第7話 魔剣の騎士
ガルムとガシュー。
両者の戦い方は対照的だった。
苛烈に手数で攻め立て、炎、熱、光を用いて相手の行動を牽制・制限しようとするガシュー。
斬られ、燃やされることすら気に留めず、最低限の回避で、相手の懐に潜り込むガルム。
どちらも、自らの持つ聖剣の力を最大限引き出すために培った独自の戦闘法だ。
騎士団時代、訓練での手合わせでは両者の実力はほぼ互角。
継続戦闘能力の高さからガルムが粘り勝ちを収めることが多かった。
だが、現在のガルムにその戦法は使えない。
とはいえ、ガシューが完全に有利というわけでもなかった。
「はぁあっ!」
裂帛の気合と共に渾身の力で打ち込み、ガルムは鍔迫り合いの状態に持ち込んだ。
長期戦に持ち込めないガルムが勝利する方法は一つ。
いかに自身の有利を押し付け、相手の不利を突くかだ。
生命の聖剣は、担い手の生命力、筋力、体力、精力、気力、感覚を爆発的に底上げする。
だが、全力で戦闘するには、生命の聖剣による呪いの制御を止めざるを得ない。
呪いの影響を最小限にとどめるために、短期決戦で終わらせる必要があった。
ゆえに、純粋な力勝負に持ち込むのが一番だという判断を下した。
至近の距離で互いの視線が交錯する。
喰らいつかんばかりのガシューの前のめりな闘志をガルムは軽く受け流す。
冷静さを失った方が戦いでは負けることをガルムは知っていた。
それ故に、ガシューの剣に違和感を感じた。
騎士団時代に何度か撃ち合った炎の聖剣。
それとは決定的に異なる違和感。
その違和感の正体を探るべくガルムは神経を張り巡らせ、気付いた。
聖剣のコアたる魔結晶。
柄に象嵌されている結晶から放たれる禍々しい気配を。
この気配には覚えがある、【祝福の結晶】だ。
自身の胸で蠢く呪いがごとき禍々しい気配を忘れるわけがない。
「その剣、聖剣〈エアガイツ〉じゃないな?」
「――――っ!?」
その言葉に、ガシューが一瞬動揺する。
どのような経緯でこの男が聖剣を手放し、この禍々しい剣をてにいれたのか?
そんなものはわからないし、知る必要はない。
今必要なのは勝利だけだ。
ガルムはその隙に付け込み、より力を込めて押し込んでいく。だが、
「それがどうした! 魔剣〈ジェロージア〉よ!」
ガシューの意思に呼応した剣が、急速にその輝きを増していく。
これを喰らうのはマズい。
自身の直観に従い、ガルムは鍔迫り合いから態勢をずらそうとする。
「薙ぎ払え! 【獄炎閃】!」
魔剣の刀身から熱線が放たれた。
闇に沈む町が、迸った赤い光線に焼き切られた。
直線状にあった家屋に、真っ赤に焼けただれた線が刻まれた。
「――――っ」
直前まで鍔迫り合いを競っていたため、かわしきれなかったガルム。
その左半身が、剣から放たれた熱線に焼き切られた。
絶対の防御力を誇る精霊鎧装であっても、同格の力の前には屈さざるを得ない。
精霊鎧装が解け落ち、ガルムの左腕が精霊鎧装ごとボトリと落下する。
仕切りなおすため、二人はどちらともなく距離をとる。
「魔剣、だと?」
「そうだ! 魔剣〈ジェロージア〉。大魔女から賜った最新にして最強の剣だ」
その力を誇示するようにガシューは魔剣を掲げる。
刀身に象眼された結晶の輝きは、聖剣のそれよりも鈍くどす黒い。
だが、その輝きは聖剣よりも力強く、溶岩のように内に秘めた力を感じさせる。
「こいつは聖剣以上の力を俺に授けてくれる! こんな風に、な!」
魔剣の刀身に纏う炎。
その色はを赤から青、金色へと移り変わっていく。
その光り輝く刀身をガシューは無造作に振るった。
剣閃に沿って熱戦が放たれる。
白熱した輝きは、がシューの振るった剣速そのままに伸びてくる。
今までの攻撃より速く、リーチが長い。
来ると分かりさえすれば避けられないこともない。
だが、ガルムは迂闊に攻められなくなった。
幸いなのは、連発してくる様子が今のところないということか。
「面倒くせぇ」
そうつぶやきながらも、熱線で焼き切れた左腕を回収すると聖剣の力を賦活する。
押し付けた傷口が飛び出した結晶体により一瞬にして接合される。
傷が癒えていく際の激痛に、ガルムは顔をしかめつつも聖剣を構えなおす。
「どっちがだ、この化け物めが! 呪いを受けて以前よりも化け物らしくなったじゃないか!」
「否定できねぇな。とはいえ、その技、連発できる力じゃねぇだろ?」
「私がそれに答えると思っているのか?」
三度、熱線が振るわれ、それをきっかけとして戦いの火ぶたが再び切られた。
「ガルム!」
