第11話 魔女の森

「ラティアちゃん、大魔女の後継者になりますか?」

「私は……」


 自分の命と子供たちの命。

 それらを天秤にかけてラティアは苦悩している。


「――――気に食わねぇな」


 ガルムは、目にもとまらぬ速度で剣を振りぬいた。


「っとぉ!? いきなり何しますの、ベオ先輩?」

「ガルムさん!?」

「言っただろうが、気に食わねぇと」


 ルナールは腰から闇の聖剣を引き抜くと、鎧装を即座に身に纏う。

 ガルムはじりじりと間合いを詰めながらも、言葉を続ける。


「何故テメェらの選択肢に、大魔女を止めるという選択肢がない?」

「いやいや、ボクだってアレの凶行は止めたいですわ? でも、大魔女に今死なれるとマズいのは分かるでしょう?」

「そうかもしれないな。アレがいなくなれば、不都合があるだろう」


 この数十年の、ディアマンテ近郊の平穏と繁栄は大魔女の功績と言って相違ない。

 聖剣を生み出し、防衛力を高め、魔獣の脅威から人々を遠ざけた。

 魔導機関を生み出し、人々の生活を楽にした。

 彼女がいなくなれば、この平穏と繁栄は滞るかもしれない。


「だが、なぜ子供を生贄に選ぶ? なぜ、人々のために、大魔女のために命を懸けれる覚悟の決まった奴を選ばない? なぜ、自らの死を前提として本当の意味での後継者を育てない? 最低でも以前から5年は猶予があったはずだ!」

「それは……」

「どんな言い訳をしようが、アレは死にたくないだけだ! 死にたくないから子供を犠牲にしているだけだ! そんなやつを許せるわけがねぇだろうがッ!」


 言葉を、思いを剣に乗せてガルムは一気呵成に斬りかかった。

 ルナールの動きは精彩を欠いている。

 ガルムの剣を受け止めるのが精一杯で、鍔迫り合いの形に持ち込まれたルナールはガルムの力に負けて押し込まれていく。


「テメェも、クレールスも、知った上でアレを止めてねぇなら同罪だ」

「好き勝手、言いたい放題してくれるやないか……!」


 だが、ルナールは絶妙なタイミングでガルムの剣をいなし、振り払った。

 込めた力を勢いに変えて、全身を回すようにしてもう一度斬りかかるガルム。

 その一瞬のスキをついて、ルナールはその場から大きく離れた。


「五年も逃げ回ってた負け犬がキャンキャンよう吠えるわ。まぁ、ボクの仕事は犬にかまうことやない。この場はひかせてもらいます」

「逃がすか!」


 聖剣の力を発揮し、今までに倍する速度ですれ違いざまに剣を振りぬいた。

 だが、手ごたえが全くなかった。

 両断したはずのルナールは、斬られると同時にどろりと形状を失い、そのまま地面に落ちる影に溶けて消えてしまった。


「チッ、闇の聖剣の力か……」

『そういうことや。ラティアちゃん、気が変わったら魔女の森に来るといいわ。いつでも歓迎するで?』

「ルナール!」


 ガルムはルナールの気配を追おうとするが、それもすぐに霧散してしまった。


「逃げられたか」

「逃げられたか、じゃないですよ! どうするんです、このままじゃ子供達が……」

「あいつらも、子供達も、魔女の森ってところにいるんだろう? あっちが尻尾を出してくれたんだ、このまま乗り込むぞ」

「魔女の森で歓迎するって言っただけで、子供達がいる保証がないです!」

「保証があってもなくても、俺たちのやることは変わらねぇよ」

「あぁ、もう……」


 ラティアは、頭を抱えている。

 だが、もともと手がかりが一切なかったところに手がかりが飛び込んできたのだ。

 この場で叩きのめして情報を得ることはできなかったが、それでも


「ガルムさん、私を庇ってくれてありがとうございます」

「庇ってなんかねぇよ。俺はアレが生きてるのを許せねぇだけだ」


 ******


 時間が惜しい、とガルム達はドクに行き先を告げると魔女の森へ先行した。


「急ぎだ、運んでやるから舌嚙むなよ!」

「ちょ、まっ……!」


 荷物でも担ぐように、ラティアを背に担ぐとガルムは全力で駆けだした。

 

