第10話 脅迫と選択

「……おじさん、誰? ひとさらい?」


 そのあんまりな言われように、ラティアが噴き出した。

 

 診療所で治療を受けた翌日。

 ドクの息子に会っての最初の一言がこれだった。

 確かにガルムは大人でも見上げるほどに大きく、常に全身に甲冑を纏っている。

 その上、兜で顔も見えないため、非常に胡散臭い。

 子供が怖がるのも無理はないだろう。


「……人攫いじゃない。君のお父さんの友達だ」


 まだ信じ切れていないのか、男の子はガルムではなくドクの顔を窺っている。


「こいつは、知り合いのガルムだ。ほら、ジーク。挨拶しろ」

「……こんにちは。おじさんはひとさらいじゃない?」

「……ドク。お前どういう教育してんだ?」

「見たことない奴は人攫いと思え、と教育してある」


 この男は、とガルムは溜息を吐く。

 少年はガルム達にはあまり興味がないようで、父に問いかける。


「ねぇ、おとーさん。あそびに行っていい?」

「当分は駄目だ。家でおとなしくしてなさい」

「えー、きょうもダメなの! いやだ! おそとであそびたい!」

「お父さんが遊んであげるから、ほら先にお母さんの所へ行っておいで」

「……はーい」


 ジークは、ドクに促されるとすごすごと部屋を出ていった。


「当分は駄目っていうと、何かあったのか?」

「どうやら、ここ最近で子供を狙った人攫いがまた起きてるようでな」


 その言葉に、その事実に、ガルムの意識が沸騰する。

 ギリリと、全身が怒りに軋む。


「急用ができた。今から発たせてもらう」

「おいおい急だな。せめて朝飯ぐらいは食って行けよ」

「いや、これ以上オマエに迷惑をかけるわけにもいかない」


 ドクには返しきれないほどの恩がある。

 これ以上面倒ごとに巻き込むわけにもいかないだろう。


「そうか……。無茶はせずに帰って来いよ」

「無茶をしないと、このまま死ぬんだが?」

「それでもだ。医者は患者の健康を願うものだ」


 ******

 

「ラティア。大魔女が何をするつもりか心当たりがあるか?」


 ドクの診療所からいくらか離れた裏路地。

 ガルムは早速とばかりに話を切り出した。


 五年前に大魔女が陰で糸を引いていた子供を標的とした人攫い。

 ガルムはその目的が何だったかは知らない。

 覚えているのは、壁一面に並んだ水槽と、その底に沈む結晶体、自分の手の中で石に変わっていった子供の姿。

 どう考えてもろくでもないことを企んでいたはずだ。


「……五年前と同じことを狙っているとしたら、アレは自分の後継者を探しているんだと思います」

「は? 後継者って、お前じゃないのか?」

「――――ガルムさんは、大魔女の顔を見たことがありますか?」

「何だよ急に。齢五十ぐらいに見える女傑だろう?」


 話の流れをぶった切った問いかけにガルムは訝しむ。


「ええ、五年前まではそうでした。ですが……、今は非常に若い姿です」

「若いってそんなことあるわけ……、まさか!」


 鈍いガルムでもさすがにここまでお膳立てされれば気が付いた。

 

