ヒーローは実は素顔の方が戦いやすい
「がんばってっ、ぼくらのヒーロー!!」
子供たちの黄色い声援を背に受け、ヒーローが怪人の前に立つ。
怪人は片手に巨大なハサミを持ち、もう片手には太い砲身がついている。
額から伸びた触覚は電撃を吐き出すことができ、両足は靴底から風を噴射することができる。
全身が兵器で固められている怪人だ。
当然ながら、立ち向かうヒーローが生身の体で対抗できるわけがない。どれだけ鍛え上げた肉体を持っていようと、肉弾戦で人を殺せる技術を身に付けていようとも、怪人には敵わない。
……だからこそ、ヒーローは同じく兵器で身を固めるのだ。
まるで着ぐるみだ。
……いや、大人より一回り大きな人型のロボットの中に入っているようなものか?
巨大ロボットを操作するのとはまた違う仕様だ。
操縦士は全身を機械の中に潜り込ませ、握ったレバーで外殻である『パワードスーツ』を操作する。機械の補助があるとは言え、自分の体重以上の機械を動かしているのだ、慣れない内はふらふらと足下がおぼつかない。
怪人に合わせて新たな兵器を装着すれば、その分の重さが増えていく。
怪人の攻撃を受けても中に入ったヒーローは無傷でいられるが、精密な操作と機械を支えるための足の力も要求されるため、密閉された空間ではあっという間に汗だくだった。
戦場に生身で立つ時よりも疲弊しているのではないか?
視野も狭くなる。そのせいか、怪人の手から放たれた砲撃をまともに喰らってしまう。
強い衝撃を受け、よろめくパワードスーツ。
背後にいる子供たちの声援に熱が入り、応援の声も増えていくが、本音を言えば集中が乱れる……、思っても言わないが、少し邪魔だった。
(ひとまず、場所を変えるかしねえと……っ!)
とにかく、子供たちがいないところへ――
背負ったバックパックから爆風を噴射し、前方へ飛び出す。
怪人の腰に抱き着くように距離を詰め、そのまま近くのビルへ穴を空ける。
避難誘導は既に終えており、ビル内に人はいなかった……ここなら、戦いやすい。
怪人が拘束を抜け、距離を取る。
片手の砲身をヒーローに向けていた。
パワードスーツは動かない。
やがて、ぱしゅ、と空気を抜くような音が響けば、胸が開き、中から出てきたのは汗だくの男である。……ヒーロー。
操縦士はごく普通の人間だった。
もちろん訓練は受けているので、一般人ではないが。
生身の体で怪人に勝てるのか?
答えは否、だ。なんのためのパワードスーツなのか。操縦室が狭く、暑くて不快であるとは言え、それを理由にパワードスーツを脱ぐのは、自殺志願者と変わらないだろう。
たとえまともに動けなくなっても、操縦室にいれば安全は確保されたようなものだが…………彼は、その優位性を捨ててでも外に出た。
ヒーローにとって
操縦室から脱出しなければいけない理由があった……。
「っ、はっ! ……くそ、あのままじゃ脱水症状になってたぞ……ッ!」
腰に差していた水筒を取り出して喉に流し込む。一気に生き返ったヒーローだ。
操縦室の中が狭過ぎて水筒に手が届かなかったのは誤算だった。改善する点があり過ぎる。
そもそもこのパワードスーツ、戦闘能力を高めることに傾倒し過ぎている気がする……操縦する「人間」への配慮が一切なく…………
外部からの衝撃には強いが、内部からのストレスには無頓着だ。
ヒーローは、開発班が思うほどストレスに強いわけではない。
「ふぅ、ひとまずは生き返った、けど……」
目の前には怪人だ。もう一度パワードスーツに乗り込み……なんて隙を見逃す怪人ではないだろう。向けられた砲身が、すぐにでも火を噴くはずだ。
パワードスーツを盾にするより回避に専念した方がまだ生き残る可能性があるだろうか……。
「…………」
「…………」
睨み合うヒーローと怪人。
ふたりの、「一歩動けばそれが交差する合図」となる緊張感の中で、先に動いたのは、パワードスーツだった。
中に操縦士はいない。
にもかかわらず、パワードスーツが動き出し…………「――え?」
『自動操縦に切り替わります』
無機質な機械音声が響き渡り、がしゃこんッ、とパワードスーツの内部で歯車が嚙み合って動き出す。
自立したパワードスーツは備えてあった装備を展開させ、飛び出した。
怪人が砲身をパワードスーツに向けた隙を狙い――
ぱぁん!! ――という銃声。
生身のヒーローが、護身用として身に付けていた小さな拳銃を、発砲したのだ。
銃弾は怪人の首元に潜り込み……――当然ながら皮膚は厚く、人間のように脆くはないため、殺害することは叶わなかったが……、隙は作れた。
怪人が生身のヒーローへ意識を割いた瞬間、飛びかかっていたパワードスーツが怪人の首を斬り落とした。
――――呆気なく、絶命した怪人が倒れる。
パワードスーツは役目を終えたとばかりに動きを止め、その場で屈んだ……まるで王に向けて跪くように。
生身のヒーローが、衆目へ顔を見られないようにするために、胸の入口から再び操縦室へ入る。今度こそ、取りやすい位置に水筒を移動させてから――
(ちょっと待て、自動操縦の機能は知らなかったぞ!?)
そんな機能があるならヒーローが操縦する必要もなかった。
パワードスーツを怪人の目の前へ送り込めば、機械が判断して怪人を退治してくれるはずだが……、ヒーローという人間味を現場に持ち込みたいのだとしても、結局、顔を隠すために操縦室に閉じこもりっぱなしなら、大差はないと思うが……。
パワードスーツを身にまといながらも、人間らしさを出したかったのだろうか。
操縦室にいる生身の人間からすれば、多くの機械で囲まれ熱くなっているため、サウナに閉じ込められたようなものだ……。怪人よりも、よほど操縦室に長時間いる方が死に近い気がするが……。自動操縦というのはもしかして……そういうことか?
操縦室の中で操縦者が死んだ場合。
それでも問題なく怪人退治ができるように。
――緊急避難。
――保険をかけている……、ヒーローをまず射出させ、脱出させることを考えないあたり、開発班の非人道的な思考が読み取れた。
怪人対策は万全なのに、ヒーロー対策が充分ではない。
というか考えてすらいなさそうだ……。
考えていないというか、思い至らなかった?
ヒーローを買い被り過ぎている可能性もある。
操縦室に閉じ込められるくらいなら、怪人がひしめく戦場に立った方がマシだ。
素顔を晒して戦った方が、まだ生き残れる――――
「だからか……『誰でもヒーローになれる』……確かに、なれたけど……」
想像の斜め上の、過酷な現場だった。
…了
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