を使いたいだけならば、七つの聖剣を用意すればよかった。

 だが、彼女の最終目的はそこではなかった。

 全ての属性を同時に並列に扱う。

 それこそが、聖剣〈ダンバイス〉の真の意義。


「この世から消えてなくなれ!【七星崩壊対消滅波】」


 聖剣の先端から、七つの属性にちなんだ色合いの閃光が迸った。

 七つの輝きは捻じれ、絡まり、一筋の光へと収束、変貌する。

 その色は黒。

 すべてを飲み込む漆黒の輝き。


 放たれた光を避けようともしないアイネの姿を見て、ラティアは勝利を確信する。

 だが、大魔女アイネの放った言葉に戦況がひっくり返った。


「――――鎧装・着装」


 その言葉を残して、大魔女は押し寄せる漆黒の光の渦に飲み込まれた。

 漆黒の光は、その射線上の全てを飲み込み、原初の塵へと返していく。

 工房の壁を飲み込み、天井を飲み込み、魔女の森へと噴出した。


 漆黒の光の渦は、一体どれくらいの時間続いただろうか?

 光と音と暴力を周囲に振りまいたソレが消え、立ち込めたホコリがはれる。


「うそ……」

「さすがに無傷とはいかんか……」


 大魔女はいまだその場に立っていた。

 その身には、黒く重い緑みを帯びた甲冑を纏っている。甲冑はそこかしこが焼け焦げ、溶け落ち、場所によってはボロボロに崩れていた。

 甲冑の隙間から見える魔女の体も炭化している。

 傷が浅い部位はただれ、血が滴っていた。

 どう見ても重症である。だが……、


「五年でここまでの成果を出すとは、末恐ろしい……。だが、それだけじゃ」


 大魔女の焼け焦げた皮膚が、切り刻まれ、へし折られた四肢が、ものすごい勢いで正常な状態に戻っていく。

 甲冑の崩れ落ちた部分はまるで時を巻き戻すかのように修復され、焼け焦げた部分はそんな痕跡がなかったかのように元に戻っていく。


「何年たとうが、お主ではワシには絶対に勝てんよ」

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