第24話 限界突破

「ベーオウルブズ、あんたこんなところで何やってんだい」

「げぇっ、リオ!」


 いまだジルバリオの北側の城壁の上で、満月に照らされる北の荒野を見ていたガルムは、背後からの声に思わず飛び退った。


「それが女性に向けて放つ台詞かい?」

「ちょ、ちょっと待て、この街は今すぐ出ていくから」

「別にいいさ、もう。イリアスのことは、アンタ一人のせいじゃなかったのはわかってるよ」

「リオ、おまえ……。すまない」

「謝るんじゃないよ。今でもあんたを許すつもりはないよ」


 リオはゆっくりとガルムのそばへやってきて、荒野の奥を見据える。


「なんであんたが生き残って、なんでイリアスが化け物になってるんだって、私は今でも思ってる」

「……そうだな。俺なんかより、あいつが生き残るべきだったんだろうさ」


 家族はとうの昔に亡くして独り身のガルムと、婚約者がいるイリアス。

 どちらが生き残るべきだったかと言えば、間違いなくイリアスだったとガルムは言える。


 だが、先に限界が来てしまったのはイリアスだったのだ。

 何が原因でそうなったのかはわからない。

 言えることは、ガルムはイリアスを巻き込むべきではなかった、それだけだ。

 

 いつも考える。

 自分一人で魔女に挑んでいたらどうなっただろうと? 

 おそらく、イリアスは今でも人として生きていられたのだろう。

 そして、その時は、呪われた俺の味方になってくれただろうか?