 目的地は魔女の森。

 イグレシアの北、ディアマンテの西方に位置する深い森。

 そこが敵の本拠地だというなら、どのような罠や仕掛けがあるかもわからない。


 草原を、荒野を駆け抜ける。

 その速度は、浮遊機体のそれをはるかに超えている。

 ゆえに、魔女の森にたどり着くころにはラティアはぐったりとしていた。


「……揺れすぎで、気持ち悪い」

「わりぃ……。ここからは気を付ける」


 ラティアが楽な姿勢を取らせると、ガルムは森の中に踏み入った。

 瞬間、まるで空気が切り替わったような違和感を感じる。


「これは……」

「領域だと!?」


 大型魔獣が自身にとって最適な空間を形成し、世界を侵食する生態系。

 それが森を包み込んでいるということは、ここを根城とする魔獣がいるのだろう。

 剣を抜こうと身構えるガルムを、ラティアは制止した。

 

「いえ、領域とは似て非なるものです。これは魔女の結界です」

「結界? 超大型の魔獣が使うアレか?」


 結界は竜などの超大型魔獣が有する絶対防御だ。

 【始原の七聖剣】が有する、【鎧装】も竜種の結界を参考にして作られたものだと言われている。


「性質は違いますがそうです。魔獣の結界は自身の身を守ることに特化しています。それに対して、この結界の性質は内部に入った相手をたどり着かせないこと」

「うさんくせぇな……」

「じゃあ適当に森を歩いみてみてください。すぐにわかりますから」


 ラティアはガルムの背から降りると、一人で先に進むように促す。

 訝しみながらも、ガルムは森をまっすぐに進んでいく。

 森はうっすらと霧がかかっているようで奥を見通せない。


 それから数分歩いただろうか、霧が晴れていく。

 だが、そこにはラティアが一人待っていた。


「はい、お帰りなさい」

「……いったい、どういう仕組みだ?」


 ガルムは森を直進していたはずだ。

 森は直進が難しく、まっすぐ進んでいるつもりでも曲がってしまうものではある

 だが、180度反転するようなことがあればさすがに気付く。


「いろいろなことの積み重ねですよ。ちょっと方向感覚を狂わせたり、ちょっと目に映るものと実際のものの配置をずらしたり」

「実感したよ、力押しじゃどうにもならん。根城を守るにはうってつけって訳か」

「えぇ。私がいなければ、ですが……」


 ラティアは杖を構える。

 杖からは七色の光が溢れ、ラティアはその光を使って空中に文様を描いていく。

 

「何をする気だ?」

「私がこの結界を解きます」

「できるのか?」

「仮にでもあれの弟子ですよ、この程度朝飯前ですが……」


 背筋をなめるような嫌な予感に、ガルムは聖剣を抜くと、その力を引き出す。

 生命の聖剣が有する力のひとつ、ガルムが【命瞳】と称する生命を感知する力。

 ガルムは、結晶に覆われて異形と化した左目を見開いた。


 その視界を通して見た世界に、強く光る命の輝きが十個あった。

 それはガルムたちを遠巻きに囲んでいた。


「魔獣だ!」

「やはり素直には破らせてくれませんか。しかし、一体どこに」


 ガルムは、右目で現実の視界を見るが、どこにも魔獣は見当たらない。

 【命瞳】を通さなければ感知できず、いるはずなのに見えない魔獣。

 この性質には覚えがある。


「【八変化蜘蛛】だと! なぜこんなところに!」


 【八変化蜘蛛】は魔界域にある森林地帯に生息する中型魔獣だ。

 周囲の景色に完全に同化することで視認することが困難な魔獣だ。

 間違っても、人類域に生息していい存在ではない。


「ガルムさん、結界を解くまで私は動けません。お願いできますか?」

「少し面倒だが、この程度朝飯前だ!」


 ガルムは、周囲を囲う魔獣へ向けて剣を構えた。

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