第20話 剣の担い手

「オマエがどれだけ偉いか知らんが、ルールぐらいは守れ」

「では、貴様がいなくなればこのカウンターは空いてることになるな?」


 大剣を背負った男は、何かを企むように笑う。

 次の瞬間、ガルムの体がカウンターの前から消失した。

 一拍置いて、激しい破砕音が響き渡る。

 風の魔術を受けたガルムが、扉にたたきつけられた音だった。


「ガルムさん!? ちょっと、何するんですか、あなた達!?」

「騎士団の崇高な職務を妨害する者に罰を与えただけだ」


 大剣の騎士リデルは、鼻で笑うとラティアを見下ろす。

 彼に付き従う残りの二人も、今気づいたとばかりに少女へ視線を集める。


「って、よく見たら君めちゃくちゃかわいいじゃん。職業何? 俺は魔術師のブルヘリア。君もあんな雑魚とつるんでないで、僕たちと一緒に行かないかい?」

「俺はアルシェ。弓使いだ。気軽にアルって呼んでくれよお嬢ちゃん」


 ブルヘリアと名乗った優男が無造作にラティアへ手を伸ばす。

 ラティアはその手を即座にはねのけた。


「お断りします。ガルムさんはあなた達より強いですし、品性があります」

「ハハハハ、オマエは品性がないとよブル」

「うるせぇぞ、アル! テメェの見た目がクソだって言ってんだよその子は」


 男たちはラティアの冷めた視線もよそに、内輪で騒ぎ立てる。


「やめたまえよ、二人とも。しかし、何も反応できず吹き飛ばされるような雑魚が、ディアマンテ騎士団で分隊長を任されている私より強いというのは何の冗談だい? さすがに無理があるだろう?」


 その口ぶりを見ると、リデルと名乗った男がリーダーなのだろう。

 三人の中でも特に偉そうで鼻につく。


「ちがいねぇ。あんな大層な甲冑つけてるわりに大したことねぇな」

「そもそも、甲冑なんて魔獣との戦いじゃ意味ないでしょ。とんだ臆病者だ」


 ゲラゲラと笑いながら、三者三葉にガルムをこき下ろす。

 ラティアの腹の底がすっと冷めていくような感覚に支配される。

 そんな三人をラティアは氷のような目で見据えた。


「ふぅん、そう。じゃあ、これに反応できないあなた達も三流ね」


 ラティアがそうつぶやいた次の瞬間、三人の直上に突如巨大な水球が発生し、水が降りかかった


「がぼっ!?」


 全身水浸しになった男達の姿に、ギルド内に失笑が沸き起こる。


「テメェ、魔女か! 店の中で魔術使うとか頭沸いてるのか?」

「先に魔術を使ったのはそっちでしょ? やられる覚悟もなしに使ったんですか?」

「ちょっと可愛いからって調子に乗るなよ、このクソアマ!」

「そちらこそ、この程度で分隊長なら、今の騎士団の格が知れるわ」

「言わせておけば!」


 売り言葉に買い言葉。もはや、一触即発の状況。

 アルシェと名乗った弓使いの男は、丸太のように太い腕を振りかぶる。

 だが、そのこぶしが振り下ろされることはなかった。


「――――言わせておけば、なんだ?」


 吹き飛ばされたはずのガルムが、騎士たちのすぐ後ろに立っていた。


 アルシェは、とっさに拳を振り下ろす先をガルムへと変更する。

 だが、その拳は正面から掴まれる。

 残った左腕でもガルムを殴ろうとするが、それも掴まれる。


「どうした? 俺より強いんだろ? 抗ってみろ」

「グ、グググ、ぎゃぁあああああああ!?」


 真っ向から掴み合う形になった二人だったが、その拮抗は長く続かない。

 じりじりとアルシェが力負けして腕があらぬ方向へと曲がっていく。

 ボキリ、と骨が折れる破砕音が響く。

 二人の力比べは文字通り、ガルムが相手をひねりつぶす形に終わった。


「クっ、クソ!」


 床に蹲る仲間を見たブルヘリアが杖を構える。

 だが、杖から魔術が放たれるよりも先に、ガルムの腕が優男の首根っこを掴んだ。

 意趣返しとばかりに、店のドアめがけて男を放り投げる。

 男はまるでブーメランのように回転しながら、店の扉を突き破って消えた。


「――――貴様っ!」


 一人残されたリデルは、背負った大剣の柄に手を添える。


「剣を抜くってことが、どういうことか分かってんのか?」


 その状況にガルムも仕方なく腰の剣に手を伸ばした。

 次の瞬間、風が空間を駆け抜けた。

 

