第21話 ギルドマスター

「オマエ程度が担い手を名乗るなど、百年早ぇよ」


 どさりと、騎士の体が崩れ落ちる。

 一瞬の静寂。

 そして、ガルムの勝利をたたえる歓声が響き渡った。

 調子に乗った野次馬達がガルムの元に押し寄せてくる。


「よくやってくれた!」

「あいつら、権威をかさに着て鬱陶しかったんだよ」


 あれほどの騒ぎを起こしたというのに、好意的な意見が多い。

 野次馬達は、そのままガルムを酒場へと連れ込もうとする。だが、


「アタシのシマでいったい何の騒ぎだ!」


 直後、ギルドの奥へと続く扉が勢いよく開かれ、怒声が響き渡った。

 そこから現れたのは、血のように赤い髪を美しく伸ばした長身の女性だった。

 目を引く色の髪以上に目立つのが、体のあちこちに走る痛々しい火傷の跡。

 だが、彼女自身はそんな傷跡など気にする様子はない。


 堂々たる足取りで、この荒くれモノばかりの空間に割り込んでくる女性。

 その姿に、酔っ払い共は一瞬で酔いがさめたのか、こそこそとガルムのそばから離れていく。

 騒ぎの現況を見つけた赤い髪の女性は、ビキリとこめかみに血管が浮かんだ。


「貴様、ベーオウルブズ!! どの面下げてアタシの前に顔を出した!」

「げっ! リオ!? リオ・クリメージ!? しまった、ここはオマエの……」


 ガルムはその女性の顔を見るなり、苦々しく顔をゆがめて後ずさる。


「二度と私の前に顔を出すなといったはずだぞ、ベーオウルブズ!」


 リオは言葉と共に腰から剣を引き抜く。

 それは異様な剣だった。

 一言で言うなら砕けた剣だ。

 刀身が途中で折れているため、刃渡りが長剣の半分ほどしかない。

 そして残っている刀身も全体にひびが入っている。


「死ねぇっ!」


 リオはその歪な剣を自身の眼前に構える。

 剣から蒼い輝きが溢れだし、刀身へとまとわりつく。 

 リオが剣をガルムに向かって突き出した瞬間、視界を青い輝きが貫いた。

 ガルムの頬をかすめたその攻撃は、背後の壁に綺麗な真円の穴を穿った。


「うおぉっ!? 私闘に聖剣を持ち出すんじゃねぇ!」

「ウチの店で暴れたお前が言うな!」


 リオはまるでレイピアでも振るうがごとく軽やかに怒涛の勢いで突きを繰り出す。

 ガルムがそれを避けるたびに、店の備品が蜂の巣と化していく。


「……誰ですかあの人! まさか、昔振った人!?」

「バカ言え! ありゃ、俺の親友のイリアスの婚約者だ!」

「はぁ!? じゃあなんでそんなに恨まれてるんですか!」

「それは……、ってうぉおっ!?」


 ガルムは口ごもるが、悠長に話をする余裕をリオは与えてはくれない。


「ま、待てリオ! ここがオマエの店とは知らなかったんだ!」

「――――問答無用!」


 ガルムの静止もむなしく、繰り出される突きの威力が高まった。

 先ほどまでの攻撃がレイピアのそれなら、今繰り出されているのは、一撃一撃が必殺の矢の雨のごとき怒涛の大瀑布だ。


「クソっ……。ここは任せた! オレは一旦逃げる!」

「あぁっ! ちょっと!?」


 そう言い残すが早いか、ガルムは身体強化を駆使して脱兎のごとく駆けだした。


「逃げたか……。そこに隠れてるお連れさん?」

「ひえっ!?」

「取って食いやしないよ、出ておいで」


 スゴスゴとラティアはリオの前に姿を現す。


「す、すみません。ガルムさんが暴れたせいでこんなことに」

「この様子だと、騎士団のアホどもが喧嘩吹っ掛けたんだろう? もっとも、ガルムのアホにも少し自重してほしいところではあるけどね……。とりあえずあのアホどもを牢屋に叩きこんどいてくれ」

「見当たりません! 先ほどのドサクサで逃げたようです!」

「全く……。相変わらず逃げ足だけは速いな、アイツらは……。騎士団に店の修繕費を送り付けておいてくれ」

「了解!」


 リオはギルド職員たちにてきぱきと指示を飛ばしていく。

 職員たちも嫌な顔一つせずに仕事をこなしている様子を見るに、彼女は慕われているのだろう。


「ところで、アンタ。なんか用事があってウチに来たんだろう?」

「え? いいんですか?」

「私が個人的に許せないのはガルムの野郎だけだよ。お嬢ちゃんは関係ないさ」


******


「すまないね、あまり片付いてなくて。座ってくれ」


 ラティアが通されたのは雑多な印象のある部屋だった。

 部屋の広さに対して異様にモノが多い。

 壁際には背に『報告書』とラベルの張られたファイルの並ぶ本棚。

 奥の執務机の上には大量の書類。

 部屋の隅にはゴロゴロと魔結晶をはじめとした魔物の素材が転がっている。

 それでも、最低限の応接スペースであるソファとテーブルの周囲だけは何とかきれいにしておこうという努力が透けて見える。


「それで、我らが冒険者ギルドにはどんなご要件で?」

「最高クラスの魔獣の魔結晶を。できれば竜種の素材を探しています。そのためにガルムさんにはゴールドランクになってもらう必要があったんですが……」

「喧嘩売られて、あの惨状ね」


 三馬鹿にも、ベーオウルブズにも困ったもんだよ、とリオは独り言ちる。


「なぜわざわざ竜種を狙う?」

「それは……」

「知っているだろう? 竜種っていうのは、最強の魔獣。ここ十年で討伐されたのはただの一体。獄炎竜グラナティスだけだ」

「たしか、数年前に騎士団によって討伐されたとか」

「そう。アタシとイリアスとベーオウルブズを含めた、【始原の七聖剣】の担い手が五人も獄炎竜の討伐に駆り出された。結果、獄炎竜の討伐にこそ成功したが、先代の闇の聖剣の担い手は死んだ」


