第12話 森の番人

「かかってこい!」


 ガルムはラティアを守るように魔獣達を挑発しながら、四方に意識を張る。

 魔獣【八変化蜘蛛】の数は十。


 近くにいた姿の見えない魔獣達が、ガルムに襲いかかる。

 【八変化蜘蛛】は普通の騎士では姿をとらえることすらできず、難儀する強敵だ。


「見えてんだよ!」


 だが、最低限の動きで、初撃を放った敵の攻撃をかわした。


 聖剣の力で強化された五感。

 そして何より、光ではなく生命を捉える瞳。

 生命の聖剣の担い手であるガルムにとっては、ただの魔獣と変わらない。

 ガルムは的確に敵の弱点たる部位、魔結晶が存在する頭部を貫いた。


 続く、2体目、3体目。

 襲い掛かってくる魔獣をガルムは的確な動きでさばいていく。

  

 姿が見えない生態ゆえ、一方的な狩りを行ってきたであろう【八変化蜘蛛】。

 捕食者たる己が逆に一方的に駆られていく事実に、動きが止まる。

 ガルムはその隙を見逃さない。

 強化された脚力で疾風のごとく距離を詰め、その生命を刈り取っていく。


 自身より格上であるガルムに恐れをなしたか、【八変化蜘蛛】は当然のようにターゲットをその場から動けないラティアへと向けた。

 残った五体の魔獣が一斉にラティアへ向けて四方から襲い来る。

 

「甘ぇよ!」


 敵とラティアとガルムの位置。

 それを確認したガルムは不敵に笑う。

 ラティアを仕留めたいのならば、半数はガルムの足止めに回るべきだった。

 ガルムの存在を意識から外した時点で魔獣の敗北は確定している。

  

 6体、7体、8体、9体。

 すれ違いざま、流れ作業のごとく敵を切り伏せる。


「――――これで終わりだ!」


 今にもラティアに切りかかろうとした最後の一体。

 ガルムは聖剣を振りかぶると、勢いよく投げつけた

 目にもとまらぬ速度で飛来した剣は、狙い能わず魔獣の頭部へ突き刺さった。

 

 断末魔の悲鳴は上がらなかった。

 背景に同化していた魔獣達が力を失い、その擬態が解け落ちる。

 人の数倍も大きい蜘蛛の死体が、そこかしこに転がっていた。


「お待たせしました!」


 ラティアの眼前に浮かぶ文様が、激しく輝き回転を始める。

 その輝きが最高潮に達した瞬間、ラティアは杖を紋様の中心に突き刺した。

 

『――――解けよ!』 


 次の瞬間、紋様から七色の輝きが噴き出した。

 輝きは森の中心へ向かって突き進むと、

 今までとは比にならないほど強く、まるで世界が裏返るような感覚に襲われる。


「景色が!?」


 その違和感がなくなると時を同じくして蜃気楼のように景色が歪む。

 うっすらとかかっていた霧は晴れ、森の奥に大きな広場が現れた。

 その広場の中心には家屋よりも巨大な樹が鎮座している。


「これが、結界で隠されていたものか……」

「木の洞が入り口になってるみたいですね」

「行くぞ」


 二人は木の洞から続くらせん階段を下っていく。


 一体どれほど下っただろうか。

 ガルムがそう思い始めたころに階段は終わる。

 扉を開いた先で見えたのは奇妙な空間だった。


「なんだこりゃ……」


 そこは天井がひどく高い空間だった。

 土ではなく漆喰の類で塗り固められた白い壁。

 そして、地下だというのに昼間のように明るい。

 おそらく、何らかの魔導機関を用いた照明器具が天井に配置されているのだろう。

 森の地下にあるととは、ともて思えない光景だった。


 壁面を見ると、そこにはガラス質の巨大で透明な窓がいくつも埋め込まれていた。

 その巨大な窓が縦に二つ、横に数十、部屋の隅まで並んでいる。

 窓の数は合計で百に届きそうなほどだった。


「これって……、魔獣ですよね?」

「あぁ、このあたりでは見ない珍しい奴ばかりだな」


 中はそれなりに広い空間になっており、巨大な生き物が眠っていた。


 フェルマの町を襲った森の体現たる「森林魔猪フォレストボア

 水に乗り馬よりも早く川を駆けるという「水馬ケルピー

 本来は森の奥地に住まうという「八変化蜘蛛ステルスパイダー

 火山の溶岩を浴びて育つという「溶岩熊ラーヴァベアー

 砂漠で群れを作るという砂嵐の化身「嵐狼テンペストウルフ


 どれもこれも、最前線以外では見かけたことすらない魔獣ばかりだ。


「こんな数の魔獣をどうやって連れて来た?」

「……魔獣って捕まえられるものなんですか?」

「できなくはないが、討伐と比べると圧倒的に難易度が上がるな」


 小型の魔獣なら、騎士が一人いれば捕らえることも可能だろう。

 だが、中型以上の魔獣となると並みの騎士一人では倒すのが限界だ。

 捕まえることなどできるはずもない。

 

 そもそも捕まえた後に魔獣を拘束できる器具なんてない。

 あったとしてもここまで運んでくるのはかなりの手間だ。


「捕まえたわけではないならこの魔獣は……」

「――――そこまでやで、ラティアちゃん」


 聞き覚えのある声に、二人は振り返る。

 先ほどまで人なんていなかったはずの場所に、ルナールが立っていた。


 彼女は短めの剣をすでに抜き放っている。

 その漆黒の刀身は、【始原の七聖剣】が一つ、闇の聖剣チェムノタだった。


「大魔女の後継者になる覚悟ができた、って訳やなさそうやね」

「子供たちはどこよ!」

「安心し、まだ生きとるわ。あとはラティアちゃんを連れて行けばボクの仕事は終わりやけど……」


 ちらりとルナールはガルムを見据える。

 ガルムはラティアを守るように、ルナールの前に立つ。


「させるわけがねぇだろうが」

「じゃあ――――、いい感じに死んどこうかベオ先輩」


 瞬間、ルナールの体が闇にほどけて消えた。


「ラティア! 下がってろ!」


 【始原の七聖剣】が一振り、闇の聖剣〈チェムノタ〉。

 そして、その担い手たるルナール・ヴィンシュティレ。

 楽に勝てるような相手ではない。

 

 だが、ことここに至っては、そんなことを言っている場合ではない。

 全力で迎え撃つべく、ガルムは生命の聖剣〈オムニス〉を抜刀する。

 剣の力を借り受け、呪いに犯された右の目を見開く。


 ガルムが【命瞳】と名付けたこの力。

 それは光ではなく、生命を見る力。

 どんなにごまかそうとも、そこに生命があるのならば、存在を暴き立てる。

 いかなる原理で気配を消そうとも、そこに存在しているのならば、ガルムにとっては何の問題もなかった。


「――――そこか!」


 ガルムは、自身の後ろへ聖剣を振り抜いた。

 ギイン、と金属が打ち合う音が響き渡る。


「さすがやなぁ、今ので死んでもらうつもりやったんやけど……」

「ぬかせ。他の奴ならいざ知らず、この程度でオレがやれると思ったか」


 ガルムは力任せにルナールを抑え込む。


「ラティア、こいつは俺に任せて行け! 」

「――――わかりました。無理はしないでください!」

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