第2話 少女を庇えば運命にぶつかる

 この苛立ちをいかに消化しようか。

 ガルムはそんなことを考えながら、家路を急いでいた。

 

 裏通りから表通りに出ようとしたとき、聞こえてきた金属音にその足を止める。

 嫌な予感に表通りをのぞき込めば、鈍色の甲冑をまとい、腰から剣をさげた二人組が表通りを闊歩していた。

 騎士だった。


 騎士は、城塞都市ディアマンテの騎士団に所属する対魔獣戦のスペシャリストだ。

 ディアマンテ近郊の町には、いざという時のために騎士が派遣されていた。

 もっとも、今いるフェルマの町は、後方の街で魔獣の出没する可能性は低い。

 そのため、騎士に求められる役割も、魔獣との戦闘よりは、犯罪の取り締まりや治安維持の意味合いが大きい。


 目を付けられるのも面倒くさいと、ガルムは踵を返して迂回することにする。

 だが、行く先々で騎士が巡回しており、何回も迂回を余儀なくされる。


「どうなってやがる、普段は町の巡回なんてしないくせに……」


 苛立ちを募らせながら、普段は通ることもない町の外壁近くをガルムは行く。

 そんな折、奇妙な風切り音がガルムの耳に届いた。


 嫌な予感にガルムは身構える。

 ほどなくして、前方の角を曲がって、何かが猛スピードで突っ込んできた。

 それは金属の馬とでもいうべき流線型のフォルム。

 最新式の一人乗りの【浮遊機体】だ。 

 

 馬に乗るように機体に跨った運転手は、後ろを気にしている。

 まだ、進行方向にいるガルムに気づいていない。


「あぁぁッ! お願い、どいてーッ!」


 正面を見た運転手がガルムの存在に気づいた。

 少女の声だった。

 フードを目深にかぶっているせいで顔は見えないが、小柄で華奢な体系だ。

 少女は、速度を一切緩めることもせず突っ込んでくる。

 接触まで数秒もない。


「――――ふんっ!」


 ガルムは、【浮遊機体】との衝突を最低限の動きでかわす。

 そして、自身の苛立ちを車体の横っ腹に叩きつけた。


「ウソっ!?」


 【浮遊機体】は、魔導機関を通して風の魔術を用いることで車体を宙に浮かせ、車体の後方から風を噴射することで推進力を得ている。

 その仕組み故、車体は限界まで軽量化が施されており、加速をかけない限りは踏ん張りがきかない。

 それを甲冑を纏った巨漢が、横合いから殴りつけたのだ。

 当然、ガルムの一撃を受けて突進をいなされた【浮遊機体】は、明後日の方向へ吹っ飛んでいった。

 響き渡る甲高い悲鳴。

 そして、破砕音。

 最近開発されたばかりの最先端機器は、建物に突っ込んでスクラップになった。


「……やりすぎたか。アレは死んだか?」

「生きてるわよ!」


 とっさに機体から飛び降りたらしい。

 大きなカバンを引きずりながら、少女がガルムに食って掛かった。

 先ほどまで頭を覆っていたフードが脱げて、顔があらわになっている。

 かわいらしい顔立ちの少女だった。

 赤みがかった茶色の髪を肩あたりで切りそろえている。

 浅葱色の瞳は垂れ目がちで、間違いなく憤慨しているはずなのに、いまいち迫力に欠ける顔立ちだった。


「そうかい、そりゃよかった」


 一発殴って気分がすっきりしたガルムは、その場を去ろうとする。


「よくない! って、あぁ、まずい……っ。お願い、ちょっとかくまって!」

「……はぁ?」

「いいから!」


 いうなり、少女はガルムが纏うマントの下に少女が隠れた。

 ガルムがかなり大柄なのもあって、子供のかくれんぼじみた稚拙な行為だというのに、それほど目立っていない。

 

 あっけにとられていると、再び特徴的な風切り音が聞こえてくた。

 ほどなくくして三台の【浮遊機体】が狭い裏路地に飛来した。

 こちらは少女の乗っていた個人用のものとは異なり、複数人が乗り込める中型機だった。引く馬のいない辻馬車といった風体だ。


「おい、オマエ! ここで何があった?」


 先頭の【浮遊機体】の運転席から飛び降りた男に、ガルムは問い詰められる。

 ガルムは、男の胸元に魔女協会の徽章が貼り付いることに気づいた。

 反射的に体がズクリとうずいた。

 

