第二章 騎士と魔女

第9話 タイムリミット

「この短期間で。どうやればここまで悪化する……」


 ガルムの主治医であるドクは、寝台に転がるガルムの体を診て頭を抱えた。


 騎士ガシューとの闘いから三日。

 ガルムとラティアはフェルマの町を離れ、イグレシアの町に来ていた。

 

 この街を訪れた理由は二つ。

 そのうちの一つが、ガルムの体のメンテナンスだった。

 ガルム自身は問題ないと言い放ったが、ラティアが譲らなかったのだ。

 そのため、かつて騎士団に勤めていた医者であり、冤罪を受けた後もガルムの協力者でいてくれるドクの元を訪ねることになった。


「……浸食の範囲が体表面の8割を超えているな。以前より1割は多い……」


 ドクはそういいながらガルムの体を診ている。

 右胸の中心でどす黒く輝き、脈動する【祝福の結晶】を中心に、緑みを帯びた結晶体が右半身の皮膚の上を覆い尽くしている。

 先日の戦いの後に浸食が左足の半ばまでにも進んでいる。


「あと一回でも聖剣の力を解放すると、どうなるか保証できんぞ」

「なら、大魔女アイネを殺す時まではとっておくよ」


 そう言い捨てるガルムをドクは苦々しげに見つめる。


「ガルムさん、私にも身体を詳しく見せてもらっていいですか?」

「……なんでオマエに見せる必要がある」

「これでも大魔女の弟子です。見ればわかることもあるかもしれませんよ」

「私からも頼むよ。医者として、お前の身体の治療ができないことを苦々しく思っておったのだ。何かわかるなら教えてほしい」

「……わかったよ、勝手にしろ」


 今のガルムが生きているのは、ドクがいたからと言っても過言ではない。

 生命の聖剣の力を使って、症状を抑え込む手法を考案したのはドクだ。

 彼の頼みとあれば断れる訳がなかった。


 ラティアがガルムの体に手を触れながらゆっくりと診ていく。

 そして最後に、胸の中心に鎮座する結晶体に手を触れる。


「……問題はこの結晶ですね」

「あぁ、【祝福の結晶】だったか? それが原因であることは私にも分かったが、完全に体と一体化していて、私には手が出せなかった」

「無理矢理抉り出そうとしたんだが、勝手に戻ってきやがる……」

「無茶苦茶しますね……」


 呆れた顔でラティアとドクがこちらを見つめてくる。


「それにしても、【祝福の結晶】を使うなんて……」

「何か知ってるのか?」

「【祝福の結晶】は魔剣のコアなんですよ」

「は?」


 思わず変な声が出る。

 ガシューに強大な力を与え、最後には魔獣に姿を変貌させたあの剣だろうか?


「魔剣は聖剣以上に強い力を持ち、担い手を選ばない剣ということで生み出されました。ですが、過剰に使用することで担い手を蝕むということでお蔵入りになったはずの剣なんです……」