「あの化け物は、より若い体に乗り移って生きながらえています」

「じゃあ、大魔女の後継者というのは……」

「アレが次に乗り移る予定の体ということです。余裕があれば魔女としての才覚のある体に乗り移りたいんでしょう」

「お前……、それを知っていてアレの弟子になったのか?」

「最近知ったから逃げたんですよ、私にもやるべきことがあるので。ですが、逃げたのは間違いだったかもしれません……」


 そういう彼女の顔は沈んでいる。

 自身の代わりに攫われてしまった子供のことを考えているのだろう。


「俺はお前が何をやりたいのかは知らねぇ。だが、お前の行動は間違いじゃない。悪いのは、自身の目的を達成するために悪を成す者だ」

「ガルムさん……」

「それに、攫われた子供たちは奪い返せばいい。そうだろう?」

「はい! そうですね」


 俄かに活力を取り戻したラティアの様子にガルムは苦笑する。


「で、お前の目的って何なんだ?」

「それは……」


 ガルムから顔を背けながら、ラティアは口ごもる。 


「――――命の恩人を助けることやろ?」

「!?」


 突如聞こえてきた声に振り向くと、そこには一人の騎士がいた。

 闇色の甲冑を纏い、騎士剣としては短めの剣を腰に下げている。

 兜はかぶっておらず、端正な顔立ちに黒檀のような色合いの瞳が目を引く。

 瞳と同系色の黒い髪を肩あたりで短くそろえていた。


「げぇっ、ルナール! なんで!」

「やぁやぁ、ラティアちゃん。久しぶり」 


 ラティアが女の子が出しちゃいけない声で悲鳴を上げた。

 ガルムも唐突な邂逅に思わず顔をしかめる。


「この気配、闇の聖剣! ルナール・ヴィンシュティレか!」

「お久しぶりですね、ベオ先輩。ガシューのアホがやられたいうて何事かと思いましたが、先輩がいたなら納得ですわ」


 騎士団に残る【始原の七聖剣】は残り三振り。

 光、闇、土。

 騎士団長クレールス・アーデルハイドは光の聖剣。

 人類圏最後の壁たる、土の聖剣の担い手は最前線から移動しない。

 

 このような状況で、闇の聖剣の担い手であるルナールを動かすというのはよほどの事態としか言えない。

 彼女の接近に気づけなかったことに舌打ちしつつ、剣へ手を伸ばす。 


「ちょちょちょちょ、ベオ先輩! 今ここで争うつもりはありません!」

「そういうことは、鎧装を解いてから言え! 完全武装だろうが!」

「わかりました、わかりましたから! ――――外装、解除」


 その言葉に応え、甲冑がほどけていく。

 ほどけた鎧は彼女の周囲一帯を闇に染めたと思うと、霧散した。

 現れたのは、魔女協会の意匠の入った黒づくめの服に身を纏う女性だ。

 ラティアと比較すると、女性らしい体つきだった。


「イヤに物分かりがいいな……」

「ボクは争いごとは苦手なんですわ」

「ガルムさん、あんまり信用しない方がいいですよ。こいつ、やる必要があればどんなことでもやりますから。で、なんであなたがここにいるのよ」

「ラティアちゃんに大魔女の後継者になってもらいたいからですわ」


 やはりそうか、と思わず体が反応する。


「まぁまぁ、ベオ先輩落ち着いて。さっきも言いましたがボクはこの場で争うつもりはありません。で、ラティアちゃん。返答は?」

「……いやよ」

「せやろなぁ。で、ラティアちゃんはいつまで逃げるつもりやの? あのクソババァ、死んでも諦めへんで?」

「死にそうになってるから私を後継者にしようとしてるんでしょう?」

「せやね。でも、死にそうになったあのババァが、何しでかすかぐらいわかってるんやろ? 最近、子供の誘拐が増えてるらしいし」


 ルナールはニコニコと笑いながらそんなことを言うが、目の奥は笑っていない。


「……ルナール、テメェ! 脅迫のつもりか!?」

「イヤやなぁ、そんなんやないですよ」


 詰め寄ろうとするガルムと距離をとるルナール。

 場の緊迫感が高まっていく。

 だが、その空気に割って入る声があった。


「ガルム! ラティアちゃん!」


 全速力で駆けて来たのか、息を切らしたドクが


「ジークを見なかったか!? 少し目を離した隙にいなくなったんだ!」

「まさか!」


 ガルムはルナールに詰め寄ると、つるし上げた。

 

 誘拐が多いのは知れ渡っており、ドクもジークも注意をしていた。

 だというのに子供が、ガルムの知り合いの子がこのタイミングでいなくなった。

 意図的に狙ったとしか思えない。


「おぉ、怖い怖い。私は関係あらへんよ? まぁ、私と違って仕事熱心な輩がやらかしたかもしれへんけど。で、ラティアちゃん、どうします?」

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