3章 騎士と竜

第19話 防衛都市ジルバリオ

「これが最前線の街、ジルバリオですか!」


 その街、ジルバリオは、荒野にポツンとそびえ立つ小高い丘に造られた一つの城塞だった。

 城塞都市ディアマンテの北方に位置する、最前線を守る要塞であり都市。

 丘の裾野から幾重にも張り巡らされた城壁と堀に囲まれている。

 特に街の北側は、魔獣との戦いに特化した軍事要塞と化している。

 逆に街の南側には大きな門が設けられ、跳ね橋がかかっている。

 そこからは、ひっきりなしに大型の浮遊機体と、周囲で農作業をしていた荷車付きの馬車が出入りしていた。


「あんまりはしゃぐなよ、それじゃあお上りさんだ」


 浮ついた様子で周囲を見回すラティアをガルムはやんわりと窘める。


「む、別にいいじゃないですか少しぐらい」

「ジルバリオはその日暮らしの冒険者ばかりだ。ディアマンテより治安が悪い。それじゃあいいカモだ」


 ガルムの言う通り、周囲を歩く人種は荒くれモノといった風体の人間が多い。

 ジルバリオは魔獣と戦うための都市である。

 それゆえに、その日暮らしで魔獣を狩って暮らす冒険者が多く、安定を求めて来るものはほぼ居ない。

 来るもの拒まず、さるもの追わずといった雰囲気だ。

 結果、町の住民は冒険者か、危険を承知で商売をする者ばかりになり、普通の街と比べるとどうしても治安が悪くなってしまう。


「まぁ、だからこそ珍しいものも多いんだが……。で、魔結晶が必要なんだったな。それも最高品質の」

「はい。ルナールの言葉を全面的に信用するのはアレですが……」

「いや、間違ってはいない。品質の良い魔結晶は強い魔獣からしか取れない。で、強い魔獣は基本的に【魔界域】にしかいない」


 ジルバリオの先に広がる一面の荒野には、そこかしこに防塁と塹壕、堀や落とし罠が仕掛けられている。

 魔獣の侵攻を押し留め、遅滞させ、効率的に殺すために作られた人工の迷宮。

 それこそが、人類圏と魔界域を分ける境界、最前線。

 始原の七聖剣の担い手が一人、土の聖剣の担い手が築き上げた決戦場にして防波堤だ。

 ゆえに、最前線を魔獣が超えることはあり得ず。

 最前線を超えられることは、ジルバリオの陥落を意味すると言っていい。

 

「そういうわけで、最前線を超えてくる魔獣は存在しない。いたとしても、監視網から漏れるレベルの木っ端未満だ」

「なるほど……。ジルバリオも広いですけど、あてはあるんですか?」

「いくつかあるが、まずは魔獣の情報が一番集まる場所、冒険者ギルドだな」


 幾重にも張り巡らされた城壁を超えて、蛇のようにうねった道を進む。

 ジルバリオの南側は、軍事色の強い北側とは打って変わって、人の生活する街としての機能が所狭しと詰め込まれている。

 その日暮らしの冒険者の多いこの街は、食堂や屋台がそこかしこに並んでいる。

 

「……あとで好きなもの食っていいから、まずは先に行くぞ」

「え? あ、ちょっと! あと少しだけ……!」

「いいから行くぞ」


 どの店からもいい香りが立ち込め、歩いているだけで腹が減ってくる。慣れていないものには毒だろう。

 今にもよだれをたらしそうな顔で屋台を眺める少女に先を促しながら先へ進む。

 

 城塞都市を形成する山の中腹までくると、建物の傾向が変わってくる。

 雑多で、後からつけ足した違法建築じみた混沌さはなくなってくる。

 石畳を敷かれた道の脇には、古めかしい石造りの建造物が増えてくる。

 区画の形状も整然としており、このあたりはジルバリオが最前線になる前に、街として計画的に作られた区画だったことがうかがえる。

 大通りを進み、二人は竜と剣の紋章が入った看板が掲げられた建造物の前にたどり着いた。

 その建造物は周囲と比較しても一回りは大きく、重厚な作りだ。


「冒険者っていうのは、その日暮らしの俺みたいなやつらだ。相手をするなよ」

「ガルムさんみたいな奴なら問題ないんじゃないですか?」

「……なんでオマエはそういう発想になる。オレは傍から見て関わりあいたい人種じゃないだろうが」

「まぁ、見た目はそうですね。でも、ガルムさんはいい人ですから」


 そう言うとラティアは重厚な木製の扉に手をかけた。

 

