第6話 生命の聖剣

「ガルムさんっ!」


 咄嗟に自身の聖剣を構えようとしたラティアだったが、


「さすがにそれは許せません。万が一があると嫌なので」


 いつの間に移動したのか、ガシューはラティアの背後から手をひねりあげる。

 カランと音を立てて聖剣が地に落ち、ガシューはそれを蹴り飛ばした。


「あぁ……」

「無駄な抵抗はおやめください。では、改めまして」


 聖剣がなければ何の脅威でもないと、捻り上げていたラティアの手を離す。

 そして、自身の聖剣を一度鞘に納め、芝居がかったしぐさで慇懃に腰を折った。


「お迎えに上がりました、ラティア様。大魔女アイネ様の一番弟子にして、後継者である、〈聖剣の魔女〉よ」

「――――っ!?」


 地面に横たわるガルムは驚愕に目を見開いた。

 今、こいつは何と言った?

 ラティアが大魔女の一番弟子だと。


「……その呼び方はやめて」

「では、ラティア様。ご同行を、大魔女アイネ様がお待ちです」

「いやよ」


 伸ばされたガシューの手を、ラティアは拒絶する。


「聞き分けが悪いお方だ……。貴女様は、かの偉大なる大魔女の跡を継がれる御方だというのに」

「誰が好き好んで化物の跡なんか継ぎたいもんか!」


 ラティアの悲痛な叫びが響き渡る。


「アイツは私の両親を殺した! そんな奴に従うわけがないでしょう!」

「貴女は自らの意思で魔女に弟子入りしたと聞きましたが?」

「あの化物の蛮行をただしもせず、尻尾振ってるだけのあなた達に何が分かる!」


 今にもかみつきそうな形相でねめつけるラティア。

 

「アレに弟子入りしたのは、アレに復讐するためよ! アレの得になることなんか、絶対にしてやらないんだから!」

「なるほど。あのお方が仰った通りになりましたね」


 ガシューは容赦なくラティアの首筋に燃え盛る聖剣を突きつける。

 ゴウと赤熱する刀身は、ラティアの髪を皮膚を焦がしていく。


「殺しさえしなければ何をしてもいいと言われています。それでも拒みますか?」


 返答はない。

 ラティアは一切ひるむ様子を見せず、ただ抵抗の意思を瞳に込める。


「では、貴女が庇いたがっている、あの木偶の坊から殺しましょうか!」

「……っ!? や、やめて!」


 ラティア以外眼中にないといった風だったガシューの目が、ガルムの方を向く。

 人ではなくモノを見るような目。

 どうやって斬ればラティアの心をへし折るのに効果的か、ということしか考えていない目だ。


「――――まずは、四肢を切り落としましょうか」


 振り上げられた炎の聖剣が、ゆらりと景色を揺らめかせる。

 このままでは間違いなく死ぬ、殺される。

 ガルムには目的がある。今死ぬわけにはいかない。

 ここでみすみす殺されるくらいならば、いっそ――


 無造作に振り下ろされる紅蓮の刃。

 

