後輩ちゃんは猫被り

「……しょうがないか……って酒臭ぇ……」


 会計を済ませて一向に起きる気配のない玲於奈を送り届けるべく背負う。

 背中に柔らかい感触が伝わるが、今はそんなことを考えている暇はない。


「くぉぉ……重てぇ……」


 玲於奈は小柄だが、こいつがリュックサックにぶち込んであるアケコンが非常に重たい。

 なんてものを持ち歩いてやがるんだ。

 まぁ、ゲームばっかりでろくに体を鍛えていない俺にも問題はあると思うけれど。


「おい、起きろ。 起きろって」

「……あぃ? にゃんでしゅか?」


 眠りを妨げられたことがそんなに嫌だったのか、明らかに不機嫌そうな声色で応答する玲於奈。


「お前、家はどこにあるんだよ?」


 誰のせいでこうなってるんだと言いたい衝動を堪え、俺はこの大きなお荷物n届け先を訊ねる。

 玲於奈は「しゅこしみゃってください」と言った後に「あー」と声を上げた。


「もうしゅうでぇんにゃくにゃってましゅね」

「…………は?」

「しょうにゃのでぇ、しょこりゃへんみゃでまでおねがいしましゅね?」


 そう言って指さした場所。

 それは奇しくも俺の住むアパートだった。


「……はぁぁぁ」


 俺の中で何かがキレる音がした。

 もう面倒なので玲於奈を俺のアパートに泊めることに決め、俺は歩みを進める。


「ふにゅ……しぇんばい」


 そんな寝言のようなものを言いながら幸せそうに眠っている玲於奈の姿を見て、俺は再びため息を吐くのだった。


 ★


「うわ、きしゃにゃい」

「うるせえよ。 勝手に上がって来といて文句言うんじゃねぇ」


 俺は背負ってきた東雲玲於奈をリビングのソファに座らせると、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出してコップに注いで彼女に渡す。


「ほら、それ飲んでさっさと寝ろ。 お前酒臭すぎんだよ」

「あぃがとうごじゃいましゅ」


 そう言うと玲於奈はお茶をぐいっと飲み干す。

 そしてそのままソファに横になると思いきや……ふらふらと歩き始めて俺のベッドにダイブした。


「ちょっとくしゃい……」

「……おいこら」


 俺が引きつった声を上げる中、玲於奈は気持ちよさそうに寝息を立て始めた。


「はぁ……もういいや。 ソファで寝りゃいいか……」


 こいつの図太さはもう諦めよう。

 俺はどこか悟ったような表情を浮かべながら、そう観念するのであった。


 ★


「ん……ふぁああ」


 欠伸をしながら大きく伸びをする玲於奈は、自分が見知らぬ場所にいることに気が付いて眠気が吹き飛ぶのを感じた。

(え? ここどこ!?)

 錯乱状態になりながらも、一度落ち着いておぼろげな昨夜の記憶を漁る。

 確か昨日はサークルの歓迎会があって、それでお酒を飲んだことは覚えている。

 しかしその後の記憶がどうも曖昧だった。

(……まさか、先輩にお持ち帰りされた?)

 そんな思考に至り、慌てて部屋を見渡すも……先輩の影は見当たらない。

 そこでふと、自分がベッドにいることに気が付いた。


「え? じゃあ私がここで寝てたってことは……」


(ま、まさか……!)

 玲於奈は自分が最悪の想像をしていることに気付いて顔を真っ赤にした。

(嘘でしょ!? 私、先輩のこと襲ったの!?)

 彼女はバッと自分の体を確認するも……特に乱れた様子はない。

 そんな玲於奈の耳にガチャという音が聞こえてくる。

 そして……入ってきたのは玲於奈が探し求めていたその人であった。


「おう、やっと起きたのか。 まったく、俺がベッドを譲ってやったっていうのに気持ちよさそうに眠りやがって……。 ほら、朝飯できてるぞ」

「あ……はぃ……」


 ★


「まったく……昨日は大変だったんだからな……?」

「はい……反省してます……」


 どこか錯乱気味だった玲於奈も、ある程度時間が経つと正気に戻ってくれた。

 しかしまだ酔いが残っているのか……彼女は顔を真っ赤にしながら俯いたままだった。


「……ま、反省してるならいい。 次はないからな?」

「……はい」


 俺はこの話はこれでおしまいだなと判断して話を変えることにした。


「さて、色々と聞きたいことはあるが、とりあえずお前はもう俺のサークルメンバーだ。 昨日俺をボコボコにした期待の新人」

「その節はご迷惑をおかけしました……」


 俯いたままの玲於奈はどこかしおらしい。

 なぜだろうか???


「まぁいいや。 そのことはまたサークルの時に話すとして……玲於奈」

「は、はい!? な、なんで名前呼び!?」

「あ? いやいや、お前がそれで呼べって言ったんだろ。 嫌なら戻すけど」

「そ、そうなんですね……いえ、大丈夫です」


 なんていうか……あの馴れ馴れしい玲於奈を知ってしまった以上、どうも違和感がある。

 同じサークルメンバーである以上、もっとフラットに接したいものだ。


「おい玲於奈」

「はい!?」

「お前、もう俺に猫被るのやめろ」

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