第27話 復活の聖剣

 鋭い爪による攻撃。

 強靭な牙による攻撃。

 尾による範囲攻撃。

 

 そのすべてが疾風をまとい、実際の攻撃範囲以上の広範囲に破壊をまき散らす。

 爪を振るえば大地が裂ける。

 牙を振るえば山が割れる。

 尾を振るえば森が消し飛ぶ。

 

 それはもはや厄災であり、暴力の顕現でしかなかった。


「――――【身体狂化】」


 並の騎士なら避けることすらできずに死に至る攻撃の数々。

 だが、肉体と感覚を強化した全力のガルムにとっては問題にならない。

 いかに強い攻撃であっても、いかに広範囲の攻撃であっても、見えれば避けれるし、対処できる。

 攻撃がろくに命中しないことにしびれを切らしたか、暴風竜は力を頭部に集中させ始める。


「その程度!」


 竜の吐息ブレスを放出するべく大口を開いた瞬間、ガルムは限界まで自身の身体能力を強化する。

 強化された肉体が動く速度は音を超え、瞬時に暴風竜の側面へと回り込む。

 竜の口内で渦巻く暴風をわき目に、地を蹴るガルム。

 そして、残っていたもう片方の翼を切り飛ばした。


「GAAAAAAA」


 咆哮した暴風竜。

 ガルムの攻撃に半秒遅れて薙ぎ払うように広範囲に吐息を解き放った。


「ちっ……」


 着地。

 敵からいったん距離を取りながら、ガルムは回避できそうな場所を探す。

 しかし、このあたりには土塁も防壁もない。

 逃げ場を失ったガルムは全力で飛び退りながら、暴風の奔流に身をさらした。

 その場で必死に耐えるよりは、風は受け流した方が被害が少ないことをガルムは知っていた。

 吹き荒れる幾千幾万もの疾風の渦に、鎧がはじけ飛び、肉が切り裂かれていく。

 だが、それ以上の速度で生命の聖剣がその本領を発揮する。

 引き出された力はガルムの傷を、鎧をも修復していく。


 吹き荒れる暴風が収まったころにはガルムの体は完全に元通りになっていた。

 その身を蝕み続ける呪い以外は。


「獄炎竜の時みたいに無茶はできんか……」


 傷が一つ治るたびに、右胸に鎮座する【祝福の結晶】が疼き、その浸食範囲を右胸から全身へと拡大していく。

 何度も攻撃を受けていては、ガルムの体が朽ちる以前に、呪いがその身を飲み込むだろう。

 そうなっては、イリアスを止めるどころではない。

 最悪、自分まで魔獣になってしまう。


 それではリオに申し訳が立たない。

 そして、きっとあのお人好しも苦しむことになる。

 

 吐息を放出し終わった暴風竜は、再びその身に風の鎧をまとい始める。

 幾層にも重なるその障壁は、陽炎のごとく暴風竜の姿を揺らめかせる。


「結界を張りなおされたか……。だが、両の翼がもがれては、まともに飛べまい」


 ガルムは戦略を練り直しながら暴風竜を攻め立てる。

 最大限に強化した身体能力で叩きこんだ斬撃は、結界を切り裂いただけで終わる。

 ガルムが次の手を打つ頃には、風の結界が再構成されている。


「なるほど、ならば……ッ!」


 暴風竜が戦闘時に自ら結界を緩める瞬間がある。

 それは決まって強力な攻撃の直前だった。

 正しくは、結界に回すほどの余裕がなくなるというべきか。


 ガルムは、その隙をつけば暴風竜を攻略できると踏み、次の大技を待つ。

 暴風竜の爪を顎を尾を躱しながら、隙を見つけて攻撃を続けるガルム。

 だが、何回か切り結ぶうちに違和感を覚えた。

 翼を斬られた一撃がよほど堪えたのか、暴風竜は結界を緩める気配を見せない。


「いっちょ前に学習したか……。面倒だな」


 相手が全力で攻撃してこないというのならば前提が変わる。

 

