第161話 一方その頃! フェクトム総合学園!
フェクトム総合学園は、今日も今日とて平和であった。
領地戦を終え、騎双学園との確執もひと段落ついたと言って良いだろう。
元々授業が存在しないこの学園において、自由時間は余りあるほどに存在していた。
空無ミユメもまたそんな自由時間を満喫してる一人である。
が、その顔はどこか不満げだ。
「あ、あれー? この辺に置いたと思ったんだけどなぁ」
ゴソゴソと漁るのは発明品の山。
教室三つをぶち抜いて作られたミユメのラボ兼私室は他の生徒たちよりも広い。
筈だったのだが、辺りに物を散らかしまくり、周囲を滅茶苦茶にしていた。
彼女が寝ているソファの周りだけほんの少しだけ整頓されているが、それ以外は殆ど乱れている。
「ダミーヘッドマイク……どこに置いたっけ……。あれぇ? アレでミズヒさんのASMRで荒稼ぎしようって話だったのになぁ。あれ、素材が高いからもう一度作りたくないっす……」
ブツブツと独り言を垂れ流しながら、ミユメは発明品を掴んでは投げ、そして掴んでは投げる。
その背後では、同じようにクラムが発明品の山を漁っていた。
ちなみに、彼女は彼女で「好きな人の性感帯を探れる装置――エッチ探知ッチ」なる物を探している。
誰に使うつもりなのかは、彼女の名誉のために答えることはできない。
当然、それを使ってどうするつもりなのかも。
「というか、ASMRはミズヒさん本人からの依頼だったっすけど、あれ絶対に本人発案じゃないでしょ……もしかしてミズヒさんのファンクラブ運営に変態いる?」
「ASMRねぇ。……あの子の作品も出ないかな」
「あの子?」
クラムはミユメを見てニッコリ笑うだけで何も答えることなく、黙々と発明品の山を掘り進める。
その姿を見て、ミユメは「あー、触れたらヤバいやつっすか……」と納得し各々の捜索へと戻った。
「うーん、明日にはもう収録できるってミズヒさんに言っちゃったのに……」
「ミズヒがどうかしたんですか?」
「「うわっ!?」」
背後から聞こえた声に、ミユメは思わず声を上げる。
それと同時に発明品の山が崩れ、ミユメはその下敷きになってしまった。
クラムの方はというと、一緒に探させていた人呑み蛙たちのサポートにより事なきを得ている。
「うぅ、痛い……って、あれミロクさん」
顔だけを発明品の山から出したミユメの目の前では、屈んだミロクがニコニコと微笑んでいた。
「今日は初めましてですね。二人は、夕飯は何が良いですか? 私当番なので」
「ああ、そう言う事っすか」
「私は煮つけがいいなぁ」
「唐揚げがいいっす」
「はい、わかりました。これからくじで決めるので何になっても文句は無しでお願いしますよ」
ミロクはメモを取りながらそう言った。
そんな彼女の姿を、発明品の山の中から見ていたミユメはふと気が付いた。
「……もしかして、アンプルも欲しいんじゃないっすか」
ミロクはニコニコ笑ったままミユメが這い出る手伝いをする。
そして、制服の汚れを払いながら言った。
「流石ミユメちゃんですね。そうですよ。デモンズギアとの適合率を上げるお薬が欲しいんです」
「……はぁ」
クラムはため息をつく。
そして慣れた様子で誰かにメッセージを送った。
「クラムちゃん、何を?」
「ミズヒとケイに一応知らせておこうと思って。この二人に見張ってもらって、必要以上の接種を防ぎたいからね」
「もー、信用ないですね」
「貴女が過去に無茶やらかしたのはもう皆知ってるっすよ。……いや、首傾げても無駄っす」
普段は冷静で、一歩引いた立場から意見することができるミロクだが、その根っこが中々に狂っている事をミユメは知っていた。
(ケイとトアちゃん、そしてミズヒさんが口を揃えて言っていた。ミロクさんは自己犠牲大好き人間だと……)
正直この学園はそんなのばっかりだろ、と内心で突っ込みながらミユメはアンプルを最低数のみ渡す。
「……これだけですか?」
