第5話 目的が一致する間ぐらいは 

 独特な風切り音を背に感じながら、二人は夜の裏路地を駆けていた。

 

 北門での大立ち回りの後。

 大通りを外れるなり、ガルム達は浮遊機体を乗り回す一団から襲撃を受けた。

 相手は浮遊機体で、こちらは徒歩。

 普通に追いかけっこをしたのでは勝ち目は一切ない。

 この街の裏道に詳しいガルムがいなければ、すぐにつかまってしまっただろう。 


「目立つ行動をすればこうなるのはわかりきってたろうが、このイノシシ女!」


 ガルムの口からは思わず悪態がついて出る。


「イノシシ!? イノシシって言いました!?」

「魔獣の前に飛び出すオマエにはぴったりだ! イノシシらしくとっとと走れ」


 ラティアは不満げだったが返す言葉もないのか、走る速度を上げた。

 ジグザグと裏道を通り、中型の浮遊機体が通れないような細い道に飛び込む。

 それを何回か繰り返して、特有の風切り音が聞こえなくなったことを確認すると、二人はようやく一息つくことができた。


「で、お前どういうつもりだ? 自分が追われてる自覚はあるのか?」


 ガルムは、後回しにしていた事を少女に問う。

 なぜ、見ず知らずのものを助けるために、危険を冒したのか?

 なぜ、自身も追われ余裕がないはずなのに、その選択を選んだのか?

 回答次第では、


「自覚はあります。でも、あの魔獣の襲撃で被害者を出す訳にはいきませんでした。多分あれは私の追手が放ったものですから……」

「やはりそういうことか……」


 見張りがあのレベルの魔獣の接近に気づけないはずがない。

 だとするならば、何らかの方法で気づかれないようにした者がいるということだ。

 

「降りかかる火の粉は自分で払えばいいですけど、振り払った火の粉で誰かが死ぬのだけはダメだと思うんです」

「……自分の命を懸けるほどじゃないだろう?」


 そうなのかもしれません、とラティアはつぶやく。 


「だからたぶん、これは自己満足です。自身の命を顧みず誰かを助けられる人。私は過去にそういう人に命を救われました。だから、私はあの人に胸を張れないことをしたくありません」 

「はぁ……、甘っちょろい奴だ」


 昔の自分を見ているようで、反吐が出そうになる。

 そしてそれ以上に、この五年で自分がいかに腐ったかを実感し死にたくなる。

 

 ガルムは強きを挫き、弱きを助けるために騎士となった。

 その道を邁進し、聖剣の担い手となり……

 最後に、力が足りずに敗北した。


 かつての自分の志は間違っていない。

 今でもそう信じてはいる。


 だが、事実として悪はのさばり、それを正そうとしたガルムは死に体だ。

 このまま死ぬわけにはいかない。

 その思いで、呪いを解くべく、雲隠れした魔女を倒すべく生きてきた。


 その結果がこれだ。

 助けるべき人を助けず、自身の目的より小事だと多くの人を切り捨てた。 

 これでは、あの魔女と変わりはしない。

 

「その自己満足、嫌いじゃない」


 腐った心はそう簡単には変わらない。

 だが、改めることはできる。


 ガルムは改めてラティアを見据える。

 大魔女という絶対者と戦う運命を背負うには小さい体だ。


「別に俺はお人よしじゃない。目的があって、ここまでお前に付き合った。俺の目的は大魔女の居場所だ。生きてるんだろうアレは?」

「はい」

「あれの居場所は?」

「わかりません」

「なぜ追われている?」

「……」

「言いたくないならいいさ。お前の周りに居れば、大魔女の手のものが勝手にやってくるんだろう?」

「私が捕まるまでは」

 

 ならば、迷う必要もない。


「だったら、俺とお前の目的が一致する間ぐらいは、お前を助けてやるよ」 


 ******


「それで? これからどう動く? どさくさに紛れて、町の外に出るか?」


 追っ手から情報を聞き出したい気持ちはあるが、あの数にまともにぶつかればガルムの体がもたない。

 心は改めても、呪われた体は変わらないのだ。

 無理と無駄はしないに限る。


「それも手ですが……。誰かさんのせいで機体が壊れたので、追いつかれるのが目に見えてます。誰かさんのせいで機体が壊れたので!」

「はいはい、悪かったよ」


 ラティアはかなり根に持っていたらしく、ジトっとした目で睨みつけてくる。

 迫力は一切ないが、若干の罪悪感はあるのかガルムは素直に謝った。


「やり過ごして逃げるのはどうだ? 数は言うほど多くないし、正門以外は手薄なはずだ。お前程度なら抱えたまま飛び越えれるぞ?」

「それも手ではありますが、私がいなくなったことに気づかなかったら、あいつらは同じことを何度もやりかねません」


 ラティアは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「だから、私の身を危険にさらしてでも、正面から敵の包囲網を突破しないといけません。それに……」


 ラティアは、右手に持つ 聖剣〈ダンバイス〉をギュッと握りしめる。


「私だけでなく、周りの人を巻き込んだのは許せません。私の全力でつぶします」

「おっかねぇな……」


 そんな会話をし、二人は夜の街を行く。

 そろそろ東門だ。

 彼女の案に乗るなら正々堂々と東門から出ていくことになるのだろう。


 二人が裏路地から東門に通じる大通りに出ようとした、そのタイミングだった。


「あぶねぇ!」

「きゃっ!?」


 ガルムは、とっさにラティアを体ごと突き飛ばす。

 それまで二人がいた空間を、人よりも大きいサイズの火球が通り過ぎて行った。


「魔術!」


 ラティアは、火球が飛んできた方向を見定めると、傘に擬態させた聖剣を構える。


「聖剣〈ダンバイス〉起動!」


 ブゥン、と物騒な音を立て聖剣が極彩色の光を帯びる。

 その輝きは先程とは異なり、真っ赤な輝きへと収束する。

 ラティアは、近づいてきた二の矢、ならぬ二発目の火球へ傘の先端を向ける。

 