 今のガルムがとれる方法は二つ。

 一つ目は、結界ごと相手を叩き伏せる。

 技術的には不可能ではない。

 だが、聖剣の出力をそこまで上げると、生命の聖剣もただでは済まないだろう。

 獄炎竜との戦いで、水の聖剣が限界を迎えたように。


 もしそうなればもう打つ手がない。

 ガルムが呪いを抱えていることを考えれば、ますます勝ち目が減る。


 二つ目は、援軍を待つ。

 誰かに結界を壊してもらい、その隙に自分が竜の懐へ潜り込む。

 だが、この手も難しい。

 まず自身に比類する力の担い手がこの場にいない。

 可能性のあったリオは、負傷している。

 呪われる前のガルムであれば、力の限り、その意志の続く限り、それこそ無限に戦うこともできただろうが――――、


(この体どこまで粘れるか……)


 突破口を見出せないガルムは、じり貧だった。


******


「リオさん、大丈夫ですか!?」


 ガルムに危ないからと、置き去りにされたラティアだったが、ようやくジルバリオの前までたどり着いた。


「げほっ……、あたしは平気さ。それよりも暴風竜は?」

「ガルムさんが止めてくれてますが……」


 ラティアはチラリと、荒野の方を見やる。

 暴風竜が何かに翻弄されるように暴れている。

 あまりの速度にラティアは視認できないが、おそらく暴風竜の周囲をガルムが飛び回っているのだろう。


「クソっ、私にもまっとうな聖剣があれば……」


 顔をしかめながらも起き上がろうとするリオをラティアは抑え込むと、轟音の鳴りやまぬ戦いの場を見る。

 

 ガルムはきっと苦戦している。

 リオの言う通り、せめてもう一振り聖剣があれば事態を打開できる。

 だが、ルナールの闇の聖剣は砕け散った。

 

 そうなると残る聖剣は地と光。

 地の聖剣の担い手は前線の魔獣を抑えるので精いっぱいだろう。

 そして、光の聖剣の担い手はこの場にいないらしい。

 

 考えている間にも貴重な時間が過ぎ去っていく。

 呪いをその身に抱えたガルムに長期戦をさせるのは避けたい。


「……リオさん。暴風竜を、イリアスさんを倒す覚悟はおありですか?」

「ラティア……。それは、どういう意味だい?」


 ラティアは、リオの傍らに打ち捨てられた聖剣だったものを手に取る。


「私はガルムさんのためなら何でもするつもりです。だから確認させてください。あなたはガルムさんが暴風竜を倒すのを見過ごせますか?」

「それは……」

「少しでも迷いがあるならリオさんには任せられません。勝てる確率が下がるとしても、私がやります」

「見くびるなよ。アタシだってあの人に、これ以上に人殺しをさせたくない」


 そう告げるリオの瞳に憂いはなく、彼女が覚悟を決めているのを感じる。


「わかりました。では、冒険者ギルドにある一番質のいい魔結晶を私にください。それを使ってあなたの水の聖剣〈カタラクティス〉を蘇らせます」


 ラティアはリオに肩を貸すと、ガルムに向かって全力で叫ぶ。


「ガルムさん! 策があります。何とかもう少し持ちこたえてください!」


 この方法に懸けるしかない。

 今の自分が彼のためにできることはこれくらいしかない。

 ガルムの返事を待つこともなく、ラティアはジルバリオの門へ急いだ。


******


「もう傷が治り始めてるな……」


 先ほど切り飛ばしたドラゴンの羽はすでに再生を始めていた。

 ふさがった傷口からは新たに結晶状の何かが芽吹こうとしている。

 

 再び飛ばれたら最後。

 空中でのまともな戦闘方法がないガルムは、満足に戦うことすらできなくなる。


 ラティアの『策』とやらが何かは分からない。

 だが、今はそれに賭けてみるしかないだろう。

 

