第8話 魔獣ジェロージア
「大丈夫ですか!?」
衝撃で吹き飛ばされ、一瞬呆けていたガルムはラティアの声に正気を取り戻す。
「あぁ……、いったいなにが」
起き上がり、先ほどまでガシューがいた場所に目を向けたガルムは驚愕した。
そこにガシューの死体はなく、ただの異形がいた。
体の太さは人の体長を超え、全長は人の十倍以上ある。
その巨体は今もまだギシギシと音を響かせながら、その体躯を強大化させている。
「う、嘘だろ。ガシュー様が、魔獣になっちまった……」
逃げ損ねたか、ガシューが連れてきた追手たちが、呆然とその光景を見ていた。
「SYAAAAAAAAAAAA」
「た、たすけ……っ」
懇願の言葉は強制的に打ち切られた。
一飲みだった。
大口を開けた魔獣に、追手の一人が丸のみにされた。
味方が魔獣に喰われた。
その事実に追手たちは恐慌状態に陥った。
「うわぁっ! 来るな! こっちに来るなぁッ!」
逃げまどう男達を見据えた異形。
それは口を大きく開いたかと思うと、閃光を放った。
薙ぎ払われた熱線は、逃げようとした男たちを余すことなく消し炭に変え、その余波で石造りの家屋をいくつも焼き切った。
石が焼け、地が溶け、木々が燃える地獄絵図が一瞬にして誕生した。
「……アレは、竜?」
「いいや、竜はあの程度じゃない」
口を開けば火を噴き、尾を一振りすれば有象無象が薙ぎ払われる。
その威容はもはや災害といって差し支えない。
口から火を噴くその姿はまさしく噂話に聞く竜と近しい。
だが、四肢も翼もないアレを竜と呼ぶのはガルムにははばかられた。
怒り狂い、火を吐く大蛇と化したガシュー。
否、もはやアレはガシュー・モタガトレースではない。
魔剣〈ジェロージア〉に飲まれたガシューの成れの果て。
魔獣〈ジェロージア〉とでもいうべきか。
「あんなの、どうやって倒す気?」
ガシューが変貌した魔獣は、味方だった黒づくめの男たち相手だろうが、関係ない。
それは災害と呼ぶにふさわしい暴力の化身だ。
「アレが魔獣ならどこかに魔結晶がある。それを壊す」
「本気ですか!?」
「あの程度ならどうってことない。聖剣の担い手をなめるな」
そう言い残すとガルムは暴れまわる大蛇を追って、疾風のごときスピードで駆けだした。
「ふんっ!」
まずは小手調べとばかりに、まだガルムの接近に気づいていない大蛇の尾に剣を振り下ろす。
硬質なウロコと、肉による弾力に剣が弾かれそうになる。
だが、生命の聖剣の力でブーストがかかった人外の筋力と、もともとのガルムの技量に聖剣の切れ味が加わり、剣が徹る。
「GYAAAAAAAAA」
「結界も張れんのか。ならば、貴様は竜ではない」
大蛇は恨みがましくガルムを見据える。
大口を開け、力を収束させると、熱線を放出した。
ガルムは、大蛇の視線にも、放たれた熱線に怯みもせず、熱線を軽く避ける。
再び大蛇の体に大剣を突き立てると、そのまま大蛇の体の上を駆けていく。
まるで、魚を卸すかのように、大蛇の体に切れ目を入れていく。
痛みと恐怖に身をよじる大蛇をものともしないガルム。
驚異的なバランス感覚と、聖剣の力でブーストした身体能力、何物にも侵されることがないという聖剣の強靭さ。
それらすべてをを活用し、ガルムは大蛇の体を頭まで登頂しきった。
「――――【命瞳】」
兜で隠した左目を解き放つと、ガルムの認識する世界が一変する。
光ではなく生命を認識する視界。
生命の聖剣の担い手となったガルムのみに可能な異能。
それによりガルムは大蛇の生命の根源を認識する。
「やはりそこか……っ!」
場所は頭部付近。
おそらく喉元から、魔獣のコア――すなわち、ガシューを変貌させた魔剣の気配を感じる。
ガルムはいったん地面に降り立つと、聖剣を構える。
「GAAAAAAAAAA!」
大口を開けてガルムに狙いを定める大蛇。
その口腔に集う輝きは今までの攻撃の比ではない。
おそらく全力の一撃。だが、
「大振りすぎるんだよ!」
大蛇から熱線が放たれるよりも早く、ガルムの体が跳ねる。
音を置き去りにするほどの速度で、大蛇との距離を一瞬で詰める。