「じゃあ、ガシューの奴が魔獣になったのも……」

「魔剣のコアである【祝福の結晶】が原因だと思います。おそらく、放っておけばガルムさんも同じ運命をたどります」

「……」


 イリアスとガシュー。

 どちらも魔獣と化した。ならばガルムもそうなり果てるというのは道理だろう。


「名前とその用法を知っているということは、ラティア君はこれの対処法も知ってるのかね?」 

「……はい。ですが、ガルムさんのソレを何とかするのはかなり難しいです」

「なぜだい?」

「今のガルムさんにできる対処法は大きく分けると二つです。一つ目は、埋め込まれた【祝福の結晶】を同じくらいに強い力で中和する方法」


 ラティアは指を一本上げる。


「【祝福の結晶】は製法こそ大魔女しか知りませんが、魔結晶と同じ性質を持っています。そして、ガルムさんの体に埋まってる結晶が有する力は竜のそれに近いです」

「つまり、中和には竜の魔結晶が必要ってことか」


 ガルムが知る竜は二体。

 一体は、暴風竜ティフォン。ガルムの友が【祝福の結晶】により変貌した、魔獣。


 もう一体は、獄炎竜グラナティス。

 かつて魔獣領域から飛来した、炎を司る竜の名だ。

 ディアマンテ近郊の町をいくつも滅ぼした厄災の魔獣。

 その討伐の際には、【始原の七聖剣】の担い手が五人も駆り出されたが、担い手の一人が死亡し、水の聖剣が砕け散るという結果だったのだ。


「……個人で新たに手に入れるのは無理だな」

「はい、ですのでこの方法を使うなら、大魔女が所有する獄炎竜の魔結晶を手に入れるのが早いです」

「結局あの女に行きつくか……」


 大魔女の居場所がわかってない状態では手が出しようがない。


「二つ目は、これを仕込んだ存在に何とかさせる方法」

「つまり、大魔女に直してもらえってか?」

「それも手です。時間をいただければ、私でも直せる可能性はありますが……」

「――――俺にはもう時間がない。そうだな、ドク?」

「あぁ、以前も言ったが、お前の余命は聖剣の力を使わなければ一月程度だった。が、今日の状態を見ると、2週間ってところか」

「で、行けるか、ラティア?」

「……確実とは言えません」


 そうつぶやく彼女の表情は悔しそうだ。


「お前が気にすることじゃねぇよ。俺はアレが無辜の民に害をなすのを防げれば後はどうでもよかった。だが、お前はその先を示してくれた。それだけで十分だ」

「ガルムさん……」

「じゃあ、早速行くか。この町の近くに魔女の隠し工房があるんだろう?」


 この街に来た二つ目の理由、それが大魔女の隠し工房だ。

 大魔女は死んだことになっており、大っぴらに動くことができない。

 それゆえに、自身は陰に隠れて、騎士団含めた直属の配下を動かしている。

  

 大魔女の弟子だというラティアは、アレがいる可能性が高い場所をいくつかリストアップしていた。そのリストと、ガシュー達の動きをもとにイグレシア近郊の工房が怪しいと目星を立てたのだ。だが……、


「行くか、じゃない! せっかくの機会だ、今日は安静に治療を受けろ。うちに泊めてやるから」

「あと2週間しかねぇんだろ、ドク?」

「あと2週間をさらに短くするつもりか、少しは治療させろ」


 寝台から起き上がろうとしたガルムを、ドクは押しとどめる。


「それに、お前が俺の家によりつくのは珍しい。せっかくだ、息子に会っていけ」

「わかったよ……」



 ******



 「ルナール副団長。報告があります!」


 ディアマンテ騎士団が副団長。ルナール・ヴィンシュティレ

 その甲冑姿の女性は、騎士ガシュー・モタガトレースが魔獣と化し、フェルマの町に甚大な被害を与えたという報告を聞き、盛大な溜息を吐いた。

 これ以上付き合っていられないと、彼女は大魔女がいるはずの部屋へと向かった。

 

「ガシューの奴が死んだよ」

「そうかい。あの程度の小物には魔剣は使いこなせなかったか。」


 そう答えながらも魔女アイネは、ルナールの方を一切見向きしない。

 彼女は、部屋一面に敷き詰められた巨大な水槽を見つめていた。

 水槽には光り輝く液体が満たされ、その幾つかには子供が浮かんでいた。


「いい加減、子供を使い潰すなんて効率の悪い事やめへん?」

「儂が死んだら貴様らに聖剣を供給できる者はおらんぞ」

「そうやね。だから、私がラティアを連れてきてあげるわ」

「ほう、どうするつもりか知らぬがやってみるがいい。もっとも、儂は儂の計画を進めさせてもらうがの」

 

 その言葉にようやく、興味を抱いたのか魔女はルナールを振り返った。

 だが、すでにルナールの姿はそこにはなかった。

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