第25話 真打

「――――っ、うぅ……」


 ラティアは、うめき声を上げながら立ち上がる。

 事前の打ち合わせ通りに、ルナールの攻撃と同時に、自身の身を守るための結界を展開したが、想像を超える衝撃に結界は砕け散った。

 結果、ルナールとラティアの体は吹き飛ばされてしまった。


「そうだ、ルナール!」

「そんな大声で呼ばんでも、君の下におるで……」

「って、うわぁ!? ご、ごめん……」


 ルナールはラティアと地面の間に挟まっていた。

 どうやら、吹き飛ばされたラティアをかばってくれたようだ。


「あー、重かった」

「だから、ゴメンってば」

「冗談やで。まぁ、ラティアちゃんが結界貼ってくれんかったらアレに巻き込まれとったし、お互いさまってことで」


 そう言って、ルナールは周囲を見回す。

 少し前まで鬱蒼と木々の茂る森林だった場所が完全に丸裸になっている。

 なぎ倒され、吹き飛ばされた木々が爆心地を中心に同心円に広がっている。

 濛々と広がる砂塵によって爆心地の様子は見えない。


「聖剣も砕けてもうたし、これで倒せてないと……」


 少しづつ、もやが晴れていく。

 それに伴い、爆心地の状況も明らかになっていく。

 そこから見えたのは、真っ白に輝く球体だ。


「うそ……ッ」 

「――――ラティアちゃん。後退するで……」


 二人は、ジリリと後ずさろうとする。

 だが、白く輝く球体は、卵が割れるかの如くパキリと音を立ててひび割れていく。

 その変化は加速度的に広がり、白い球体が弾け飛んだ。


「――――GRAAAAAAAAAAAAAA」


 暴風竜が産声を上げた。

 その威容は先ほどまでと比べると一回りは小さい。だが、それだけだ。

 憎悪に燃える竜の瞳がギョロリ、と二人を見据えた。


「走れ!」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 二人は必死にその場から逃げ出そうと試みる。

 だが、それをあざ笑うように暴風竜の凶悪な咆哮が響き渡る。

 そして、それから幾ばくもなくことは始まった。

 

 最初は暴風竜の羽がふるわれる風切り音だった。

 それがいつの間にか、嵐のような風鳴りの音に変わる。

 最後には終わることのない突風となった。

 

 暴風竜は自身を中心として、暴風を、竜巻を巻き起こし始めた。

 周囲に転がる石が、草木が、岩が、全て天に舞い上げられていく。


「――――ルナール!?」


 ラティアはとっさに大地に自身の聖剣を突き刺して、何とかこらえる。

 だが、聖剣を失ったルナールはそれがかなわない。

 ラティアは吹き飛ばされそうになったルナールの腕をなんとか掴んだ。


 事態はそれだけでは終わらない。

 吹き荒れる暴風の中、暴風竜の口腔が大きく広げられる。

 そして風の力が口内へと収束していく。

 

 竜の吐息ブレスが来る。

 だが、この状況では回避も迎撃も無理だった。

 死の予感にラティアは、ギュッと目をつむる。


 極限までため込まれた風の力が解放されようとした瞬間。

 

「――――なに諦めてんだ!」

 

 暴風竜の咢がガルムによってカチ上げられた。

 

 強制的に口を閉じられ、行き場のなくなった風の力は暴風竜の口内で爆発した。

 暴風竜が苦痛にあえぐ悲鳴が響き渡る。

 見開かれたラティアの瞳に、見覚えのある甲冑姿が映し出される。


「一人に勝手に先走りやがって、この大馬鹿野郎!」

「ご、ごめんなさい……」


 そうして、やっぱり来てくれた彼に、ラティアは自身の不明を詫びることしかできなかった。


「細かい話はあとだ! 二人ともいったん引くぞ! ルナール、まだ動けるな?」

「聖剣ぶっ壊れたんで期待せんといてなー」


 ガルムはラティアを無理やり抱えると、ジルバリオへ向かって一直線に走りだす。 

 竜の吐息ブレスの暴発から立ち直ったのか、暴風竜は空高く舞い上がる。

 そして、ガルムたちめがけて追撃を開始した。


「ちっ、想定より立ち直りが速い!」


 ラティアを抱えながら駆けるガルムだったが、相手は竜種の中でも最速の風の竜。

 このままではすぐにでも追いつかれてしまうだろう。


「仕方ない……。いったん迎え撃つ! お前は隠れてろ!」


 ガルムはラティアを木陰に下すと、聖剣を構える。

 