相手に反応する隙すら与えず、その首元に突っ込むと、勢いのまま聖剣を振り抜いた。
一刀両断。
人の体長ほどもある太さの首を、一撃のもとに斬り落とした。
ガルムへ向かって放たれるはずだった巨大なエネルギーは制御を失い暴発。
大蛇の上半身を焼き尽くし、周囲に爆炎を振りまいた。
切り落とされた首は、そのまま爆炎に呑まれ、千々に弾けた。
弾け飛んだ大蛇の首の残骸から魔剣が大地に転がり落ちる。
刀身とそのコアである結晶にはヒビこそ入っているが、魔剣はいまだ不気味に明滅を繰り返している。
「ガシュー、お前の敗因は力に呑まれたことだ。五年前の方がよっぽど強かったぞ」
ガルムは悲し気に目を細めると、魔剣のコアに聖剣を突き刺した。
***
「ぐっ……」
戦いが終わり気が抜けたせいか、いつものようにガルムの体を呪いが襲う。
右半身に留まっていた呪いが、左半身をめがけて容赦なく浸食を開始する。
「ガルムさん!」
「まだ、大丈夫だ……、薬さえ飲めば……」
ガルムは、生命の聖剣の力の大半を使って呪いの進行を抑え込んできた。
だが、聖剣の力を戦闘に使ったことで、呪いの進行を抑えきれなくなっている。
日に二度は飲むなと言明された薬。
だが、それも手元にはない。
非常用に何回分かは甲冑の内部に潜ませていたが、ガシューとの戦いで焼け落ちただろう。
今更のように聖剣を使って呪いを拘束するが、その浸食は一向に収まらない。
パキパキと音を立てて、呪いが聖剣による拘束を超え、急速に左半身を覆い始める。
「ちょ、ちょっと待ってください! 聖剣〈ダンバイス〉起動」
「おい、待て! 何する気だ!」
「いいから! おとなしくしてください!」
ラティアが聖剣をガルムへ向けると、緑身を帯びた輝きがガルムの体へと降り注ぐ。
すると、呪いの進行速度が急激に弱まっていく。
「これは……」
「私が大魔女の元で学んだ呪いを抑えるための術です」
生命の聖剣と同じ波長。
その力により、呪いの象徴たる結晶の進行は動きをとめた。
「ガルムさんが聖剣でやっていた封印に近い術です。もっとも、一度浸食を受けた部分を蝕む呪いは解けませんが……」
ラティアはそう言うと、ガルムの左足を見やる。
先程までは生身だった左足の大半が結晶に埋め尽くされていた。
呪いは完全に小康状態になってはいるが、左足を侵食したその呪縛は潰えそうになかった。
何度経験してもなれない喪失感。
だが、彼女がいなけれ、ガルムはこの場で全身を呪いにむしばまれてしまっていたかもしれない。
「……今はそれで十分だ。おそらく、あと一回か二回は全力で戦えるはず……ッ!?」
ガツンと、完璧に油断しきっていたガルムの頭を衝撃が襲った。
頭を押さえながら見れば、ラティアが剣をガルムの頭に振り下ろしていた。
「戦えるはず、じゃないです! 無茶しないでくださいっ!」
「痛ぇな……。無茶せずに勝てる戦いじゃなかっただろう?」
「そういう話じゃないです! 言いましたよね。私のせいで誰かが死ぬのは嫌なんですって!」
「そんなこと言ったか?」
「言いました! あなたも死なれたら嫌なのは変わりないんですから、自分から死にに行くようなことしないでください!」
「そっくりそのままお返しするぜ。オマエが面倒事に首突っ込まなければこんなことにはなってないんだよ、このイノシシ女」
「また!? また、イノシシって言いました!」
「改めない限りは、何度だっていうぞこのイノシシ」
「女ですらない!」
「ほら、とっととこの町から出るぞ、このままここにいると面倒なことになる」
追手が放り捨てていった浮遊機体をガルムは物色する。
ほとんどが大蛇との戦闘で使い物にならなくなっていたが、何台かはまだ動かせそうだった。
「迷惑料としてもらっていくぞ」
「ちょ、ちょっと。運転の仕方知ってるんですか?」
「それなりにな」
ガルムが運転席に乗り込むと、ラティアは後部座席に居座った。
「それで、どこに行くんですか?」
「どこって、決まり切ってるだろう? 大魔女をぶち殺しにだ」
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