 自身の右腕を切り飛ばしたその一撃を、ガルムは残った左手で受け止めた。

 鎧は砕け、皮膚が切れ、肉が裂け、骨が割れ、髄が焼けていく。

 だが、それだけだった。


「馬鹿な!? なぜ聖剣を受け止められ……っ!」

「――――うるせぇな、黙れよ」


 左腕を炭へと変えていく紅蓮の刃。

 勢いを失ったその刃を左腕に力を入れて固定した後、相手を蹴り飛ばした。


「ぐぅっ……!?」


 左手をずたずたに引き裂いて、剣はガシューと共に勢いよく吹き飛んだ。

 勢い衰えず、ガルム達の周囲を囲っていた浮遊機体にそのまま激突する。

 芯をとらえた感触はあったが、相手は鎧装を纏った聖剣使い。

 ただの攻撃ではまともにダメージが入っていないだろう。


「が、ガルム! 大丈夫なの!」


 ジュウと、肉と骨が焼ける不快な臭いがあたりに立ち込める。


「オレの傷ならどうでもいい、すぐに治る」


 上手く動かなくなった左手で無理矢理に柄を掴むと、ガルムは剣を抜き放つ。

 抜き放たれた刀身は淡い緑色に輝いていた。

 その輝きは、火花のようにいくつもの燐光を振りまいている。


 そこかしこが消し炭と化し、今にもバラバラになりそうなガルムの全身。

 剣から噴き出した輝きが全身へと浸透していく。


 そして、それは起こった。

 まるで時間が巻き戻るかのような光景。

 焼けた髄が、割れた骨が、裂けた肉が、切れた皮膚が、あるべき姿へ戻っていく。

 斬り飛ばされた右肩から縄のようにしなる、結晶体が伸びる。

 大地に落ちた右腕に突き刺さると、肩の切断面に向けて腕が巻き取られていく。

 そして、接合した。


 ガルムは、右手に剣を持ち替えると、感触を確かめるかのように剣を振るう。


「あなたは……、いったい」


 ガルムは剣を掲げ、言葉を告げる。


「――――聖剣〈オムニス〉封印拘束・解放」


 ガルムは、【始原の七聖剣】が一振り、生命の聖剣〈オムニス〉を真の意味で抜き放った。


 右半身を中心に全身を覆っていた漆黒の甲冑と兜が、にわかに輝き始める。

 それらは、まるで巻き付けられた包帯のように、スルスルとほどけていく。

 ほどけた輝く光の帯が、生命の聖剣の刀身に、巻き付くようにして収束していく。

 かつて甲冑だったものがすべて解けて消えた時、先程まではただの騎士剣だった剣は、人の体ほどに幅広で長大な大剣となった。

 

 甲冑と兜の下から現れたのは右半身を呪いに冒された異形だった。

 右足から、胴体の右半分、右手に至るまで、びっしりと鱗のような結晶状の物体がひしめき合っている。

 新緑の如く輝く結晶は、淡く燐光を放っている。

 結晶状の物体のせいで左腕と比較して一回り以上も大きく肥大した右腕と、胴体を思わせる太さの右足。

 そのアンバランスさは、いったいどうやって甲冑に右半身を収めていたのか、という疑念を抱かせるほどだ。


 顔の右半分も仮面のように覆われ、眼窩から覗く右目は、左目とは違って真っ赤にギラギラと輝いている。

 その威容は、見るものが見ればこう評さざるを得ないだろう。

 魔獣、と。


「ガルムさん、それ……」

「あぁ、これが魔女の呪いだ」

  

 胸の中心には、ぽっかりと穴が開いたかのようにどす黒い空間がある。

 それは、かつて魔女に呪われた証。

 【祝福の結晶】と呼ばれた、呪いの塊が鎮座していた。


 蝕んだものを魔獣へと変貌させるという大魔女アイネの呪い。

 それゆえにガルムは、生命の聖剣〈オムニス〉の力の大半を使い、呪いの進行を抑えていた。


「その出で立ち! その呪い! その聖剣! その力!」


 立ち上がったガシューは、ガルムの姿を見るなり、目の色を変えて叫ぶ。


「間違いない、お前は、ガルガンディウム・ベーオウルブズ!」


「嘘だろ!? もう死んだって聞いたぞ!」

「大魔女殺しがなんでこんなところに!?」


 周囲の取り巻きたちがにわかにざわめく。


「――――鎧装・着装」


 ガルムの言葉に応え、漆黒の甲冑がガルムの身を包んでいく。

 先程までのように呪いを覆い隠す形ではない。

 呪われて肥大化した右半身をそのままに、左半身だけを甲冑が包み込んでいく。

 大剣はそのサイズを一回り小さくしたが、まだ人の身で扱うには大き過ぎるものだった。

 もっとも、ガルムが右腕でその剣をつかみ取ると、そのサイズこそが彼が扱うのに丁度よいのだと思わせられた。


「久しいな! ガルガンディウム・ベーオウルブズ!」

「無辜の人々を害するような奴は俺の知り合いにはいねぇな!」

「貴様ァッ!」

「五年ぶりの本気だ。加減はできんから覚悟しろ、ガシュー・モタガトレース」


 そうして、【始原の七聖剣】の担い手の戦いが始まった。

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