第3話

「蔵田、休憩入ります。」


「ごゆっくりどうぞ。」


午後四時、私はレジに立つ店長に声かけし、バックヤードに入った。


夕方に差し掛かるこの時間が、私の休憩時間だ。


食事は出勤前に自宅で作った簡単な弁当と、水筒に入れてきたお茶。


それをロッカーから取り出し、休憩室で食べ始める。


弁当箱の中身は、いつもと変わり映えがない。


白飯、ウィンナー、卵焼き、ブロッコリー、ミニトマト。


一番手っ取り早く食べられるから、おかずは変えない。


「いつもと同じだね、お弁当。」


背後から声がして、振り返るとそこには缶ジュースを片手に立つ陽子がいた。


「お腹が満たされればいいから。」


「ヘルシーって言えばヘルシーだけど、たまには違うおかずにしたら?」


しない、と言いながら、私は箸でブロッコリーを挟み口に運んだ。


「お父さんがね、私の作るお弁当が美味しいって言ってくれてね、」


陽子の性格からして、自慢話が始まるとは思わないが、私は食べながら聞いていた。


「この前作った肉じゃが、すっごい喜んでくれたんだ!」


「……そっ、良かったじゃん。」


素っ気ない返事をしながら、私はミニトマトに箸を伸ばした。


いいよね、喜んでくれる存在がいる陽子は…


私には、誰もいやしないよ。


だから、羨ましいよ。


幼い頃に、両親に置いていかれたから。


私だって、両親がいたら……


お母さんがいたら、美味しいお弁当を作ってもらえた。


お父さんがいたら、くだらない話で笑い合えた。


どうして二人は、私を置いて行ったの?


二人して、どうして?


「麻里、明日はお弁当サボって出勤してね。」


「………えっ?」


陽子の唐突な一言で、私の思考が中断され、箸を進める手も止まった。


今、何て言ったの?


「それ、どういう」


「いいからいいから! お父さんの、店長命令でもあるから。分かった? お弁当はサボるんだよ?」


お弁当はサボりって、持って来ないようにって事?


だけど、どうして?


「意味が分からないよ、どうして?」


「明日になったら分かるから! だから、今は何も言わないで?」


陽子は持っていた缶ジュースを一気に飲み干すと、飲み終わった空き缶をゴミ箱に捨て、私の言葉を聞かずに休憩室を出て行った。


ちょっと、と言って追いかけようとしたが、陽子は鼻歌まじりに店内へ戻ってしまった。


「……えっ? なっ、何?」


一人取り残された休憩室で、私は誰に問いかけるでもなく呟いた。


『明日はお弁当サボって出勤ね。』


静かな休憩室で、陽子の言葉が脳内を山彦のように木霊する。


意味が、理由が、分からない…


何で明日は、お弁当を作らないで出勤なんだろう?


陽子は何を考えているんだろう?


店長命令って言うのも、理解できない。


親子揃って、何なの?

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