「当然っす。確かにこの薬は私でも欠点が見当たらない程に完璧っす。けど、それでも体にかかる負担はとてつもない筈。笑顔で普通に生活しているミロクさんは、正直異常っすよ」
「ふふふ、褒められちゃいました」
「褒めては……いや、まあ褒めてもいるっすね」
アンプルを使用した上での接触ではあるが、それでもデモンズギアに触れられる彼女は、やはり持つ側の人間ではあるのだろう。
がしかし、それは本来開かれるべき扉ではなかった筈だ。
「ミロクさん、約束してほしいっす。体に異常が出たらすぐに私に言ってください」
「……わかっていますよ」
ミロクはふっと微笑み、ミユメの頭を撫でる。
「もうそういう無茶は止めましたから。それに、これはミズヒと話合った上での行動なんです。色々と準備をしておこうと思って」
「準備……?」
「そうです。と言ってもまあ、具体的な事は決まってないんですけどね」
そう言ってミロクはアンプルを躊躇なく一つ首元へと打ち込んだ。
慣れた手つきに、ミユメとクラムは顔を顰める。
が、対してミロクは眉一つ動かさずに言葉を続けた。
「ネームレスは、間違いなくフェクトム総合学園に目をつけています」
「え?」
「……まあ、その可能性が高いね」
クラムは領地戦での一件を思い出して一人、拳を握った。
(ファーストキス……! ケイのファーストキス……!)
あの日の光景は、今も時々夢に見る程である。
「何が目的なのかわかりませんが……こちらに干渉してきているのは確かです」
「確かに、私の目の前にも現れたっすけど……って、なんすかこれ」
ミユメは差し出された一枚の紙を見る。
そこには、陰影の付け方がやたら上手い絵が描かれていた。
絵の中の人物に見覚えがあったミユメは声を上げる。
「ネームレス!?」
「あ、ちなみにこの絵は」
黒いフードに、その中からチラつく黒髪。
輪郭なども、彼女の記憶の中のネームレスと一致する。
「ヒカリちゃんが描きました」
「嘘ぉ!?」
ミユメ、今日一の驚きである。
「どうよ、ミユメ。これ、上手いでしょ。あの子、無駄に美術の成績良いんだから」
「上手いですよねー。私は実物を見た事が無いので、似ているかどうかは分からないのですが」
「似てるなんてもんじゃないっすよ! え、上手っ、てかヒカリちゃんそんな特技あったんだ……」
ミユメは断りをいれてから、それを拡張領域にしまい込んだ。
あまりの上手さに、保管しようと思ったのである。
「これを見てわかると思いますが、ヒカリちゃんも会ってるんですよねネームレスに」
「……まあ、これだけ正確な絵を描けるならそうだろうね」
ミロクは特にクラムの方を見て口を開く。
「正確にはプロフェッサーとネームレスが接触していたんです」
「っ……なるほどね。だから見た事があると」
「プロフェッサーって言うと……騎双学園での一件の?」
ミユメの問いに二人は首肯する。
ミユメがプロフェッサーについて知ることは少ない。
デモンズギアとの適合率を上げる薬を作ったマッドサイエンティスト程度の認識であった。
「あの子はプロフェッサーに乗っ取られてたからねー。その間の記憶も、うっすらあるらしいし……そう言えば、確かにヒカリにネームレスの事聞いてなかった」
「はい。だから、気になって聞いてみたんです。そうしたら『あ、知ってますよ! 真の黒幕ですよね!』って」
「知ってるなら言ってよ……」
顔を手で覆いながらクラムは息を吐きだす。
「それで、肝心のプロフェッサーとネームレスが会って何をしていたのかなんですけど」
ミロクは険しい顔で口を開く。
「――どう交渉すれば、蒼星ミロクは騎双学園に来るか。その詳細をプロフェッサーに説明していたようで」
「……それってつまり」
「はい。どうやら、私達は最初からずっとネームレスによってその行動を決められていたみたいなんです」
「確かに、私の時もネームレスが来たから……それが周りまわって皆と出会うきっかけになったっす」
それだけではない。