「せぇのっ!」


 掛け声とともに火球を放った。

 その火球は、敵の魔女が放った火球よりも一回り以上大きい。

 向かってきた火球を飲み込み、更に巨大化した火球は、そのまま相手の魔女を飲み込み、爆裂した。

 轟音と閃光が夜の町に響き渡る。


「魔術を使えるならこの程度で死にはしないでしょ」

「容赦ねぇなこいつ……」


 それにしても、とガルムはラティアの握る聖剣を見やる。


「その聖剣、さすがに多彩すぎないか?」


 ガルムが知る限りは、聖剣は一振りで一つの属性しか扱えないはずだった。

 【始原の七聖剣】と呼ばれる七振りしかない特殊な聖剣でもその条件は覆らない。


「これは特別製で、燃費が最悪な代わりに多機能なんです」

「そんなもんか? ちなみに、あとどれくらい戦える?」

「無補給なら最大で7回ですね。なるべくまとめて倒したいので、固まってほしいところですが」

「怖ぇやつだな……。っと、敵さんのお出ましだ」


 爆発音を聞きつけたか、東門の方から五台の浮遊機体が迫ってくる。

 乗っている人間は二十を超えるだろう。


「よし、いい感じに固まってるし、やっちゃいましょう」


 ラティアは、続けて聖剣を起動する。

 だが、先ほどの光景を見ていただろうに、相手方に焦ったような動きはない。

 速度を維持したままこちらへ向かって突っ込んでくる。 


 否、動きがあった。

 先頭を走る機体の上。仁王立ちになる一人の男の姿があった。

 男は、一振りの剣を大上段に構えている。

 その構えに、ガルムは既視感を感じる。


「待て! イノシシ娘!」

「なんでですか! 今いいところなんで邪魔しないでください、喰らえ!」

「見てわからねぇか、このド素人!」


 ラティアは、傘の先端を地面に突き刺した。

 轟音を立てて、突き刺した部分を起点に、大地が隆起をはじめる。

 その隆起現象は、まるで津波のように勢いよく進んでいく。

 津波と違うのは、前へ進むほどに強く激しくなっていく点。

 最終的には、身の丈を超えるほどの高さまで地面を隆起させた。


「――――鎧装・着装」


 赤く輝く刀身から紅蓮の炎が吹きあがり、男の体を包み込んだ。

 吹き荒れる炎の嵐が収まったその場所には、赤熱した鋼の鎧をまとった男が立っていた。

 

 ラティアの放った岩の津波が追っ手の駆る浮遊機体へと襲い掛かる。

 だが男は一切焦ることもなく、無造作に剣を振り下ろした。

 次の瞬間、剣閃は赤い軌跡を残し、隆起した岩津波はどろりと溶け落ちた。


 岩津波を真っ二つに断ち割られ、熱風が走り抜ける。

 割れた岩津波の間を潜り抜け、浮遊機体は速度を緩めずに迫ってくる。


「鎧装って、まさか……!」


 【鎧装】

 それは【始原の七聖剣】のみが有するという特殊な力。

 担い手の力を爆発的に高め、大抵の攻撃をはじくという絶対領域。


「【始原の七聖剣】が一振り、炎の聖剣〈エアガイツ〉! 代変わりしてなければ、その担い手は、ガシュー・モタガトレース!」

「ガシューって、ディアマンテ騎士団の切り込み隊長!?」


 今や五人しかいない【始原の七聖剣】の担い手。

 そんな大物を駆り出してくるあたり、相手がなりふり構っていないことがヒシヒシと伝わってくる。


「で、勝てる見込みは?」

「あるわけないでしょ! 【始原の七聖剣】は特別なの!」


 ラティアの言葉の通り、一般に出回っている聖剣はあくまでも量産型。

 量産型は担い手を選ぶ性質を持っていた聖剣を、誰にでも扱えるようにした物だ。

 その代償として、オリジナルと比して出力が極端に下がっている。


 【始原の七聖剣】に勝てるものは、同じ【始原の七聖剣】だけ。

 

 ガシューが切り裂いた隆起の切れ目を抜けて、機体が次々と飛来する。

 五台の機体は、ガルムとラティアの二人を囲むようにして円を描いて止まった。

 そろいの制服を着た黒づくめの男たちが、ばらばらと出てくる。

 だが、男たちは遠巻きに囲むだけでラティアたちの元へは近づいてこない。


 そんな中、炎の聖剣の担い手だけがこちらへと近づいてくる。

 ゆっくりと、しかし確実に。


 どう動くか。

 思案するガルムの手が無意識に剣に伸びる。

 次の瞬間、ガルムの体に衝撃が走った。


「――――がっ!?」


 焼けるような痛みが右肩から胴体にかけて走り抜ける。

 ゴウ、と唸りを上げる炎の剣が、甲冑に覆われたガルムを逆袈裟切りにした。


 宙を舞った右腕が地面に落ちる音が聞こえる。

 甲冑ごと切られた腹部も、肩口から斬り飛ばされた右腕も、その切り口は真っ黒に炭化し、血が一滴も流れ出ていない。

 久々に味わった鮮烈な痛みに、ガルムは思わず崩れ落ちた。

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