 建物の中は、外観とは裏腹にとても賑やかな場所だった。

 ロビー付近は吹き抜け構造になっており開放感がある。

 入口の左手と二階席からはにぎやかな声と食器を鳴らす音が聞こえてくる。酒場になっているらしいく、一仕事終えた冒険者達が一杯やっている。


 入口正面に並ぶ五つの窓口では、討伐帰りの冒険者達が報酬の交渉をしている。

 右手の壁には掲示板が張られ、多くの冒険者がどのような依頼を受けるかを検討している。

 ガルムは唯一空いていた左端のカウンターに進む。

 懐から1枚のカードを取り出すと、窓口に座る受付嬢へ差し出した。


「頂戴します。本日はどのような御用でしょうか? ガルム様」


 カードに書かれた名前を見ながら、受付嬢はそう呼びかける。


「前線で出没した未討伐の魔物の情報が欲しい」

「かしこまりました。――――こちらになります」


 そう言うと、受付嬢は数枚の手配書をこちらに手渡す。

月吼狼ハウリングウルフ」、「影泳鮫シルエットシャーク」、「日蝕鷹エクリプスファルコン

 どれも大型で厄介な魔獣ばかりだ。だが……、


「……さすがに竜種はいないか」

「えっ!? 竜種ですかっ!?」


 受付嬢の上げた声に、しんと、カウンター周辺が静まり返る。

 寄せられる視線は好機の視線と、怪訝な視線が半々か。

 ゴホン、と受付嬢は咳ばらいをすると、声のトーンを下げて話し始めた。


「申し訳御座いません。竜種に関しては、ガルム様のランクが足りないためお教えできません」

「ランクか……。そんなのもあったな。どれぐらい必要だ?」

「ガルム様の現在のランクはブロンズランクですが、竜種の情報にアクセスするには最低限ゴールドランクが必要です」

「なら、ゴールドランクになろう。必要なものは?」


 サラリ、とガルムは言ってのける。

 その言様に受付嬢の顔が一瞬固まる。 


「ランク昇格に必要なものは実績と実技試験となります。ゴールドランク以上では、実技試験を行える人すら少ないため、予約制になってしまいますが」

「なるほど……。ならば、まずは実績だな。足りているかを見てくれ」

「承知しました。ライセンスを拝見いたしま――――っ!?」


 ライセンスを専用の機器に通した受付嬢は目を白黒させている。


「どうした? 何か問題があったか?」

「ガルム様……。こちらのライセンスですが、本物ですか?」

「最近は魔結晶の売買ぐらいしかしてないが、好きに調べてくれ」

「か、確認しますので、お待ちください! せんぱーい! すみません、先輩、これの確認を! えっ、姐さん呼ぶんですか? えっ、至急!?」


 受付嬢は、小走りでギルドの内部へと消えていった。


「ライセンスってどういう仕組みなんですか?」

「細かいことは知らんが、あの金属板に、魔結晶をどれだけ市場に卸したか、討伐系の依頼をどれくらい受けたか、とかの情報が記録されている」

「へぇー。あんな小さいのに、すごいですね!」

「……こういうのは、どちらかというとオマエの専門だろう?」

「私は呪いを解くこと以外に興味がなかったので、知らないことは知らないです。まぁ、肝心の解呪にも失敗してしまいましたが……」


 ラティアは溜息をつきながら俯く。

 解呪に失敗したことを相当気に病んでいるのか、ラティアはすっかり自信を無くしてしまったらしい。


「何をしょげてんだ。お前がいなかったら俺はとうに死んでるんだぞ。自信を持て」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。ラティア、前にも言ったがオマエには感謝している。ありがとう」

「ガルムさん……」


 少しは気が紛れたのか、沈んでいた顔が上を向いた。


 そんな折に、突如ギルドの扉が勢いよく開かれた。

 現れたのは、全身を白銀の甲冑で纏った三人の騎士。

 それぞれ得意の得物が違うのか、剣、杖、大弓を背負っている。


 扉を開けたのが騎士だとわかると、あからさまにギルド内の空気が変わった。

 酒場の方からは舌打ちの音すら聞こえてくる。

 三人は一直線にガルム達のいるカウンターへと向かってくると、ガルム達を押しのけ、声を上げた。


「我々は騎士団の使いで参上した。ギルド長に取り次いでいただきたい」


 先に並んでいた二人を完全に無視した物言い。

 さすがに頭に来たのかガルムが男の肩を掴む。


「こちらが先に案件を受けてもらっているんだが?」

「なんだ、貴様は? とっと失せろ。ディアマンテ騎士団ジルバリオ出向部隊長たるこの私、リデル・モナーフェスに逆らう気か?」

「オマエがどれだけ偉いか知らんが、ルールぐらいは守れ」


 他の人も並んでいるだろう、とガルムは列の最後尾を指さす。

 ガルムのその返答にギルドの空気がざわつき始めた。

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