 それはそれとして、どうしたものかと考える。

 正直、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった。

 そんな余裕なんて今のガルムにはない。

 この少女をこいつらに差し出してしまうのが一番面倒がないだろう。だが……


「――――」


 息を殺し隠れている少女が、ぎゅっと、ガルムのマントを引っ張っていた。

 マントを通して少女の震えを感じた。


「……見ての通りだ。勝手にそこに突っ込んだ。ひかれるかと思ったぜ」

「女がいなかったか?」

「女か知らんが、フードかぶった奴はあっちの方へ行ったぜ」


 ガルムはそう言って、浮遊機体が突っ込んだ方を指さす。


「クソっ、箱入り娘の癖にしぶとい……。二班はあちらへ行け。三班はこちらから回り込め。我々は周辺を捜索する!」


 二台の機体が男の号令に従いこの場から離れていく。

 残った一台から降りてきた、揃いの制服を着込んだ数人の男たちが、突っ込んだ機体の周囲を一通り調べると、そのまま散開していった。

 何とか当面の厄介ごとは遠ざかったようだ。 


「ほら行ったぞ、逃げるなら早くするこったな」

「……ねぇ。このままかくまってくれない?」


 まだマントの下に隠れたままの少女は、急にそんなことを言い出した。


「……そんな義理はない」

「お兄さんがぶっ壊したアレ、五十万はするんだけど」


 ガルムはむせた。

 十万あれば、人一人が一年は贅沢して暮らしていける。

 そんな大金、一般人が持っているわけがない。


「……オマエが前方不注意でこっちにぶつかってきたんだろうが」

「わざわざ殴ることないでしょ! 足がなくなったから逃げれないのよ!」

「騎士様にでも助けてもらえよ、そのあたりをウロウロしてるぞ」

「あいつらよりましだけど、騎士もダメ!」

「……」


 いったいこの少女は何をして追われているのだろうか?

 騎士がダメということは、この少女も脛に傷があるに違いない。

 今日、矢鱈と騎士が多いのはこの少女を探しているからかもしれない。

 正直こんな面倒ごとを抱え込む理由はない。だが……


「ね、いいでしょ。お願い!」

「……屋根を貸すだけだ。明日には出て行け」

「ありがとう! じゃあ、これ運んで!」


 そう言うと少女は、ガルムへ鞄を放り投げる。

 思わず受け取ってしまうが、そこまでする義理はないと少女にカバンを押し返す。


「荷物ぐらいは自分で持て」

「機体がないとこんなの運べないよ。グズグズしてるとあいつらが戻ってきちゃう」

「あぁ、もう。面倒くさい……」


 早くも、先ほどの言葉を後悔し始めるガルムだった。


******


「で? あなた達は、これだけ雁首揃えて子供一人捕まえられなかったのですか?」


 その男は中型の浮遊機体の上に腰かけ、周囲の男たちを見下ろしていた。

 魔女協会の徽章を胸につけ、腰からは溶岩のごとく紅蓮に輝く剣を下げていた。


「申し訳ありません、ガシュー様。ですが、彼女の浮遊機体は破壊しました。その上、町は我々が完全に包囲しております。子供の足では絶対に逃げられません」

「はぁ……、どうやらあなた達は分かっていないようですね」


 ガシューと呼ばれた男は、機体の上から軽やかに降りる。

 ただそれだけの行動で、揃いの制服の男たちの間に緊張が走った。 


「あの方が、彼女のことをどれほど重要視しているか。もし彼女を取り逃がしたら我々がどうなるか? わかっていますか?」

「……」


 答えられる者はいない。


「よろしい、わかっているようですね。では次の作戦では、アレを使います。彼女の性格上、罠と分かっていても隠れてはいられないはずです」


 そう言ってガシューはひと際大きな浮遊機体を指さした。

 中型の浮遊機体が荷馬車というなら、大型のそれは一軒家にも近い大きさだ。

 

「しかし、ガシュー様! あれを使えば無辜の民に被害が……!」


 次の瞬間、ガシューの言葉に異を唱えた男の体が発火した。


「ああぁあっぁぁっぁっぁああああああああああ!!!?」


 断末魔にも似た苦悶の声が響き渡る。

 燃え盛る男は助けを求めるように彷徨うと、程なくしてどさりと崩れ落ちた。

  

「まだわかっていなかったようですね。彼女と比べればあなた方の命は芥子粒に等しい。そして、それはこの町に住む民の命も同じです。肝に銘じなさい」

「――――はっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る