難攻不落のあの子を落とすには、三年間では足りなさ過ぎる。


「クソっ、またダメだった!!」


 メガネを放り投げる卒業生を見た周りの生徒たちは、恐怖半分、同情半分の視線を向けている……。まさに今、彼は学園のアイドルである千咲ちさきかさねにフラれたばかりだった。

 告白が成功すれば『一生を添い遂げる』と言われている「伝説の木」の下で、多くの観客に見守られながら……。


 学園を代表する前期の生徒会長と副会長の恋物語は、実らずに終わったのだった。


 外から仲睦まじく見えても、好意は一方だけだった……千咲かさねは、生徒会長のことを良き友人と思ってはいても、それ以上には思っていなかったということだ。


 彼女は「ごめんなさい」と、頭を下げて……それから「じゃあ、またね」と期待をさせるようなことを言って去っていった。……同じ大学に進学するわけではない。彼女はこれまでの癖で、また明日、と言ったのだろう。


 もう会わないのに。


 いや、会おうと思えば会えるのだ……だが、片方が好意を持ち、片方がそれを拒絶した関係で、また友人として食事でもいかないか、とは言えない。だからやはり、彼女に認められる男になるためには、この三年間しかチャンスはなかったのだ――。


「……もう一回だ」


「確かに、今回の学生生活は勉学に集中し過ぎていたっすからねー。成績が良くて生徒会長になれても、容姿はまさに勉強に特化した優等生って感じっすもん。無害そうで……だからこそ、千咲ちゃんも三門ミカドっちに警戒したのかもっすねー」


 言われてみれば、勉学にばかり集中し、容姿は考えていなかった。

 最低限、寝癖を整えたり、ダサくならないように気を遣ってはいたが……、悪くないだけで良くはない。無個性で面白味がないと言えば、自分でもそう思う容姿だった……。


 ただ、今回の三年間は勉学に特化させた、という意識もあったのだ……容姿は二の次だった……それがゆえの結果なら、想定内である。


 そもそもの話。

 フラれるのは初めてではない。


「なあ……、千咲を落とすためには、俺はどれだけの経験値を得ればいいんだ?」


「最高難易度っすからねえ……、三年間をワンセットとすれば……10回は繰り返すのが最低限でしょうね。難攻不落のヒロインが、今は難関ヒロインまでは難易度が下がったと思いますよ? それだけ、三門っちが集めた経験値が多いってことですからね」


「そりゃそうだろ……どれだけ繰り返したと思ってる……」


 正確な数字を言えば16回。

 それだけの数、学園生活の三年間を繰り返している。ただ、同じ時間を繰り返しているわけではなく、三門が行動を変えれば全体の流れも変わるので、毎回初見の世界を見ているのと同じだ。その中で、三門は経験値を稼いでいる……。

 時には容姿を意識して磨いてみたり、時には勉学に励んでみたり、時には運動部で大会の優勝を目指してみたり……、その全てが、千咲かさねを落とすために必要なものである。


 一度きりの人生では、勉学に励んで運動部に入り大会で優勝して、さらに容姿も人並み以上を維持する、なんて不可能に近い。

 できる人間もいるのかもしれないが、少なくとも、三門には無理だった……。だから何度も繰り返し、経験値を得て、成功体験を体に染み込ませる。

 自信をつけることで三門は人間として、本来の年齢からでは考えられないほど熟成されているのだろう。

 ……繰り返し過ぎて精神的に大幅に成長し、同学年なのに不思議な距離感がある、と思われてしまえば、今度は落とすのが難しくなる。

 そうなってしまうと、リカバリーはもうできないようなものだ。


「その点、なんで千咲は最初から熟成されてんだ……? 勉学もそうだし、容姿はもちろん、運動神経もある。運動部には負けるが、なにをやらせても及第点以上の結果を出せるみたいだけど……お前、もしかして……」