 聖剣の担い手と言えばディアマンテが誇る人類最強の使い手だ。

 ガルムやガシューやルナール、そしてリオ。

 彼らのような強者が五人でかかっても死人を出すドラゴンという種族。

 知識としては知っていたつもりだが、改めて言われるとその恐ろしさを実感する。


「アタシはその戦いで獄炎竜に対抗しきれず、水の聖剣を台無しにしちまった」

「ひょっとして、さっき使ってたのが……」

「これは【始原の七聖剣】が一振り、水の聖剣〈カタラクティス〉。その残骸さ」


 そういって、リオはテーブルにひび割れた剣を置いた。


「今じゃ、アタシの魔術のサポートぐらいしかできないけど、騎士団抜ける時に無理言って譲ってもらったのさ」

「そうですね……、コアである魔結晶も、回路もズタボロですし、聖剣としての力はほとんど残ってないと思います……」

「やけに詳しいね……。アンタ、魔女?」

「それは……」


 その問いに、ラティアはどう反応していいかわからなくなった。

 彼女の婚約者であり、ガルムの親友であったイリアスは魔女の呪いに死んだのだ。

 彼女がその真実を知っているかはわからないが、どうなのだろうか?


「ん? あぁ、ひょっとしてアイツからあたしとイリアスの話でも聞いた?」

「……はい」

「そう身構えなくてもいいよ。そうだね、ガルムのアホから顛末は聞いてる。イリアスが呪われて暴風竜になったことも、アンタらの親玉が元凶だってことも」


 ラティアはリオの顔を直視できず、目をそらす。

 膝の上に置かれたリオの拳は、ぎゅっと強く握られていた。


「アタシは大魔女を絶対に許さないし、イリアスを巻き込んだベーオウルブズを、……むざむざひとりで生きて帰ったアイツを許さない」


 リオは机の上に置いた聖剣を手に取る。

 ラティアは思わず身構える。


「アンタはアイネじゃない。そのくらいの分別はつけているつもりだ」

「じゃあ……!」

「だが、それとこれは話が別だ。竜の情報はベーオウルブズならともかく、君には教えられない」

「なんでですか!」

「君じゃあ、勝ち目がないからだよ・ベーオウルブズは問題ない。だが、君が行くというならば、間違いなく足を引っ張る。そして、竜相手ではそれが命とりだ」

「――――ッ!」

「出直してきなさい」


 あまりにも当然の事実に、ラティアは言葉がない。

 ラティアはそのまま部屋を後にすることしかできなかった。


******


「――――何の用だい。アタシは今機嫌が悪い」

「貴殿の機嫌など、我らの使命の前には何の関係もない」

「クレールス……ッ!」


 リオの手が腰の剣に伸びる。

 だが、クレールスは臨戦態勢に入ったリオのことなど気にも留めていない。


「率直に伝える。騎士団で暴風竜の討伐を行うこととした。そこで、水の聖剣の担い手たる貴殿の力を借り――――」


 クレールスが言葉を最後まで発することはできなかった。

 純然たる殺意がリオから吹き上がり、それに応えた水の聖剣は力を纏う。

 紫電が如き素早さで放たれた刺突の嵐。

 岩をも砕く力を秘めた水流が、クレールスへ向けて幾条も迸った。


「物騒だな、リオ・クレメージ。だが、今の貴様では私は倒せん」


 だが、必殺の刺突の雨は躱された。

 いつの間に抜き放ったか、クレールスの持つ剣が、リオの首筋にあてられている。


「剣をしまえ。今ならばその無礼を許そう」

「――――ちっ!」


 リオは剣を鞘へと戻した。


「賢明な判断だ。して、返答はいかに?」


 クレールスは、首筋に剣を当てたままリオへ問いかける。


「脅してるつもりかい? 私がそんな依頼を受けるわけがないだろうが! 分かってるだろう、暴風竜は――!」

「あぁ、そうだったな。アレは貴様の婚約者がだったイリアスが魔獣へと変貌したものだったな。だが、それがどうしたというのだ?」

「なん――――、だと?」

「アレは今ではただの魔獣だ。幾つもの村を破壊した厄災だ。ならば私は騎士として、アレを殺さねばならぬ。そして、確実を期すために貴様に問うている」


 クレールスが告げるのは厳然たる事実。

 多くの人を害するであろう厄災の討伐に手を貸すか否か。それを問われている。


「――――ギルドに所属している冒険者で希望する者は好きに使ってもらっていい。希望する者を止める権利はあたしにはない」

「私は貴殿はどうするかを問うている。答えよ」

「この件に私は手を貸せないよ。死んでもね」

「そうか……、残念だ。リオ・クレメージ」


 首筋に走る死の予感。

 無意識にリオの体がこわばり、反射的に腰の聖剣に手が伸びる。

 だが、リオの予想に反してクレールスは剣を収めた。


「貴殿以外に、このギルドで竜種に立ち向かえるものはおらぬ。有象無象の助けは要らぬ。騎士団のみで暴風竜を討伐してくれよう」

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