第4話

午後四時を過ぎた頃。


窓ガラスから夕日の光が差し込み、店内をオレンジ色に染める。


「お父さん、言ったよ。」


「ありがとう、陽子。」


陽子は、父親で店長の光博に、笑顔で報告した。


それに光博は、同じく笑んで答えた。


「それで、麻里くんはどんな顔だった?」


「ワケが分からないって顔してた。」


それはそうだよな、と光博は麻里の心情を想像して頷いた。


陽子と光博は、麻里が質素な弁当を作って出勤し、いつも早々と食べているのを見ていた。


その中身も、もちろん知っていた。


本人は、腹が満たされればいいと言っているが、それは少し違うと思っていた。


麻里の体型は細身だ。


あの体型は、ほとんど食べていない。


二人は容易に察した。


そんな彼女に、温かく美味しい食事を作り、喜ばせようと提案したのは光博だった。


光博は毎日、娘である陽子の手料理を食べている。


それは、陽子を産んですぐ亡くなった妻の味と同じだった。


温かく、優しく、美味しく…


それを、麻里にも振る舞ってやりたい。


そう思ったのは、麻里が陽子と同い年で、彼女を密かに娘と思っているからだ。


麻里はただの従業員じゃない。


陽子と等しく、娘なる存在だ。


そんな麻里に、少しでも喜んでもらいたい。


だから、陽子に提案した。


すると、陽子はそれに賛成し、すぐに麻里に伝えてくれた。


行動の早い陽子に、光博は心から感謝した。


亡くなった妻は優しかった。


その優しさは、娘に受け継がれたんだと…


“優しさを残してくれてありがとう。”


妻に心から感謝した瞬間だった。


「明日か~、何を作ろうかな?」


「大好物がいいんじゃないか? 誰だって、好きな食べ物は喜んでくれるよ。」


「それは分かってるんだけど、実は麻里の好きな物って知らないんだよねぇ。」


えっ、と光博が小さく驚愕する。


「最初に聞いておけば良かった…」


陽子が落胆し、しゃがみ込む。


「ねぇ、お父さん聞いてみてよ。それとな~くでいいからさ!」


「いや、お父さんが聞いたら逆に変だよ。」


そうだった~、とまたも陽子は落胆する。


なぜなら、麻里には『店長命令』と言ってしまった。


それなのに、光博がそれを聞いたら、すぐにバレてしまう。


どうしたらいいのか?


陽子は悩んだ。


『ピンポーン♪』


自動ドアが開き、客が来店した。


「いらっしゃいませ!」


「いらっしゃいませ。」


あわてて立ち上がり、来店客に挨拶をする陽子。


それに続いて、光博も復唱する。


「こんにちわ、葉瀬さん。」


出入り口の自動ドアを見れば、そこにいたのは常連客の葉瀬だった。


光博は、葉瀬に笑顔を向けた。


「こんにちわ、店長。」


葉瀬もまた、笑顔を向けて返す。


「あれ、陽子ちゃんどうしたの?」


陽子を見た葉瀬が、浮かない顔色の理由を問う。


「あっ、そうだ! 葉瀬さんなら分かるかな?」


葉瀬の顔を見た瞬間、陽子は閃いた。


彼なら分かるかもしれない、と。


「えっ、何が?」


ワケが分からず、葉瀬は陽子に問いかけた。


「葉瀬さんは麻里と仲がいいですよね? それなら知りませんか? 麻里の好きな食べ物とか!」


陽子がレジカウンターから飛び出し、葉瀬の前に立った。


それは迫る勢いで、葉瀬は思わず一歩後退った。


おそらく、そんな陽子を初めて見たのだろう。


「えっ、麻里の? 知らない事はないけど」


「教えてください!」


「別に構わないけど… 店長、陽子ちゃんどうしたの?」


あまり大きい声じゃ話せないけど、と前置きをして、光博もレジカウンターから出て来た。


そして、葉瀬の隣に立ち、その耳元で小声で話し出した。

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