「え? ……あ、もしかしてっすけど、千咲ちゃん側にも話して、学生生活を繰り返し経験させてるとか疑ってるの? そんなことしないよ――あたしにメリットないし」


「それを言い出したら俺を手助けするメリットもないだろう……」

「あるっすよ?」


 学生に交じった褐色ギャルと前期生徒会長の組み合わせは物珍しいが、実は裏でこそこそと会っているため、本人たちからすれば慣れた立ち位置だった。


 彼女は繰り返し学生生活を送る三門のことを知っている……「いじめられっ子を学園のアイドルと付き合わせるまで人間的に成長させるのが、あたしの課題なので」


「……今更、人間じゃないとか言われても信じるけどさ…………そこは教えてくれないのか?」

「教えません」


 頑なである。そういうルールなら仕方ないが……、彼女のおかげで三門は学生生活を繰り返すことができているのは事実……。

 彼女に自殺を止められていなければ、今の自分はないのだ――命の恩人どころか、それ以上の恩人になっている。


「…………悪いな、今回もダメだった……」

「別にいいっすけど。回数制限があるわけじゃないからね、ゆっくりでいいから――焦って失敗ばかり重なっても仕方ないでしょ?」


「それは、そうだが……でも、早く成功した方がいいんだろう?」

「できるならっすけど」


 今が16回目……、あらゆるパラメーターの数値を高めてきた自負がある。なにかひとつに絞って、三年間、特化すれば、当然、回数を重ねれば優秀な人間に近づくことができる。

 効率の良い生き方ではないが、同じ時間を繰り返せる彼の特権だ。

 不器用でも、時間さえかければどんな分野でもトップになれる……そして、その伸ばしたあらゆる分野を総動員させて挑むのが、恋愛だ――。


 恋愛とは、こんなにも難しいものなのか……?


「高望みし過ぎなだけっすけどねー」

「でも、お前が最初に千咲を落とせばって言ったんだろ……?」


「どうせ狙うなら目標は高く、と言っただけで、最高難易度を目指せとは言ってないんすよ……でもまあ、今の三門っちなら射程範囲内だから、今更ターゲットを変える必要もないっすけどね」


「たとえば、だけどさ……」


 三門が背後を気にしていた。ちら、と確認してみれば……

 後輩だろうか。話しかけたいのか、タイミングを窺っている少女がいる。


「後ろにいるあの子と付き合うことも、ひとつの経験になるんじゃないか……?」


「誰かと結ばれたらゴールっすよ。その時点で一年生に戻ることはできないっす……というか、三門っちが誰かと『仮』とは言え、付き合った時点で、また一からやり直したいと思えるかどうかと言えば……ないっすよね。三門っちはきっと付き合った相手のために尽くしますし……経験値をたくさん得ても本来の人間性は変わらないっす」


 ギャルはずっと見てきたのだ……三門の、一番最初の『弱者』の時から知っている。


「人からの愛情に飢えた男の子が、向けられた女の子からの愛情を切り捨てることなんかできないっすよ。それができるなら――あんたはあたしの失敗作っすね」


 冷たい言葉と視線だった。

 そんなことをすれば……三門を切り伏せるわけではないが、切り捨てるだろう。


 もしくは、全ての経験値を奪ってあの頃に戻すか……。

 目の前のギャルは、それができる力を持っている。


「……冗談だよ。千咲のために頑張って努力してきたんだ……今更ターゲットを変えるような逃げはしない。妥協はなしだ――このまま千咲狙いでいく」


「別の子に惹かれることを妥協とも逃げとも思わないっすけど……」


 その呟きは、三門には届いていなかった。


 彼は17回目の学生生活を、どう送り、自分を高めるか――に意識が向いている。

 彼のステータスは、既に綺麗な円になっているとは思うが……、千咲かさねだけには、まだ振り向いてもらえない。

 ……彼は見落としている部分があるのだが、それを素直に教えるわけにはいかない。それだと意味がない――自分で気づき、彼自身で答えを見つけなければ、経験値にはならないのだから。


「(いくら多方面の分野でトップになろうとも、三門っちと千咲ちゃんの間に必要なのは『エピソード』っすからねえ……。ちょっとの交流だけでいざ卒業式の日に告白して、成功するわけもないっすよ。小さな積み重ねが重要なんすけど……全ての日数を研鑽に使っている愚直で真面目な三門っちは、まだまだ気づかないっすかねえ……)」


 実は男としてのステータスの高さなど重要視していなかった。

 何度、言葉を交わし、どれだけ長い時間、プライベートで同じ時間を過ごしたか……。千咲かさねの中での三門の存在感を大きくすることが、最も近道で確実な成功を引き寄せてくれるのだが……不足を知れば、それを埋めたくなるのが人間だ。

 三門は「より」、埋めたい人間性だっただけで……。


 自分ばかりを見ている内は、相手を振り向かせることは難しい。


 こっちを見てくれと輝いているだけでは、相手は振り向いてはくれないのだから。


 彼が嫌うような軽薄な男は、その一歩だけは充分にできている。

 肩を叩いて話しかける。


 たとえ嫌われても、意識させただけで、今の三門よりは進展している。




 …了

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