第22話 竜を狙う者たち
「ガルムさん! こんなところにいたんですね!」
リオから一目散に逃げたガルムは、街のはずれ城壁の上で黄昏れていた。
「もう! 探しましたよ! 私この町初めてなんですからね!」
「悪かったよ……。それで、竜の情報は手に入ったか?」
「はい。ここ何年かで報告のある竜は暴風竜だけだそうです」
「……そうか」
ガルムは街の北側を眺める。
そこから見えるのは一面の荒野だった。
そこかしこに土塁や空堀と塹壕、見張り塔が築かれている人口の迷宮。
いくつかの野営地から立ち上る焚火の煙が、空に線を引く。
「……なぁ。暴風龍はやめないか?」
ガルムはポツリと投げかける。
「何言ってるんですか?」
ラティアはガルムへ詰め寄る。
だが、ガルムは城壁の傍にたたずんだまま、地平線の先を眺めていた。
「私、言いましたよね! ガルムさんの呪いは解けてないし、ちょっと猶予が伸びただけだって!」
「伸びたんだろう? だったらこの地方から離れて、違う街に行ってもいい? あえて暴風竜を殺す必要はない。竜ならよそにもいるはずだ」
「この街ジルバリオは、魔獣との戦いの最前線だって、ガルムさんが自分で言ったじゃないですか!!」
「……どうだったかな」
不服そうに正論を述べるラティアだったが、ガルムは目をそらす。
「ガルムさん……。勘違いしているみたいなので言っておきますけど、魔獣は魔獣です。元が人だったとしても、彼らに人としての意識は残っていないんです」
「……なんでそう言い切れる」
ガルムの思考は鈍る。
辛い現実を直視しないために。
しかし、そんな自己防衛のためだけの苦しい問いかけは、ラティアの不満を増幅させたようだ。
「見ればわかります! ガシューがどうなったか覚えてないんですか! ガルムさんに勝ちたいって言いながら魔獣になったのに、周囲の街を無差別に攻撃していました!」
炎の魔剣〈ジェロージア〉。
騎士団員にして、【始原の七聖剣】の担い手だった、ガシュー・モタガトレースが魔女から供与された魔剣。
アレがもたらした魔獣化が、魔女の呪いによるそれと同じ原理かは不明だ。
だが、人から魔獣へと変じた以上は、起きた事象はほぼ同じと考えるべきだろう。
ラティアの言う通り、魔獣になった以上は人の意思など存在せず、残っていたとしても魔獣の本能に逆らうことなどできないのかもしれない。
だが、確証があるわけでもない。
「暴風龍が周辺の街にどれだけの被害を撒き散らしたか、わかってますか!?」
「……わかってるよ」
「わかってないです! わかっているなら、『自分にかかった呪いが解けて、誰かのためになるなら一石二鳥だ』とかなんとか言ってガルムさんはアレを倒そうとするはずです!」
「……それはどういう意味だ」
苛立たし気にガルムはラティアに向き直る。
「ガルムさんがあんなに大魔女を憎んでいたのは、アレが犯した罪を放っておけなかったからじゃないんですか! 貴方の中にある良心が、正義感が、それを許せなかったからじゃないんですか!」
「正義感? はっ……アレを殺したかったのはオレの私怨だ。許せないとか、偉ぶってたのだって、ただの自己弁護だ」
ガルムは乾いた声で笑う。
「オレにオマエが期待するような良心なんかねぇよ。赤の他人なんてどうでもいい。たとえ魔獣になって誰かを殺したとしても、アイツはオレの親友.私情を優先して何が悪い!」
「……っ、ならどうして、見ず知らずの子供たちを助けたんですか!」
ガルムは思わずラティアを見た。
声を震わせるラティアの顔は赤く、今にも泣き出しそうな目でこちらを睨んでいる。
「あなたは私を……大魔女から守ってくれました。本当に良心がないならそもそも貴方はっ、そんな体になることだってなかったんじゃないんですかッ!」
「……何をそんなに熱くなってるのか知らないが、オレを買いかぶりすぎだよオマエは」
ガルムは努めて冷静に、ラティアをなだめようとしたつもりだった。
しかし彼女はなぜだかさらに語気を強める。
「ガルムさんの分からず屋! 何が親友ですか! リオさんの気持ちも、イリアスさんのことも……ちっとも考えようとしないで!」
「……リオに何を聞いたか知らないが、部外者が分かったような口を!!」
「イリアスさんは死んだんです! あんな化け物が! 魔獣に成り下がったものがイリアスさんだと、あなたは本気で思ってるんですか!」
「…………っ!!」
勢い任せで放たれたその言葉が、ついにガルムの逆鱗に触れた。