身体能力を強化した聖剣使いの動きは目にもとまらぬ速度で展開する。
ゆえに、ラティアの目には細かな戦闘の機微は分からない。
だが、ガシューが魔剣の力を開放して以降は、ラティアの目にはガルムは押されているように見えた。
今まで避けることすらしなかった攻撃を細かく避けており、それがガルムの隙につながっている。
隙をさらしたガルムに対して、ガシューは更に苛烈に攻め立てている。
そんな、悪い循環ができているようにラティアには感じられた。
「どうした! その程度か、ガルガンディウム・ベーオウルブズ!」
「いちいちフルネームで呼ぶんじゃねぇよ、ガシュー!」
どう攻めるべきか、とガルムは思案する。
生命の聖剣の最大の強みは、担い手の負傷は意識せずともある程度は修復されることだ。
ゆえに、普通の人間にとっての致命傷が致命傷にならない。
数々の剣技や戦技が普通の人間を殺すことを目的に作られている。
だが、ガルムにとってそれらは致命傷ではなく避ける意味がない。
人間相手の戦いはガルムの最も得意とするところだった。
だが、【始原の七聖剣】の担い手は、普通の人間の戦いの範疇からは外れている。
七振りの聖剣は、どれも一撃で相手を消し飛ばせるだけの力を秘めている。
魔剣が聖剣を超える力を発揮するというのなら、ガシューの放った熱線もその類だろう。
炎の魔剣の刀身から直線状に放たれる熱線は強力だ。
いかに回復できると言えど、まともに喰らえば大きな隙を生じさせることになる。
そして、拮抗している相手との戦いでの大きな隙は、そのまま敗北に直結する。
「癪だが、これしかないか。――――【身体狂化】」
ぼそりと呟いたその言葉に、生命の聖剣が励起する。
聖剣から噴き出した命の奔流がガルムの全身に浸透し、爆発的な力が漲ってくる。
それに比例して、呪われた右半身が左半身への浸食を強めていく。
だが、今はそれを無視する。
隙をさらしたと判断したガシューが果敢に打ち込んでくるが、ガルムは難なく剣を弾き返した。
「今度はこちらの番だ!」
ガルムは先ほどよりも鋭い踏み込みを見せて、ガシューへと切りかかった。
反撃の隙すら与えず、苛烈に攻め立てる。
三回、四回、五回
その攻撃の速度と重さは、徐々に上がっていく。
ガシューはその全てを聖剣で弾き返していたが、だんだんと余裕がなくなってくる。
「うおぉぉおおおッ!?」
「体が追い付いてないぞ、ガシュー」
「うるさい! 魔剣よ、その力を解き放て、【獄炎閃】!」
空気すらも焼き切り、熱線が風を超えた速さでガルムへ向けて放たれる。だが、
「ようやく使ったな?」
「しま……っ!」
ガシューが猛攻に耐え切れず、魔剣の力に頼ることを読んでいたガルム。
最低限の動きで致命傷にならない程度に熱線を回避する。
左腕を焼き切られながらも、ガシューの認識を超えた速度で肉薄するガルム。
すれ違いざま、大技を撃った後で隙だらけのガシューの足を斬り飛ばした。
「ぐぁあああああああ!?」
「詰みだ。ガシュー・モタガトレース」
足を切り飛ばされ、立つことすらできなくなったガシューの首元に聖剣を突きつける。
「う、嘘だ! 私が、魔剣が負けるわけがないッ!」
「実際負けているだろうが。降伏すれば命まではとらん」
「クソっ、クソっ、クソっ! ガルガンディウム・ベーオウルブズ! オマエには! オマエだけには! っ、がぁああああ!?」
未だ、魔剣を手放していなかったガシューは最後の一撃を放とうと試みる。
だが、右腕ごとガルムは魔剣を切り飛ばした。
この状況でそれを許すようなガルムではない。
「足掻くな。次に怪しい真似をすれば本当に首を飛ばすぞ」
「……お前に負けるぐらいなら、この命くれてやる! 魔剣〈ジェロージア〉よ、俺の命を喰らってでも、真の力を!」
「させるか!」
何か奥の手がある。そう感じたガルムは容赦なく、ガシューの首を斬り飛ばした。
だが、それは一歩遅かった。
「ガルムさん、危ない!」
「っ!?」
先ほど右腕ごと斬り飛ばしたはずの魔剣が、ガルムの方へ向かって飛来する。
とっさにそれを避けたガルム。
だが、魔剣はガルムではなく、ガシューの体へ突き刺さった。
ドクン、とまるで空間がゆがんだような錯覚。
ガシューに突き刺さった魔剣に、急速に力が収束していくのを感じる。
このままでは何かがマズい。
ガルムがそう感じた次の瞬間だった。
魔剣を中心に放たれた閃光と熱線、衝撃波が周囲の空間を紅に染め上げた。
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