 右胸には渦巻く呪いは、刻一刻とその浸食範囲を広げている。

 ガルムが聖剣の力を戦いに使えば使うほど、呪いの抑制効果も弱まっていく。


「期待してやるから……、早くしてくれよなッ!」


 ガルムは、呪いを抑制した状態で引き出せる最大限の力を聖剣から解き放つ。

 その状態で引き出せる最大の力で暴風竜へと切りかかった。


「――――チィッ」


 だが、暴風竜が維持する風の結界に跳ね返される。


「わかっちゃいたが無理か……」


 ならばと、ガルムは呪いを封じ込めている封印を解除する。

 そして、そこにつぎ込んでいたすべての力を聖剣へ返す。


「――――鎧装・着装!」


 戒めが外れるとともに活性化を始める右胸の【祝福の結晶】に顔をしかめながら、ガルムは聖剣が与える最強の鎧を身にまとう。

 そして、供給される生命の力のほとんどを自身の力へと転化させる。


 全身に負った細かな傷も、これまでの戦闘で失った体力も、呪いを除いて全てが万全の状態へと回帰する。

 そして、右目を見開きスイッチを入れる。

 一瞬でガルムの認識する世界は、光ではなく、生命を認識する世界へと変貌する。


(周囲に人間大の生命反応、ほぼなし。暴風竜は……)


 人の生命の輝きを松明とするならば、暴風竜の輝きは太陽そのものだった。

 しかも普通の魔獣なら一つしかない輝きが二つも存在した。

 太陽と月のように輝きの強さこそ異なるが、そのどちらもが強大な輝きだった。

 ならば、最も強い輝きを狙うべきだ、と胴体の一点に狙いを定める。


「GAAAAAAAAAAAAAAA」


 障壁を突き抜けて、何とか届いた刃が暴風竜の表皮に傷をつける。

 傷を受けるとは思っていなかったのか暴風竜は、煩わし気に自身を傷つけた存在、ガルムをねめつけると咆哮した。


******


「できれば水属性の魔物の魔結晶を! 最高品質で!」


 魔結晶の選定をリオに任せ、ラティアは一人準備を始める。


「聖剣〈ダンバイス〉・起動! 構造解析開始!」


 時間がない。

 焦る気持ちを速度に変えて、ラティアは必要な工程を手早く終わらせていく。

 今回はゼロからの鋳造ではなく、復元が目的。

 重要なのは水の聖剣の作成者の意図を汲み、できる限り全盛期に近づけることだ。

 意匠から、構造から、材質から、傷一つから、壊れた経緯から、この剣がどのような在り方を求められたかを、ラティアは理解していく。


「あったよ! これならどうだい!」


 投げ渡されたのは、こぶし大の魔結晶。

 竜種ほどとは言わないがかなりの逸品だ。


「――――鋳造開始」


 受け取るなり、ラティアは工程を再開する。


「――――魔結晶の属性調整」


 聖剣のコアと属性が完全に一致するよう魔結晶から不要な属性を取り除く。

 そして出来上がったのは、澄み切った川のごとき色合いの結晶。


「――――同調開始」


 その結晶に両手を当てると、結晶が個体ではなく液体へと溶解する。

 液体と化した結晶は、ラティアの手の動きに合わせ、聖剣の刀身にまとわりつき、染み入り、同化していく。

 失われた刀身を再現し、ひび割れたコアを補強し、全盛期のそれへと近づける。

 そして、最後の一滴が刀身と同化する。


「――――工程完了。できた……」


 滝のような汗を流しながら、集中を切らすことなく続けられた鋳造作業は終了。

 同時に、ラティアは糸が切れたように崩れ落ちる。


「おい、大丈夫かい!?」

「大丈夫です、それよりも……、これを」


 ラティアは鋳造し直されたそれをリオへと手渡す。

 水のように優美な曲線を描いた、青みがかった刀身を持つその剣。


「これは、確かに水の聖剣! だが……」

「すみません……、この短時間ではこれが限界でした」


 ラティアの手によって鋳造し直された剣は、間違いなく水の聖剣そのものだ。

 リオが手にしているこの間にも強力な力を放ち続けている。

 だが、刀身にも、コアの魔結晶にも、未だひび割れが入ったままだった。


「これが全力で振るえるのは、おそらく一回が限度です。リオさん、その一回にあなたの最高の技を乗せてください」

「あぁ、当然さ。後はアタシに任しときな」

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