 だが、同じ技を二度も素直に喰らってやるガルムではなかった。

 ギィン、と甲高い音を立て、ガルムが抜いた聖剣と相手の剣が交差する。


 野次馬の歓声が響き渡る。同時に、巻き込まれるのは御免だと、出口に殺到する客たちで、酒場はパニックに陥った。

 だが、ガルムにとってはそんなことなんてどうでもよかった。

 それよりも眼前の相手が使った技に、振るった刃に意識を持っていかれていた。


「異常な速度、突風。その特性、ティフォンと同じく風の聖剣か……」


 かつて、友であるイリアスが担い手だった風の聖剣。

 その事実にゾワリと泡肌がたった。


「ティフォン……。あぁ、確か反逆者イリアスの聖剣か? これなるは魔剣テンペスター。ジルバリオ分隊長たる私に下賜された最強の剣だ」


 鍔迫り合いの状態から、ガルムは力押しで相手を叩き潰そうとする。

 だが、相手は疾風のごときスピードでガルムのそばを離れる。


「――――あぁ?」


 目の前のクズの口から飛び出した友の名に、ガルムの頬がぴくりと動いた。


「我が剣を、そんな大罪人の汚らわしい剣などと比べないでくれたまえ!」

「――――汚らわしい?」


 ガルムの目に殺意が宿る。

 しかし、それにリデルが気付くことはない。


「疾風よ!」


 目にもとまらぬ速さで繰り出される剣撃。

 ガルムはそれを全て見切り、聖剣で受け流す。

 しかし突如、スパン、と軽快な音と共にガルムの甲冑が裂けた。


「……風属性による切れ味の強化と、圧縮した空気による刃の伸長か」

「詳しいな……。だが、知ったからと言ってどうしようもあるまい」


 ふわり、とリデルの体が宙に舞った。

 聖剣の力を行使し、体を極限まで軽くするとともに、風を制御することで、飛行を可能にしているのだろう。


 リデルは風の勢いに乗って、果敢にガルムへと攻めかかる。

 ガルムはその攻撃の全てを受け止め、捌いていく。

 だが、目に見えない刃はガルムの防御を潜り抜け、ダメージが蓄積していく。


「ハハハハ、手も足も出まい! これは【始原の七聖剣】たるティフォンをも超える最強の剣。そして私は、その最高の担い手。反逆者イリアスなど目でもないわ!」

「――――ほう?」


 受ける一方だった、ガルムの動きが、相手の言葉を機にガラリと変わった。

 切りかかってくるリデルの剣を華麗にかわすと、いったん距離をとる。


「ラティア、これ持ってろ」


 ガルムは聖剣を鞘に納めると、ラティアに渡した。


「正気ですがガルムさん!」

「オレは、こいつを聖剣なしで倒さないといけなくなった」


 そう言い残し、ラティアのもとを離れるガルム。


「どういうつもりだ?」

「わからねぇのか? テメェなんぞ、素手で十分だってことだ」


 かかってこい、とガルムは無手をアピールして挑発をする。


「調子に乗るな!」


 その言葉を残して、今迄に倍する速度でリデルは攻めかかる。だが、


「調子に乗ってるのは、どっちだ」


 その攻撃のことごとくを、ガルムは最低限の動きで避けていた。


「剣の力に使われない程度の身のこなしだが、それだけだな」


 ガルムは今までは喧嘩ということで無意識に加減をしていた。

 だが、友を侮辱するような奴にくれてやる温情はない。


――――イリアスに売られた喧嘩は、俺が買ってやる!


 ガルムは相手の振るう刃も、攻撃の余波で生まれる風の刃すらも完全に見切り、小刻みにステップを踏みながら最低限の動きで回避してみせる。


「――――チィ!」

「イリアスは、もっと早く、もっと速かったぞ!」


 何度目かの攻撃を回避したガルムは、その流れで相手の腹にこぶしを叩きこんだ。


「がっ!?」


 宙に浮いたまま踏ん張りがきかなかったリデルは、目にもとまらぬスピードで派手に壁にたたきつけられる。

 だが、意外にもすぐに立ち上がる。


「チッ、体が軽いし飛んでるから、ダメージの入りが悪いんだったな。忘れてたぜ」

「何故だ! 何故、聖剣も持ってない男に、この俺が翻弄されるッ!」


 激高し風そのものと化したリデルが、ガルムの周囲に吹き荒れる風と化す。

 もはや、ラティアの目には姿も見えないほどの速度だが、ガルムは一切動じない。

 

 吹き荒れる暴風の只中、リデルは台風の目と化したガルムめがけて、死角をついて切りかかった。


「――死ねぇ!」

「いいや……、これで詰みだ」


 だが、ガルムはそこに来ることが見えていたとばかりに相手を躱すと、蛇のごとき滑らかな動きで相手の背後へと回り込み、首元へ腕を巻き付けた。


「ぐっ!?」


 リデルは床を離れた足をばたつかせる。

 だが、いくら自身を締めあげる腕を掴んでもガルムの拘束は解けない。


「最強の風の魔剣使いとやらは、どうやら丸腰の相手にすら勝てねぇらしいな」


 その耳元で、研ぎ澄まされた刃のように冷たい声が男の肝をひと撫でした。


「――で? オマエがイリアスより、何だって?」

「~~ッ!!」


 男は恐怖に引きつった顔のまま、ガルムに締め落とされ、床へ沈んだ。

 圧倒的なまでの力量差に、留飲を下げた観客たちの歓声が響き渡る。

 ガルムは男の取り落とした剣に一瞥をくれた。


「オマエ程度が担い手を名乗るなど、百年早ぇよ」

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