「――――テメェ、今何つった?」
「ガルム……、さん?」
「魔獣に成り下がった化け物だと? 今にも魔獣になりそうな呪いを抱えたオレも、オマエは化け物だっていうのか?」
「ちッ……、ちがいます!」
ラティアは必死で否定しようとする。
だが、その言葉は、思いはガルムには届かない。
「いいや、何も違わねぇよ。オマエもオレが呪いで化け物になったら、容赦なく殺すんだろう?」
「そんなことしません、私は!」
「オマエが言ってるのは、そういうことだ! それが化け物なら、元が何であっても関係ない!人に害をなすなら殺す! オマエはそう言ってるんだよ!」
「そんなことにはさせません! あなたは私が治します! 何に代えても!」
「そんなに自信があるなら、オレなんかよりアイツを治してみせろよ!」
悲鳴にも似た叫びが響き渡った。
「もうオレには、親友だったやつを殺してまで生きてる理由がないんだよ……」
「ガルムさん……」
そう言ってうなだれるガルムはいつもよりとても小さく見える。
「わかりました。私一人で何とかします」
そう言い残して、ラティアはその場を立ち去った。
「クソッ、何だってんだよ…………!」
ガルムは小さくぼやきながら、かつての親友が今もいるであろうこの荒野の果てを
――――魔界域を見つめていた。
******
「――――以上のメンバーを先遣隊とする。何か質問があるものは?」
ジルバリオの北、最前線にほど近い出城に、騎士団のジルバリオ出張所はある。
その会議実に、数十人近い数の騎士が集合していた。
明日から開始されてる、暴風竜討伐の為のブリーフィングを行っている。
「団長! なぜ私が先遣隊に含まれていないのですか! 私は風の魔剣の担い手であり、暴風竜との戦いで風の魔剣は有効なはずです」
「リデル、貴様は最近冒険者に敗北したらしいな、噂になっているぞ?」
「なっ……!?」
「あのギルドに所属する程度の冒険者に敗北するような騎士が、竜種との戦いで役に立つはずもない。これは決定事項だ」
「――――っ!!」
リデルはぐうの音もでないようで、すごすごと引き下がる。
「……このメンツやと、どう考えても暴風竜を相手取るには火力不足やと思います。今の騎士団で最大火力を持つ団長は先遣隊に参加せぇへんのかしら?」
「ルナール、闇の聖剣の真なる力を振るえば、暴風竜程度造作もなかろう。ならば、万が一の事故に私は備えねばならない」
「万が一があるなら、わざわざ火中の栗を拾う必要はないとちゃいます? それに、竜種相手に戦力の逐次投入は悪手やと愚考しますが?」
「貴殿の懸念もわかる。よって、先遣隊に参加する者で、希望する者には魔剣を貸与することとした」
クレールスは大きな箱を演台に乗せると、その中身を開帳する。
箱には数振りの剣が収まっていた。
そして、クレールスの背後には同じような箱が数箱積み上げられている。
その事実に、騎士団のメンバーからざわめきが巻き起こる。
魔剣。
聖剣に匹敵する力を持ち、担い手を選ばないといわれている最新にして最強の剣。
まだ数がそろっていないため、騎士団の切り込み隊長と言われていたガシューをはじめ、腕利きにしか貸与されていなかったものだ。
「ルナール、どの魔剣を誰に貸与するかの判断と細かい段取りは先遣隊長の貴殿に任せる。うまく使えよ?」
「――――承知しました。選抜メンバーは前へ。これから魔剣の貸与する。明日までに慣らしておくように」
「了解!」
憧れの魔剣を振るうことができる。
その事実に、選抜メンバーは歓喜し、選ばれなかった騎士も奮起する。
「そんな……、こんなことが……」
だが、既に魔剣を貸与されていたリデルは膝をついた。
選抜メンバーから外され、自負の証だった魔剣が多くの騎士に貸与される事態。
リデルのプライドはズタボロだった。
「おい、リデル。大丈夫か?」
「くそ、あの甲冑野郎のせいだ。リデルは団長たちの次に強いのに、あいつのせいでケチが付いた!」
いつもつるんでいる、二人がリデルに声を掛ける。
二人も選抜メンバーから外されたせいか、その怒りの矛先は全身甲冑の冒険者へと向いている。
「――――あぁ、そうだな。皆に俺達の力を見せつけてやらないと」
「何か考えがあるのか?」
「簡単な話だ、俺達だけで暴風竜を討伐する」
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