フェクトム総合学園に何かが起きるとき、必ずその陰にはネームレスの姿があった。
「ネームレス、一体何者っすか……というか、そもそもソルシエラもなんなんすか。あの子ももしかしてフェクトム総合学園を狙い撃ちしてるんじゃ……!」
「……さ、さぁ?」
クラムは、サッと目を逸らしてとりあえず笑う。
クラムの中では公然の秘密となっていたが、世間的にはまだ謎のSランクだ。
「だから、ネームレスの計画を滅茶苦茶にしてやりたいなって。その為にも早く契約者にならないといけないんです。ずっと手のひらの上は癪ですからね」
確固たる強い意志が感じられる瞳。
しかし、その中にわずかではあるが焦りがあることをクラムはすぐに見抜いた。
……が、それでも。
「いいね、それ」
クラムは既に力が足りない現実を何度も突き付けられた。
だからこそ、ミロクのその気持ちを気安く否定したくはない。
「私も付き合うよ。その感じだと今からナナちゃんの所に行くんでしょ?」
「クラムちゃん……良いんですか?」
「うん。そういう気持ち、少しは理解できるつもりだから。特に、気に入らないものを滅茶苦茶にしてやろうって気持ちは」
そう言って、クラムは何処かへと連絡を始める。
首を傾げた二人を見て、クラムは「あぁ」と説明を始めた。
「デモンズギア使いと仲の良い友達がいるの。今日、丁度デモンズギア使い同士で模擬戦してるらしいからさ、そこに行ってみない?」
「いいんですか?」
「どうせ暇だし、いいでしょ。ケイもトアもお出かけしてるんだし、私達も行こ」
そう言って、クラムはミロクとミユメの手を取り部屋を後にする。
「え、私もっすか?」
「探し物って必死になると見つからないものでしょ。息抜きだよ息抜き。それに、他のデモンズギアのデータも欲しくない?」
「欲 し い っ す!」
「声でか……」
わいわいと話す二人を見て、ミロクは一人微笑む。
ミズヒやトア以外の少女達と、こうしてにぎやかに話す。
こんな光景、想像すらしていなかった事だ。
「……きっと今のフェクトムなら何が相手でも負けませんよね」
「何言ってるの、当たり前じゃん」
クラムは当然のようにそう答える。
その姿は、心の底からそう思っているかのようだった。
「じゃあ、ナナちゃんの所に行きますか」
「そうっすね。今ならたぶん寝てるかアニメ見てるかゲームしてるかっすから、部屋にいるっすよ」
「それ本当にデモンズギア? ねえ、それってヒキニートじゃない?」
否定できるものはいなかった。
それどころか、これから彼女達は出所不明のギフトカードを片手に課金をしようとしているシエルを見ることになる。
「ケイ君達も、久しぶりのお出かけ楽しんでいると良いのですが」
ネームレスのとばっちりで、シエル涙のゲーム一週間禁止まであと、三分。
■
一方その頃、ケイはというと――
「ひゃ、こ、腰に力が……」
「やり過ぎた……え、これ大丈夫かい? 戦える?」
「無理……椅子に座って登場に作戦変更」
ASMR収録と星詠みの杖のいじわるにより完全に体がふにゃふにゃになったケイは椅子に座ったままだ。
その頬はほんのりと朱に染まっている。
ソルシエラの美しい容姿で少しだけ息を乱している彼女は、どこか扇情的だ。
星詠みの杖は、今すぐ滅茶苦茶にしたい欲をグッと堪えて平静を装っていた。
「間もなく、学者とかいうアバズレとトアちゃん達が接触する。タイミングを見て手筈通りに行くぞ」
「ああ、任せたまえ。……いや、本当に任せてくれていいよ? 今回病欠して見てる? 」
「やだぁ! 私もミステリアス美少女するぅ!」
「クソガキかな?」
ケイはふらふらと立ち上がると、手を伸ばす。
それを見た星詠みの杖は「やれやれ」と笑いながら、彼女の中へと消えていった。
「い、行くぞ星詠みの杖君。夜の支配者ソルシエラ作戦――開始だ」
少なくとも、ケイは今回のお出かけを楽しんでいそうだ。
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