囲み取材から登頂劇
「――先日報じられたスキャンダルについてお話を伺いたいのですが!」
数十人の記者とそれ以上のカメラがひとりのタレントを囲んでいた。
――スキャンダル。
証拠も充分、もう言い逃れができない状況に追い込まれた大物タレントは、未だに公の場で発言をしていなかった。
最低限、会見をするべきだが、それさえもなく――世間は彼の話題で持ち切りだった。逃げも隠れもせず、さらには変装もせずに事務所から出てきたのは良い度胸だが、かと言って仕事として、猛攻を緩める記者たちではない。
彼のゆっくりとした歩みについていくように、彼を囲んで記者たちが並走していく。
「――報じられた不正が『事実』であると明るみに出ていますが、それについて意見などはありますでしょうか?」
「ふん。ないね。結局は証拠があるだけだ。証拠なんてものは第三者が意図的に作ることができる。俺が実際に手を染めているかどうかは関係ない。こういう時にこそ、『はめられた』と言えるんだろうな」
「では、身に覚えのない事実が作られていたということですか!?」
だとすれば、新たな問題点が浮かび上がってくるが……。
――事務所からしばらく歩き、まだまだ続く囲み取材。
その集団は時折、その「人の塊」を変形させながら、狭い住宅の路地を進み、駅前を通って、自然公園を経由する。
囲み取材の記者が減っては、補充をするように入れ替わっていく。
さっきからずっと、休みなく歩き続けているせいだ。
タレントはただ進めばいいだけだが、報道陣は周りに気を遣いながら、タレントの声も逃さず拾わなくてはならない……、意識すべきことが多ければ当然、体力が減るのも早い。
「身に覚えがねえ……ない、が、しかし酔った時の話だ。俺に自覚がなくとも酔った俺がしていることだったとすれば、これはなかなか難しい意見ではないか?」
「素面と、酔った自分を分けて考えるべきではないと分かってはいるのですか?」
「ああ。今の俺も酔った俺も『俺』だろ? だが、やった自覚がない。証拠が事実だとすれば確かに俺が悪いが、だが、自覚がなければ謝罪に気持ちなんてこもらない。――あんただってそうだろ。他人の罪を自分が謝る事態になった時、頭を下げて謝罪することはできるが、そこに気持ちが十全に、乗るか? 乗らないだろ。
自分が悪いと自覚し謝罪した気持ちと、『どうせ他人の罪だし』と思って謝罪した時、違いや違和感に気づくのは謝られた側だろ。誠意が感じられないって言われても、そりゃそうだろとしか言えん。それでも良ければ謝るが、しかしそれこそ相手に失礼なのではないか?」
「では……逃げるのですか?
酔った勢いだったと認めて自分には非がないと言い切るおつもりですか!?」
「謝罪をするとすれば酒を飲んだことかな。そして酒を飲んで酔った後にしでかしてしまったことは、酔った後の俺に問い詰めてくれ。でなければどうしようもないだろ。
素面の俺は知らん。結局、他人事で謝ることしかできんよ。周りがそれでいいと言うならいくらでも謝るがな。頭を地面に擦りつけて、泣きながら許しを請えばいいのか? しろと言うのであればやるが。こっちはタレントだが元俳優だ、台本通りならお手の物だ」
段々と足場が悪くなってきた。
囲み取材をしていた記者たちも、次第に数を減らしていっている……今や三人になってしまった。タレントに
記者とは思えない格好だが、それも仕方ない――だってここは、山だ。
昼間から軽装で登山である。
報道陣の大半が、麓で倒れていることだろう。
「さて、そろそろ頂上じゃないか? そこまで高くはない山だし……だとしても、ここまでついてこれたのはあんただけだ――偉いじゃないか。根性もある。女子にしては――おっと、差別になるのか? ならこうしよう……最近の若者にしてはなかなか良いじゃないか」
「あ、ありがとうございます…………」
頂上。
膝が笑って立てなくなった。女性記者はその場で座り込んでしまう。
気づけば、録音機の充電も切れていた。昨日から別件で使いっぱなしだったから……、スペアを持ってくれば良かったと後悔である。
まさかここまで長丁場になるとは思っていなかったのだ。
「さて、ここまでついてこれたあんただけに答えてやろう――なんでも質問するがいいさ。今の俺は気分が良い。スキャンダルのことも、なんでも話してもいい気分だ」
録音機はない。
つまり、重要な発言は自分の耳で記憶しておかなければならない。
だが……ただ聞いただけの発言を、後に提出しても証拠とは言えないのではないか……?
認められないだろう。
だから…………ただ真実を知るだけ。
その権利を、貰っただけだ。
報道する権利は、ここまでついてきた彼女でも貰えることはできなかった。
「…………」
「なにが聞きたいのかね、記者さん」
「じゃ、じゃあ――――」
彼女が聞いたのは、取材で夢中だったゆえにこれまで目を向けていなかったことである。山の中、当然ながらスマホは圏外で、頼れるのは目の前の大物タレントしかいなかった。
整備された道を通ってきたので逆走すればいいだけだが、そろそろ日が暮れるし、夜になれば逆走も簡単ではない。
彼女はまず、退路を見つけなければいけなかった。
「……ここ、どこですか?」
加えて、ついでとばかりに、彼女はお願いした――
借りを作ることになっても、記者は彼に頼るしかなかったのだ。
「下まで、送ってくれませんか……?」
さっきまで笑っていた膝が、今は悲鳴を上げている。
時間を置かなければ、立てないと察した。
「では、二番目の質問にだけ答えようか――――『いいだろう、送ってやる』」
ただし。
「このチャンスを逃せば、今後の質問に本音で答えるかどうかは、もう分からんぞ?」
…了
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