 聖剣から力を引き出し、自身の肉体を強化する。

 全ての力を足へと集中させると、ガルムは宙へ舞った。

 先ほど暴風竜の顎へ一撃を見舞った時のように、ガルムは矢のごとき速度で一直線に暴風竜へと飛びかかる。だが、


「なん、だと……っ」


 暴風竜が突如軌道を変えたことにより、ガルムの攻撃は完全に空振りに終わった。

 急に戦意を失ったかのようなその挙動に、ガルムは困惑する。


「……まさか、そっちに行っちゃダメ! 待って!」


 そして気づいた。

 戦意を失ったのではない。

 もっと興味を惹かれる別の獲物を見つけたのだ。


「おい、嘘だろ……」


 ガルムは最大限まで視力を強化し、暴風竜が向かった先へと焦点を合わせる。

 視線の先は、ジルバリオの城壁の上。

 そこには、暴風竜を迎え撃つべく仁王立ちする、リオ・クレメージの姿があった。


 暴風竜はまっすぐにジルバリオへと向かう。

 かつての恋人の待つその地へと。


******


 ジルバリオの最前線を守る騎士団は既に防衛線を構築していた。


「ルナール副団長から続報は?」

「ありません。先ほどの爆発が闇の聖剣だとすれば……」

「副団長は宣言通り時間を稼いでくれた。ならば我々はできることをやるだけだ」


 魔界域と人類圏を隔てる最前線には、地の聖剣の担い手が築き上げた防衛線。

 それは地を駆けるものを防ぐものとしては鉄壁の防壁。


 しかし、それは空を駆る竜種には通用しない。

 騎士団が空を行く竜種を相手取るには、地面に引きずり落とす以外の手がない。


「GRRRRRRRRAAAAAAAAA!!!」


 竜の咆哮が荒野にこだまする。

 空駆ける暴風竜は、森林を超え、荒野を超え、ジルバリオへ近づいてくる。


「まだだ、まだだ! 限界まで引き付けろ――――放てッ!」


 号令に合わせ、魔術が使える騎士と魔女による一斉射が行われた。

 炎が、氷が、岩が、光が、無数の弾丸が上空を飛ぶ暴風竜めがけて打ち出される。

 だが、打ち込まれた弾丸のことごとくが、暴風竜に届く直前で勢いを失った。


「駄目です! この距離では結界に遮られてまともに当たりません」

「クソっ、よりによって団長が不在のこのタイミングで……」


 光の聖剣〈ユースティア〉の担い手、クレールス・アーデルハイド。

 最強の騎士は、ディアマンテで問題が起きたとかで、一時的に前線を離れていた。


「まずい、竜の吐息ブレスだ! 全体防御!」


 その伝令が飛んだ次の瞬間、暴風竜から風の渦が解き放たれる。

 直撃すれば防御の方法の無い騎士が壊滅しかねないその一撃。


「――――【大地鳴動】《テラフォーマー》」


 瞬間、竜の吐息ブレスの射線上の大地が突如隆起した。

 隆起した大地は、風の奔流にその身を削られていく。

 だが、その圧倒的な質量ゆえに、削り切られることもなく竜の吐息ブレスを防ぎきった。


「アルドノール隊長! ありがとうございます!」

「次はないぞ。今の対処で前線を中型魔獣が抜けそうじゃ……」


 それを為した者の名は、アルドノール・リュッケンシルト。

 地の聖剣〈グランディア〉の担い手であり、人類圏最後の壁。

 ディアマンテ騎士団一の古参であり、歴戦の騎士。


「GRRRRRRRR」


 突如隆起した壁に目標を見失ったか。

 はたまた、自分の目的を思い出したか。

 暴風竜は不満げな声をあげながらも、ジルバリオへと向かっていく。


「ジルバリオまで後退! 市外戦に移行! 儂はここに残って他の魔獣を止める」

「しかし、隊長一人では……」

「舐めるなよ、小童。何年儂がここを守ってきたと思って居る。それに……」


 アルドノールは遠く、魔界域の入口にある森林に目をやる。


「真打がすぐにでも来るわい」

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