 何度考えてもわからない。そんな堂々巡り。


「…………あの人を、暴風竜を倒すのかい?」

「……今のオレには、そこまでする理由がねぇよ」


 大魔女はこの手で間違いなく殺した。

 騎士団長クレールスとは決着をつけねばならない。

 だが、それ以外にガルムには生きて成し遂げたい目標はもうなかった。


 もちろん、可能ならばもっと生きていたい。

 だが、それは親友だった存在を殺してまで達成すべき願いではなかった。


「あたしは一日に一回、ここに来るようにしてる。理由はわかるかい?」

「さぁな」


 ガルムはリオに顔を合わせず答える。

 だが、本当はなんとなく察しがついた。

 それはおそらく、自分が今ここにいるのと同じ理由。


「……せっかくだし、アンタも一杯どうだい」


 リオはガルムにグラスを渡す。

 見れば、リオはグラスを二つ持っていた。


「我が友に」

「私の最愛の人に」


 二人はグラスの中身を一気に飲み干す。


「ここ見晴らしがいいだろう? 地平線の先の魔界域まで見渡せる。ここなら、魔獣になってしまったあの人が、もしこの町にやってきたら真っ先に見える。そうは思わない?」

「かもしれないな。だが、もしイリアスの奴がお前に会いに来たらどうする気だ?」

「さぁねぇ。まぁ、一緒にあの世に行けるように、私があの人を倒すよ」

「……強い女だな、お前は」


 今のオレはそこまで割り切れないとガルムは独り言ちる。

 満月に照らされた荒野を見渡す。

 行き場のない心の居場所を探すように。

 荒野にはそこかしこにかがり火がたかれ、当直の騎士たちが前線を保っている。


「……ん? 何だアレ……」


 その前線の奥、荒野の切れ目にある森林地帯へ向かって何か高速で動くものが見えた。


「あれは……、浮遊機体だね。なんだってこんな時間にあんなところに……」


 両の手で筒を作り、覗き込みながらリオはそう答える。


「即席の望遠鏡か……。便利だな水属性」

「このままだと森に突っ込むよ」


 嫌な予感に、ガルムも目を凝らす。

 望遠鏡ほどではないが、目のレンズを制御して無限遠に焦点を合わせようとする。

 だが、ガルムが焦点を浮遊機体に合わせる前に、気づいてしまった。

 先ほど上ったばかりの満月を背景にして、夜空を飛行する何かがいる。


「ガルム!」「リオ!」


 二人は同時に呼び合った。


「あんたの連れとルナールが浮遊機体に乗ってる!」「暴風竜がこっちに――!」


 カンカンカンと、魔獣の来襲を告げる音が響き渡った。


******


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 竜の咆哮が木霊する。

 月光をバックにして、竜は怒り狂いながら空を駆ける。


「アホどもの静止は間に合わへんかったか……」

「でも、私たちは間に合いました」


 ルナールとラティアは騎士団詰め所で借りた最新型の浮遊機体を駆る。

 伝令のために配備されたその機体は、速度に特化している。

 それゆえに、ぎりぎり足止めが可能なタイミングで間に合った。

 人工の迷宮を抜け、荒野を抜け、暴風竜の縄張りである森林地帯へと突入する。


「せやな。ラティアちゃん、打合せ通りにいくで?」

「そっちこそ!」


 その言葉を合図に、ルナールが浮遊機体から飛び降りる。


「――――鎧装、着装!」


 落下までの数秒で、ルナールは闇の聖剣の力を最大まで引き出すと、闇の鎧を身に纏う。

 そして、落下と同時に月光が形作る影にトプンと沈み込んだ。


 夜の森林は闇に、影に沈んでいる。

 その影の中を、ルナールは浮遊機体をも、空駆ける竜をも超す速度で移動する。

 その速度は影がある場所に限り光の速度に近い。

 

「……3,2,1,――今!」


 ルナールの座標が、月が描く暴風竜の影に入った瞬間。

 彼女の体は暴風竜の身体が虚空へ描いた影を伝って、一瞬で大空へと飛んだ。


「闇の聖剣よ! 我が意に応えよ!」


 虚空に放りだされたルナールは、闇の聖剣から力を引き出す。

 聖剣を起点として、どのような光すら通さない闇が空間を塗りつぶしていく。


「GAAAAAAAAAAAAA!?」


 暴風竜の体を漆黒の球体が包んだと思った瞬間、その球体ごと暴風竜が落下した。


 それはガルムとの戦いでは行使しなかった闇の聖剣のもう一つの力。

 闇とはすなわち、光の対極。

 光の届かぬモノであり、光すら抜け出せぬモノでもある。

 

 光すら逃げること能わぬ闇の結界を展開する力。

 そして、その余波としてモノの重さを操る力。


 自重を一瞬にして数倍まで引き上げられた暴風竜はバランスを崩し墜落する。

 ズズン、と大地を揺らす轟音が響き渡る。

 森林の木々はへし折られ、大地は暗黒の球形に陥没している。


「ラティアちゃん、今や!」

「――――大地よ、木々よ、天地にあふれる力よ、獣を縛る鎖となれ!」


 ラティアは大地に聖剣ダンバイスを突き立てる。

 そこを起点として、大地に描かれた長大な文様が光り輝き始める。

 

「七重大結界!」

 

 それは大地に描かれた七つの円環。

 世界を構成するという七つの要素、それぞれを扱う即席の魔導機関。

 暴風竜が落下した場所に設えらえた七つの円環が、光り輝き、激しく明滅する。

 円環から噴き出した力は暴風竜を束縛すべく、その力を鎖へと変える。

 

「GYAAAAAAAA!????」


 自身の体を縦横無尽に拘束する多種多様な鎖たち。

 暴風竜はその拘束を引きちぎろうと、必死に身もだえる。

 そのたびに、円環から伸びる鎖たちが断裂していく。


「――――ッ、なんて力……。さすがは竜種、長くはもちません!」

「いやいや、十分すぎるで、ラティアちゃん」


 いつの間に暴風竜の元から離れたか。

 ラティアのすぐそばでルナールは闇の聖剣を構える。


「出力限界突破」


 その言葉に、闇の聖剣がかつてないほどに闇の力を吹き出す。

 しかし、その奔流は拡散せず、闇の聖剣の剣先の一転に収束していく。


「この技は制御が難しくてなぁ、ほんまに集中せんと使えんねん」


 聖剣から噴き出す漆黒の闇の勢いは止まらない。

 だというのに、収束した黒点は目でとらえることができないほどに黒く小さい。


「GAAAAAAAAAAA!!!!!」


 尋常ならざる力を感じたか。

 自らを戒める拘束を破らんとする暴風竜の抵抗が激しくなる。


「させないっ!」


 次々と千切れ、弾けていく拘束。

 それと拮抗するように、途切れることなく無数の鎖が暴風竜を地につなぎとめる。

 

 ピシリ、と嫌な音を立てて闇の聖剣の刀身にひびが入る。


「まだや! まだこの程度じゃ足らん! ボクの意に応え限界を超えよ、闇の聖剣〈チェムノタ〉よ!」

 

 ルナールの言葉に応え、聖剣はかつてない速度と密度で止めどなく闇を噴き出す。

 その反動か、刀身のひび割れは拡大し、その中枢たるコアまでもが砕け始める。


「闇に沈め――――、【事象の地平線イベント・ホライゾン】」


 微小な黒点が暴風竜へ向かって解き放たれる。

 黒点は暴風竜に接触した瞬間、闇の聖剣が砕け散った。

 聖剣の命と引き換えに放たれた絶大な力の奔流が荒れ狂う。

 そして、世界が闇に沈んだ。

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